第三十九話 犬猿の
「……で、キッチンまで行って、マカロンをいくつか貰って渡してきたから遅くなったのよ」
「そんなの、近くのメイドとかに任せちゃえばよかったのに」
「あんたは人をアゴで使うことを覚えすぎなのよ」
得意げな顔で持論を語るシュルトに、私はやんわりと釘を刺す。
というか、シュルトはいつの間に来たのやら。
「でもその様子だと、身体は本当に大丈夫そうだね」
「おかげさまでね。……その、ありがとう、シュルト。あの薬、本当に効いたわ」
事実として、私が今日ここに来られたのは、間違いなくシュルトがくれた薬のおかげだ。
怖いのでとても値段などは聞く気になれない。本当に怖い。
そんな私の内心など知らぬシュルトは、朗らかな笑みを浮かべていた。
「あのアンに真面目にお礼を言われるなんて、変な感じだね。でも今は素直に受け取っておこうかな」
「もうその発言が素直じゃないのよ」
ともあれ、助かったのは事実だ。
感謝はしておくことにする。
「……アン。まさかこいつから薬を貰ったのか? こいつから?」
「こいつ、とは失礼な物言いだね。僕にはシュヴァルトっていう名前があるんだから、ちゃんと呼んでくれよ」
口を挟んできたクロスに、シュルトは眉を上げて抗議するが、クロスはどこ吹く風だ。
「こいつはヴォルジーナの皇族なんだぞ? 腹の中に何を抱えてるかわかったものじゃない。そんな相手から高価なものを貰って、まして口に入れるなんて、危機意識が足りないなんていう範疇を超えている」
「シュルトは私に酷いことなんてしないわよ」
そこに関しては、流石に警戒しすぎだと思う。シュルトが私に毒でも盛ると考えているのだろうか。
ツウォルクォーツの王族であるクロスからすれば、ヴォルジーナの皇子というのは、あまり気の休まらない相手であることは間違いないのだろうが……。
大体、一国の皇子ともあろう人間が私になぜそんなことをするというのか。
する理由がないだろう。
「君の方こそ、妙に僕に突っかかってくるじゃないか? そんなに気に入らないなら、君からアンに薬の一つでも渡してあげればよかったんじゃないかい?」
「…………それは」
シュルトの攻めるような言葉に、クロスは押し黙る。
事実として、ツウォルクォーツ国内では薬の類はほとんど流通していない。
大抵の場合、治癒師が治療を行うからだ。
「…………」
妙に言い淀んでいるクロスを見て、ふと思った。
もしかすると、父ヘイルだけでなく、クロスも治癒師の手配に協力してくれたのかもしれない。
今朝来てくれた人は、相当な腕利きだったようだし。
でも多分、自分から言い出したら格好悪いとか思ってるんだろうなぁ……。
難儀な奴である。
仕方ない、少し助け舟を出してやるか。
「シュルトも言い過ぎよ。というか、あんたがいるとネル姉様が顔を出しづらいじゃない。さっさと帰りなさい」
「急に辛辣!! いや、でもそれもそうだね。今日はこ、このあたりで失礼させてもらうよ……」
突然豹変した私の塩対応に、シュルトはそそくさと退室していった。
というか、普通に半泣きだった。
少しやりすぎたようだ。
「よし。邪魔者が居なくなったことだし、姉上を呼んでくるか」
「あんたはあんたで生き生きしすぎなのよ」
急に元気になったクロスを横目に、私はため息をつく。
「まったく。私の周りの男たちは、どうしてこう皆仲が悪いのかしら……?」
「あはは……」
私の呟きに、困ったように笑うユウリの姿が印象的だった。




