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第七話 腹立たしい




 ユウリが部屋から出てこない。


 トラブルはありつつも、私とユウリが魔法の発現に成功してから、既に一週間が経過している。

 部屋の外から誰が呼びかけても、効果がなかった。


 理由には、なんとなく察しがついている。

 ユウリの魔力が暴走したせいで、私が腕を負傷したからだろう。

 「アンの腕が治れば、きっとユウリも出てくるよ」とお父様は言っていたが、私はそこまで楽観視していない。


 こういうのは、長引けば長引くほど元に戻りにくいものだ。

 なんとかユウリを引っ張りだしたいが、私の腕が治っていない現状ではそれも難しい。

 大丈夫だという姿を見せて、ユウリを安心させる必要があるからだ。


 ユウリが引きこもっている間、他にもいろいろと動きがあった。


 あれだけ大規模な爆発だったが、幸いにもスタグレーゼ家で働く人たちに被害はなかった。

 庭は一部の植物に被害があったのと、一部が水浸しになったせいで庭師が大激怒していた。

 あとは、爆発の衝撃で屋敷の窓ガラスが全て粉々に砕け散ったくらいか。

 優秀な使用人たちが即座に発注、修繕までやってくれたおかげで、わずか三日ほどで元に戻っていた。


 あれほどの熱を帯びていたにもかかわらず、ユウリ本人も大した怪我はしていなかった。

 ただ、私のやけどはそれなりに重傷だったようで、治癒魔法の専門ではないフィッチ先生では治療できないレベルだった。

 起きている間はそれほど気にならないのだが、夜寝ようとすると痛みが気になってなかなか眠れないのがつらかった……。






 そして今日。

 お父様の指示で、この国でもかなり高位の治癒師(治癒魔法を専門で扱う職をそう呼ぶらしい)を王都から呼び寄せて治療してもらった。

 おかげで、腕もすっかり元通りだ。


「ふんふんふーん♪」


 治癒師を玄関から見送ったあと、私は上機嫌で廊下を歩いていた。


「あら、あんなにはしゃいじゃって……」

「すっかりよくなられたようね。一時はどうなることかと思ったけど……」


 すれ違う使用人たちも、皆微笑ましいものを見る目で私を見ている。

 冷たい目をされているわけではないのだが、それはそれでちょっと恥ずかしい。


「あ、フィッチ先生!!」


 廊下をとぼとぼと歩く特徴的な髪を見つけた私は、彼女のもとに駆け寄った。

 振り向いたフィッチ先生は、どこか元気がない顔をしている。


「……ああ、お嬢様。よかった。お怪我は治療していただけたようですね」

「ええ! もうなんともないわ!」


 腕をブンブンと振り、完治をアピールする。

 ここ数日はほとんど部屋から出ていなかったので、フィッチ先生と顔を合わせるのはあの日以来のことだ。

 ふと視線を下げた私は、あることに気付く。


「……先生、どこかへ出かけるの?」


 フィッチ先生は、足元に大きなカバンを置いている。

 基本的に、スタグレーゼ家で働く人たちは住み込みだ。

 たまに長期休みで故郷へ帰ることもあるので、里帰りか何かだろうか。


「ちょうどよかった。最後にお嬢様にも、ご挨拶申し上げておきますね」

「……最後?」


 「ええ」とフィッチ先生は頷き、


「先日のこともありまして。このスタグレーゼ家のお仕事をクビになってしまいました。今日付けで、この屋敷からもお暇させていただきます」

「……そんな」


 フィッチ先生は、困惑する私に深々と頭を下げて、


「本当に、申し訳ありませんでした。私にはまだ、人にモノを教えられるような能力が無いようです……」

「そんな……そんなことない! フィッチ先生は、被害を未然に防いだんですよ!? 先生の魔法がなかったら、私もユウリもとっくに死んでます!!」


 フィッチ先生が創り出した水壁の魔法がなければ、中庭だった場所が巨大なクレーターになっていただろう。

 そこまでいかなくても、爆心地にいた私とユウリは粉微塵になり、屋敷も吹き飛んでいたことは確定的だ。


「私たちだけじゃない! 屋敷の中にいた人たちだって、先生の魔法があったから助かった! フィッチ先生は、みんなの命の恩人なんです! それを、そんな人を、クビだなんて……!」


