第四十三話 それぞれの想い
あれから数日が経過した。
その間、色々な人がお見舞いに来てくれた。
お見舞いといっても、もう普通に自室に戻っており、別に元気なのだが……皆はそう思っていないらしい。
「アン様、本当に大丈夫ですか? あまり無理はしない方が……」
「ありがとうエメリア。もう全然大丈夫だし、やることがあった方が気が紛れるのよね」
心配そうな表情のエメリアの言葉に、私は苦笑しながら答える。
流石に、特に負傷しているわけでもない私が、ずっと寝ているのもどうかと思う。
なのでもう元の生活に戻っているわけだが、何だかやたらと心配される。
なんだかんだで、心配される程度には好感度が上がっていたんだなぁと感慨深くなってしまったのは秘密だ。
あのあと、知らせを聞いたクロスもやって来た。
険しい顔をしたクロスは、
「王家直属の部隊に調べさせる。……ただ、期待はしすぎないでくれ」
とのこと。
直属の部隊とか、なんかちょっと怖い単語が聞こえた気がしたが、あまり気にしないことにしている。
その後来たシュルトも、話を聞くと怖い顔になっていた。
「僕が必ず見つけ出すよ。アンが安心して眠れないだろうからね」
私にそう言うシュルトはあくまで笑顔だったけれど、目が笑っていなかった。
それから。
「いつもごめんね、ユウリ……」
「気にしないで、アン姉さん。僕が勝手にやってることだから」
あれから不眠気味になった私に、ユウリが一緒に寝てくれるようになった。
一緒に、とはいっても、無論ベッドは別である。
情けないことだが、最近少し不眠気味だ。
例の件が尾を引いているのは間違いない。
まさか、自分がこれほど柔だとは思っていなかった。
そのうちマシになっていくとは思うのだが……。
一応前世の記憶があるというのに、情けない……。
「僕のほうこそ、ごめん。あの夜、全然気づけなくて……」
「そんなの、気づかない方が普通よ」
ユウリは私の大声が聞こえた時に跳ね起きたらしい。
急いで私の部屋に向かったが、全て終わった後だった。
でも、それでユウリを責める人なんているはずもない。
他の誰も、侵入者の存在に気づかなかったのだから。
「私はどちらかというと、お父様の方が心配だわ」
「それは……そうかも……」
私の意見に、ユウリも微妙な顔で同意した。
最近のヘイルは、かなり神経質な気配を漂わせている。
私やユウリに護衛を常駐させるようになったし、本人も先日の件の容疑者を関係各所に当たって調べているらしい。
人脈がありそうなので、変なことをしないか心配ではある。
それでも、ここ数週間ほどの間に、私の周りはひとまず落ち着きを取り戻しているように見えた。
かのように思われたのだが。
「アン。お前は魔法学院には入れないことにした」
あの出来事から数ヶ月ほど経った、ある日の朝食の席。
珍しく朝から屋敷に顔を出していたヘイルに、開口一番そう言われたのだ。
「……へ?」
口にパンを咥えたまま、ヘイルの言葉が飲み込めず、私はしばらく硬直する。
先に動き出したのは隣に座っていたユウリだった。
「ど、どういうことですか!? 学院に入れないなんて……」
ヘイルはあくまで表情を崩さないまま、
「アンは賊に命を狙われている。依頼人の正体もまだ掴めていない。こんな状態で、アンを王都に置くことはできないと判断した」
なるほど、と私は内心で納得する。
ヘイルはずっと、暗殺者の依頼主を探していたのだ。
それでも、見つからない。
表面上は取り繕っているが、内心はどれほど混沌とした状態になっているのか、想像するだけで恐ろしい。
……きっとヘイルは、肉親を喪うことに人一倍恐怖を覚えるのだろう。
あるいは原作でのヘイルのドライさは、関わりを薄くしておくことによって愛情を抑制する、彼なりの対処法だったのかもしれない。
それで子供が健やかに成長できていなければ完全に悪手なのだが。
「だからって……」
「ユウリ」
私の声に、ユウリは不満そうな顔で、
「アン姉さんは……いや、でも」
「わかりました、お父様。ああ、ユウリは関係ないですよね?」
「……命を狙われているのはあくまでアンだ。ユウリには予定通り、進学してもらうことになる。勿論、護衛はつけるが……」
「そうですか。それならよかった」
全くよくなさそうな顔をしているユウリを今だけ放置して、私は続けた。
「……ですが、私も十五歳からは魔法学院に入学します。まさか愛娘を学院に入れないまま成人させようとは、思ってませんよね?」
「ーーわかった。それまでになんとかしよう」
なんとかする、というのは、おそらく依頼人を見つけるということだろう。
ヘイルが依頼人を見つけられなくても、私は学院に行くつもりだが、まあいい。
「大丈夫ですよ、お父様。私、死にませんから」
「ーー……ああ。死なせないさ」
食堂から退室していくヘイルの背中が、やけに小さく見えた。
途中で更新が滞ってしまい申し訳ありませんでした! コミケの方の原稿などやっていたら気づいたらあれよあれよと……(言い訳
ということで、前半はここまでになります。
後半は学院編、というかメイン部分になりますが、おそらく10月頃には再開できるかなぁという感じです。
少し先にはなりますが、引き続きお付き合い頂ければ幸いです。




