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第三十四話 波乱万丈な一日



「やれやれ、ひどい目に遭ったわ……」




 スタグレーゼ邸に帰りつき、やっとの思いで自分の部屋に戻ってきた私は、安堵の息を吐く。

 明日からの父ヘイルの態度は恐ろしいものがあるが、それはそれとして。


「……今は、もっと大事なことがあるのよね」


 そう呟き、私は机の引き出しからあるものを取り出した。

 前世で遊んだゲームの情報を記録した、例のノートである。


 最近は目を通すこともなくなり、やや埃を被っているような状態である。

 そんなものを取り出したのは、記憶の奥底に、うっすらと引っかかりのようなものを覚えていたからだ。


 具体的に言うと、シュルトーーではなく、ラフォーレ・シュヴァルト・ヴォルジーナ、その名前を、私はどこかで聞いたことがあるような気がしたのである。

 とはいえ、それを思い出したのは帰りの馬車の中でのことだったのだが。


 こちらの世界で目を覚ましてから、そろそろ三年になる。

 子どもの身体ともなると、その体感時間は相当なもので、前世での記憶は順調に薄くなってきている。


 どんどん前世の記憶が薄くなっていくことに思うところがないわけではないが、それも仕方ないことと割り切っているのもまた事実。

 それでも、不意に思い出したことなど、日記に書くことは欠かしていない。


「えーと……」


 ノートを見返しながら、私はその情報を探す。

 頭の中から抜け落ちていた情報もいくつか補完しながら、ついにそのページを見つけた。


「やっぱり……!」




 ーーラフォーレ・シュヴァルト・ヴォルジーナ。

 それは紛れもなく、ゲームにおける攻略対象の一人だった。


 主人公のレティシアが些細なことで因縁をつけられていたところを、たまたま通りかかったシュヴァルトが助けてくれるのが二人の出会い、だそうだ。

 伝聞系なのは、もはや私もあまり覚えていないからである。


 あまり覚えていないが、それでもシュヴァルトが正統系イケメンであったことだけは記憶している。

 間違っても、あんな大勢の前で訳のわからない婚約破棄をするような人間ではなかったはずなのだが……。


「そんなに大した情報はない、か……」


 朧げながら記憶にあった情報と照らし合わせてみても、それほど大きな差はないように感じる。

 それはいい。

 問題なのは、この段階で私とシュルトが出会ってしまったことだ。


「多分、せいぜい名前は知ってるか知らないか、くらいの関係性のはずだったのよね……」




 シュヴァルトがネル姉様と婚約破棄するのも、レティシアと出会い、関係を深めていってからのことだったと記憶している。朧げながらだが。

 ノートの記述もサラッとしているあたり、一応それなりに波乱はあったのだろうが、結局は丸く収まったのだろう。


 それがなぜ、子どものうちから私に求婚してネル姉様にフラれているのか。

 バカ過ぎて涙が出てくる……。


「まあ、私の知ったことでもないんだけど」


 シュヴァルトの自爆に、これ以上私が関わる理由もない。

 はっきり言って、私からシュヴァルトへの好感度は最低に近い。

 あんな素敵なネル姉様に散々迷惑をかけて、私が彼に好感を抱く要素がない。

 外見はたいそう整っていたが、それはそれ、だ。


「……今日はもう寝よ」


 随分と波瀾万丈な一日であったなと思いながら、私はベッドの中へと沈むのだった。



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