 私の怒りに、しかしフィッチ先生はすべてを諦めたような顔で、


「お嬢様は、優しいですね。でも、本当に私の力不足ですから……。ユウリ様が魔力の暴走を起こすことくらい、想定しておくべきでした」

「そんなの、わかるわけないじゃない……!」


 普通なら、あんな子どもが何十人もの人間を殺傷できるほどの力を扱えるはずがない。

 ユウリはイレギュラー中のイレギュラーなのだ。

 六歳の子どもが、あれほどの力を秘めていると考える方がおかしいだろう。


「それに、お嬢様にひどい怪我を負わせてしまいました。私が、もっとしっかりお嬢様を止めていれば、こんなことには……。

 ご当主様が腕利きの治癒師を呼んできてくださったおかげで、大事にこそ至りませんでしたが……。

 治癒師の治療代も決して安いものではありません。下級貴族程度の資金力なら、治療を諦めるほどだったのです、お嬢様の傷は」

「………………」


 それは初耳だった。

 ゲームの中ではあまり子どもに感心がない親なのだろうと思っていたが、現実ではそうでもないのだろうか。

 単純に、目に見えるところに傷があると、政略結婚のときに不利になると思ったとか、そういう理由な気もするが。

 いずれにしても、今は。


「そんなことはどうでもいいの」

「ど、どうでもよくはないでしょう」

「私の怪我は、私が自分で選んだ結果だから、いいの」


 私はフィッチ先生の目を見る。

 すべてを諦めた顔に、わずかながら困惑の色がある。


「それに、私がユウリのもとに行けていなかったら、それこそユウリは魔力の暴発で死んでいたわ。それくらいわかるもの」

「それは……」


 フィッチ先生が口ごもる。

 あのとき、ユウリを落ち着かせられる人間は、私のほかにはいなかったと断言できる。

 私の行動は正しかった。


 もちろん、魔法の訓練をもっと先延ばしにしていれば、起こらなかった事故ではある。

 でも、私もフィッチ先生も、ただの人間だ。

 すべての選択を完璧に、なんてできるわけがない。


 あの時、あの場において、私の行動はベストだった。

 その結果、私が少し怪我をしただけで、フィッチ先生が責められるのはお門違いというものだろう。


「……なんだか、すごく腹立たしいわ」


 イライラする。

 このまま、フィッチ先生を行かせてしまっていいのだろうか。


 ひどく落ち込んだ彼女の姿は、とても痛々しい。

 前はもっと、自分の力に自信を持っている感じが全身から溢れていたものだ。

 それが今は、まったく無くなってしまっている。

 このまま彼女を行かせるのは、あまりよくない選択肢な気がしてならない。


 お父様もお父様だ。

 フィッチ先生にすべての責任を押し付けて、それで次の家庭教師を呼べば解決、とでも思っているのだろうか。

 人間味が感じられない。

 私の嫌いなタイプの対処法だ。


「……まだ、お父様は屋敷にいるわね」


 治癒師を呼ぶにあたって、お父様は今日、屋敷に来ていた。

 治療に立ち合い、私の腕の具合に問題がないことを確認するためだ。

 少し時間は経っているが、まだ王都に戻っていないことを願うしかない。


「お嬢様、一体何を……」

「フィッチ先生。一緒に来てください」

「え、ちょっ……!」


 困惑するフィッチ先生の手を取り、私はずんずんと廊下を歩き出す。

 子どもの力など振り払えるだろうが、さすがのフィッチ先生も雇用主の子どもの手を振り払うことには抵抗があるようだ。


「行くって、どこへ……」

「決まってるわ。お父様に直談判に行くのよ」

「ええっ!?」



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