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第三十八話 聞かれていた



「食べすぎた」


 軋むドレスの悲鳴に耳を傾けながら、私は思案する。


 思案するもクソもない。食べ過ぎ。それに尽きる。

 ただ、弁明させてほしい。

 こんなに美味しいスイーツさんサイドにも問題があるとは思わないだろうか。


「誰に向かって話してるのやら……」


 トイレを済ませ、表の世界に戻ってきた私がわけのわからないことを呟いていると、


「…………」

「あ」


 視界の端に、見覚えのある茶色が映った。

 というか目が合った。


 一年前に比べて、随分と背が伸びている。

 年齢は同じはずだが、身長は既に私よりも頭一つ分くらいは高いのではないだろうか。


 ケイス・カイ・スタグレーゼ。

 ユウリの異母兄弟で、レティシアの攻略対象の一人でもある少年だ。


 一応私とも従兄弟にあたる関係だが、ほとんど言葉を交わしたことはない。

 加えて言うと、一年前にも顔は見ているはずなのにあまり記憶にない。

 彼の母親であるドルレッサのほうが記憶に焼き付いているせいだろうか。


 ちなみにドルレッサの方は、今日は体調不良を理由に欠席しているようだ。

 多分私が嫌われているせいだろうが、正直どうでもいい。

 とはいえ、彼女が息子であるカイだけでも出席させているのは意外だった。


「…………」

「……えっと、こ、こんにちは〜」


 さすがに挨拶もなしに立ち去るのはどうかと思い、一言だけ声をかけることにした。

 あまり色のない栗色の瞳が、完全に私を捕捉している。


 というか、何を考えているのか全くわからない。

 なんで私のことをじっと見ているのかも不明だ。

 ちょっと怖い。


 ……もしかして、聞かれていた?

 私の恥ずかしい独り言を。


 いや、大丈夫だ。

 それなりに距離は離れていた。

 あの距離なら、ギリギリ聞こえていないはず……。


「……こんにちは」


 と思ったら喋った。

 一応会話は可能なようだ。

 そりゃそうか。ゲームでのカイも、口数こそ多くはなかったが、普通に会話していたし。


「食べすぎたの?」

「聞かれていた!?」




 なんということだ。

 こいつ、完全に私の恥ずかしい独り言を聞いているではないか。

 これは生かして帰すわけには……。


「……ここの料理は、どれも美味しかった」

「そ、それはもう! 皆自慢の料理人たちでしてよ!」


 なんか知らんが褒められた。

 いや、もしかしてこれはアレか?

 気を遣われているのか?


「君の言う通り、美味しすぎるスイーツたちにも責任の一端があると思う」

「ダメだこれ全部聞かれてるわ」


 私は両手で頭を抱えながらその場に座り込む。

 無意識のうちに、心の声が口から漏れ出ていたようだ。

 終わりである。

 私のあだ名は今後『野猿』から『食いしん坊』になることだろう。


 ……いや、諦めるのはまだ早い。

 この少年を懐柔し、一連の流れをここだけの話とさせていただくという希望は残されている。

 なんとか話の流れを変え、好感度を上げなければ。


「カ、カイさんはどんなスイーツがお好きですか?」


 そう思い、咄嗟に口から出たのはそんな言葉だった。

 お前はどれだけスイーツが好きなんだ? と内心でセルフツッコミを入れながらもカイの言葉を待つ。


「……特にない」

「そうなんですか? じゃあ、お料理はどうですか?」

「……料理も、特に」


 無表情で淡々と答えるカイに、私は察した。

 こいつ、私とコミュニケーションを取る気がないな? と。


「……でも」

「?」


 そんな私の予想とは裏腹に、カイはポツリと一言。


「小さな、いろんな色のお菓子。あれは、すごく美味しかった」

「ああ、マカロンですわね、きっと」




 カイの言葉に、私はそう推測する。

 ちなみに、こちらの世界でもマカロンが普通に存在する理由はよくわからない。元がゲーム故の設定の甘さかもしれないと勝手に思っている。

 スタグレーゼ家でも、おやつとして定番メニューである。


「……マカロン」


 その言葉を口に出したカイの声が、ほんの少しだけ熱を帯びているような気がした。


「よかったら、いくつか持って帰ります?」


 特に何も考えるでもなく、自然とそんな言葉が口から出ていた。


「……いいの?」

「もちろんですわ。せっかく来ていただいたんですし」

「……ありがとう」


 そう言った彼の口元は、ほんの少しだけ笑っているように見えた。



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