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第四十一話 襲われました



「ーーーーーー」


 暗闇の中、不意に意識が浮上する。

 いつの間にか、中途半端な姿勢で眠ってしまっていたようだ。


 昼間の喧騒が嘘だったかのように、夜中の屋敷は静まり返っている。

 僅かに開いた窓から射す月明かりだけが、私の視界を照らしていた。


「…………?」


 そこでふと、小さな違和感を覚えた。

 寝る前に、窓は全て閉めていたような気がする。

 気のせいだろうか。


 目覚めきっていない頭で、ぼんやりと視線を動かす。

 特に変わったところはない。

 いつもと変わらない部屋のように思える。


 ただ、なぜだろうか。

 このまま目を閉じてはいけないような、そんな気がしたのだ。


「…………」


 もう一度、部屋の中を確認する。



 窓が開いているせいか、カーテンが僅かに揺れている。

 けれど、気になるのはそれくらいでーー、


「ーーーーぇ」


 何気なくもう一度視線を動かした私は、小さな声を漏らす。




 ーーさっきまで誰もいなかったはずの場所に、誰かが立っている。




 驚くほど気配がない。実際にこの目で見ていなければまったく気づかないだろう。

 幽霊とかそういう類のものではなく、生きた人間で間違いない。


 暗闇のせいで、顔はよく見えない。

 ただ、朧げに見える輪郭からして、小柄な女性なのではないかと思った。


「だ、だれ……?」


 僅かに震える声で、私は彼女に問いかける。

 あまり、いい予感はしなかった。

 寝ている人間の部屋に忍び込み、一言も声を発さず黙り続けている時点で、不審者以上であることは間違いない。


 そして、そんな私の予感は的中する。

 女の手には、無骨な短剣が握られていたからだ。


 それが意味するところなど、一つしかない。

 彼女は、私を殺しにきたのだ。


「おや。起きてしまったでござるか」


 その言葉が耳に届くのと、ほとんど同時だった。

 風を切り、女の姿がすぐそばに迫って、


(あ、死んだ)


 私がそう思った瞬間、


「っ!」


 私のすぐそばで金属音が鳴り響き、僅かに息を呑む声が聞こえた。

 すかさず距離を取った女が、不機嫌そうに唇を曲げる。


「貴様……一体どこから……」

「……?」


 女の言葉に疑問符を浮かべるが、それも一瞬のこと。

 彼女の言わんとしていることをすぐに理解したからだ。


「…………」


 私の前に立ちはだかるように、誰かが立っている。

 女と同じく、つい先ほどまで影も形もなかったはずなのに、である。



 月明かりに照らされているのは、短髪の少年だ。

 背丈は私より高いが、それほど歳が離れているようには見えない。


 というか、その姿には見覚えがあった。


「カイ……?」

「…………」


 そう。カイだ。

 ケイス・カイ・スタグレーゼ。

 分家の従兄弟に当たる人物で、昼間に会ったばかり。


「どうして……」


 ここにいるのか。

 いや、そもそも何がどうなっているのか。


「……マカロンの、お礼。忘れてたから」

「…………?」


 カイの言葉は、私にとって意味不明だった。


 え? もしかしてアレだろうか。

 お礼の言葉を伝え忘れていたので、ずっと部屋に潜んでいたのだろうか。

 だとしたら怖すぎる。


「間に合ってよかった」

「間に合って、って……」


 そう言った彼の手には、無骨な長剣が握られていた。

 同時に、先ほど聞こえた謎の金属音の正体にも思い至る。

 おそらく私の首を裂くはずだった一閃は、彼が持つ剣にその軌道を防がれていたのだ。


「ーー死にたくなかったらそこを退け、小僧」

「断る」


 女の威圧的な言葉に、カイは顔色一つ変えないまま即答する。

 本物の暗殺者相手に一歩も引かないその胆力は、私の目から見ても凄まじいものがあった。


「……依頼でもないのに、子供を殺すのは気が引けるでござるが」


 そう呟きながら、女の気配が少し変わったような気がした。


 ……確かに、カイの立ち姿は堂々としたものだ。

 とても十歳やそこらの子どもには見えないほどに。

 私には剣術はさっぱりわからないが、強襲の一撃を防いだところから見ても相応の力量を備えているのだろう。


 でも、相手の力量もまた未知数。

 カイが勝てるという保証もない。

 そして、勝てなかった場合に待っているのは、カイと私の死だ。


 なら、今の私にできることは。




「ーーきゃーーーー!! 助けてぇえええええ!!!!」




 屋敷全体に響きわたるほどの、ありったけの大声で叫んだ。


「ーーーー」

「ちっ!」


 突然叫び出した私にびっくりして硬直しているカイと、忌々しげに舌打ちする女との対比が印象的だった。

 ーー不審者には大声が割と効く。

 それが、信頼できる大人が多くいる場所なら尚更だ。


「ーーーー」


 女の判断は早かった。

 蛇を思わせる俊敏な動きで窓に近づき、そのまま外へと飛び出していく。


「っ!」

「だめ! 追わないで!」


 躊躇なく女の後を追おうとするカイを、腕を掴んで引き留める。

 少し驚いた様子で私を見るカイに、私は首を振り、


「あなたも子どもなんだから、危ないことはしてはだめよ!」

「…………」


 不用意な行動を諌める私の言葉に、カイはやや不満げな顔をしているように見える。

 そこで、私はようやく思い出した。

 私は、そんな彼に助けられたのだ。


「……いえ。でも、助けてくれて、ありがとう。あなたが来てくれなかったら、私、死んでたわ」


 それは紛れもない事実だった。

 いまだに理由は判然としないが、カイが来てくれなければ私はなす術なく殺されていただろう。


「……そっか。私、殺されかけたのね」


 その事実を改めて実感し、背筋を冷たいものが走り抜ける。

 小さく身体が震えているのは、気のせいではないのだろう。


「ーーお嬢!」


 いつの間にか、料理長のベスリルが目の前に立っていた。

 彼は今まで見たことがないほど焦った顔をして、


「ご無事ですか!? 一体何がーー!!」

「だ、大丈夫。大丈夫だから落ち着いて」


 筋肉達磨に肩を掴まれて揺らされるだけで、頭が痛くなってくる。

 興奮するベスリルを宥め、彼がようやく少し落ち着いたところで、


「……暗殺者がいた。彼女は誰かに命を狙われている」

「暗殺者ぁ!? ーーっていうか何だお前!? いつの間に!?」


 カイの存在を初めて認識したらしいベスリルが、素っ頓狂な声をあげる。

 それを見て、何だか気が抜けてしまった。


「アン! 大丈夫か!?」

「あ、お父様……」


 少し遅れて、父ヘイルもやってきた。

 いつになく慌てた様子で、大きな声で私の名を呼ぶ姿が印象的だった。

 何だか、想像していた以上にヘイルは私のことを大切に思ってくれているらしい。


 大丈夫。私、何ともないわ。


 そう、返事を返そうとして、


「アン!」

「お嬢!!」


 私はそのまま、意識を手放した。

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