第五話 対策を立てる
「――対策を立てるべきだわ」
夜。
皆で一緒に食事を取り、可愛い弟と楽しくお風呂に入って、自分の部屋に戻ってきた私は、めちゃくちゃ腑抜けていた。
「明日から楽しくなるぞぉー」などと浮かれていた。
だが、思い出したのだ。
このままでは、スタグレーゼ家は、私と弟は破滅する。
その運命を回避できるかもしれないのは、私しかいない。
状況を整理しよう。
スタグレーゼ家の破滅は、私とユウリの活躍(笑)によってもたらされることは明らかだ。
主な要因は二つ。
まず一つ目は、学園でゲームの主人公――レティシアと敵対し、いびり倒していたこと。
これによって攻略対象たちからのヘイトを買い、破滅への階段を全速力で駆け上がることになる。
原作のアンニはプライドが高く、平民上がりで成績優秀、魔法の適性を四つも持つレティシアをそれはもう大層嫌っていた。
取り巻きたちと一緒になってレティシアをいびり倒すアンニは、主人公の敵役としては正しいのだろうが、それが自分自身となれば話は別だ。
ストーリーが成り立たない? そんなもん知るか!
私は私の安全を優先させてもらう!
ということで一つ目の要因の対策だが……これは比較的簡単だ。
「私がレティシアちゃんをいじめなければいい! 以上!」
単純明快だが、本当にそれだけである。
何もしなければ、彼女や彼女を慕う攻略対象たちからのヘイトを買うこともないのだから、当然と言えば当然だ。
というか、キャラクターとしてのレティシアは確かに天才ではあるが、ちょっと抜けているところもあったり、陰でたくさん努力していたりする、魅力的な女の子だ。
普通にお友達になりたい。
本来ならば全く関わらないのが一番なのかもしれない。
ただ、私の原作ファンな部分が、レティシアちゃんと友達になりたいとめちゃくちゃ叫んでいた。
なのでそこは一旦割り切ることにする。
主人公の攻略対象たちと深くかかわらなければ、そこまでリスクが高いわけでもないと思うし。
「問題は、二つ目か……」
二つ目の問題。それはユウリのことだ。
ユウリは誰のルートを選んだとしても、命を落とすことになる。
彼が全てのルートで死ぬ根本的な原因は、残念ながら判然としないというのが正直なところだった。
ただ、わかっている部分もある。
それは原作のユウリが、スタグレーゼ家そのものを強く恨んでいたということ。
自分の生まれた家であるスタグレーゼ分家だけでなく、養子になったスタグレーゼ本家も、その例外ではない。
原作のアンニはとても性格が悪く、養子として家に来たユウリもいびり倒していたらしいので、まあ無理もないか。
原作の私は本当にどうしようもない……。
ただ、彼にとって原作のアンニは、『この上なく鬱陶しい義姉』くらいの認識だったはずだ。
彼の憎悪が向けられるのは、主にスタグレーゼ分家の人間に対してだった。
それも、その命を奪おうと画策するほどの強い憎悪だ。
「でも、その動機の部分がわからないのよね」
ひとつ考えられる要因としては、ユウリが分家にいた頃、かなり冷遇されていたのではないか、ということ。
ゲームでの公開情報が少ない中、なぜそういう結論に至ったのかというと、
「そういえば、カイの母親は、かなり厄介な性格だったような……」
ケイス・カイ・スタグレーゼ――ユウリの腹違いのお兄さんが、攻略対象の一人になっており、その母親が実の息子であるカイを溺愛していたからだ。
カイのルートは、ヤバめな母親との対立が主な焦点になっていた気がする。
実を言うと、カイにはあまり攻略対象として魅力を感じなかったため、適当に読み流していた部分も多かったのだが。
母親がだいぶキモかったのも、細部が記憶に残っていない大きな理由だと思われる。
ともかく、一時期とはいえそんな人間が義母になっていたユウリの家庭内での立ち位置は、決して良いものではなかっただろう。
それに、義理の母親だけではなく、カイとユウリの関係も破綻していたと言っていい。
カイの攻略中にユウリの名前が出てくることはほとんどなかったし、ユウリが自身の犯した罪で処刑されそうになっていた時も、カイが特に何か行動を起こすことはなかった。
そもそもゲーム内でのカイは、人物や物事に対して、あまり関心を持たないキャラクターだった。
それは半分血の繋がった弟であるユウリに対しても例外ではなかったのだろう。
ゲーム内でも、彼らの絡みはほとんどなかった。
「でも、さすがに殺人の動機としては弱いよね……」
ゲームでのユウリの家庭環境は、決して良いものとは言えない。
ただ、それだけで義母やカイを殺そうとするだろうか。
そう問われれば、その答えはNOだ。
だからきっと、あるはずなのだ。
ユウリに彼らを殺すことを決めた、決定的な動機が。
ゲーム内でも語られていない、何らかの事情が。
それを突き止めることができれば、ユウリの死の運命を覆すことができるかもしれない。
だから、私がするべきことはひとつだ。
「私が、ユウリに頼られるような、何でも相談できるようなお姉ちゃんになればいいんだわ」
結局、作中のユウリが破滅する一番の原因は、周りに誰も相談できる人間がいなかったから、だと私は考えている。
人間は、一人だと脆いものだ。
追い詰められている時ほど、視野が狭くなる。
ゲームの原作におけるアンニの性格は最悪だった。
何らかの事情を抱えて悩んでいたのだとしても、ユウリが原作のアンニに自分の悩みを相談するはずがない。
彼がいざそうなった時、一番身近にいて頼れるお姉ちゃんになること。
それこそ、私が今からできる、最も効果的な対策だと思う。
……要するに。
あの可愛い義弟を、これからもひたすら可愛がり続ければいいということだ。
何の問題もないね!
「あとはやっぱり、いざという時の対策ね……」
備えあれば憂いなし、とはよく言ったもの。
ゲームの舞台となる学園入学までは、まだ九年近くもの月日がある。
それだけもの時間があるのだから、ユウリや他の人間たちとの関係改善だけに注力するというのは、さすがに怠けすぎだ。
「まず思いつくのは、魔法の習得かしら」
この世界には魔法の概念が存在し、基本的に貴族は皆、魔法を扱うことができる。
残念ながら、ユウリはともかく、原作のアンニの魔法面での能力は、特に秀でたものではなかった。
今からしっかりと鍛えれば自衛に使える程度にはなりそうだが、過剰な期待はしない方がいいと思う。
それでも、やらないよりはずっといい。
「あとは……まだ覚えているうちに、ゲームの設定をノートにまとめておいた方がいいわね」
人間は忘れる生き物だ。
何年もの月日を過ごすうちに、うっかり忘れてしまうこともあるだろう。
ついでに日々の出来事を日記として記録しておこう。
普段使わないと日本語も忘れてしまいそうで怖いので、日記と極秘ノートは日本語で書いていくことにしようと思う。
とりあえず、意識するべきことは、
・主人公と仲良くする(学園入学後なので随分先の話だけど)
・主人公の攻略対象たちと深くかかわらない
・ユウリと仲良くする
・魔法の鍛錬をする
・覚えているうちにゲームの設定をまとめておく
・日記をつける
こんなところだろうか。
やるべきことが整理できて、だいぶ頭の中がスッキリした気がする。
「……今日はもう寝よ」
幼い身体に、夜ふかしは厳しいものがある。
ノートを片付けて、私はモゾモゾとベッドに入り込むのだった。
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