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第二十六話 遭遇




「アン姉さん、喜んでくれるかな……」


 大勢の人々が行き交う中、ゆっくりと歩を進めるユウリは小さく呟く。

 彼の手には、小さなバスケットが握られている。


 無論、中には敬愛する姉アンニへの土産物がたくさん詰められていた。

 お手洗いに向かった帰り、食いしん坊の姉を喜ばせようと、ひそかに選んだものだ。


 食べ物を食べている時のアンニは、いつも幸せそうな表情をしている。

 それも、甘いものを食べる時はだいたい蕩けるような顔をする。

 人によってはだらしないと捉えられかねない顔ではあったが、ユウリはアンニのその表情が好きだった。


 アンニが笑顔でいることが、ユウリにとって幸せの象徴のようなものだから。


「…………」


 ふと、何気なく広大なパーティー会場を眺める。

 こうした場に来るのは、初めてのことではない。かつて、分家のスタグレーゼ家にいた頃も、初めの方は兄のカイと共に出席を許されていた。

 それも、父だった男が完全にあの女に言いくるめられ、ユウリを完全に放置するまでの話だったのだが。


「……もう、昔のことだよね」


 そう独りごち、益体のない思考を切り捨てる。

 今のスタグレーゼ家にやってきてから、もうかれこれ三年ほどになるか。

 痛みを伴う記憶も、随分と遠いものに思える。

 初めは不安だった養子縁組の話だが、蓋を開けてみればユウリにとっての天国のような場所だったのは言うまでもない。


 それも全て、ユウリが敬愛してやまないアンニのおかげで。


「……早く戻ろう」


 アンニにはお手洗いに向かうことをあらかじめ伝えてあるが、あまり帰りが遅くなっては心配をかけることになる。

 そう思い、少し歩く速さを変えたところで、


「ーーっと、ごめんなさい」


 うっかり、歩いていた人に肩がぶつかってしまった。

 体勢を崩してしまい、その拍子に、手に持っていたバスケットを床に落としてしまう。


「……大丈夫。君のほうこそ、けがはない?」


 上から聞こえてきたのは、年若い少年のものだった。

 その感情の起伏が乏しい声色に、わずかに引っ掛かるものを覚えながらも、ユウリは顔を上げる。


「はい、これ」

「あ、ありがとう……」


 少年が拾ってくれたバスケットを受け取りながら、ユウリは少年の顔をまじまじと見つめた。

 ユウリよりも、随分と身長が高い。

 艶やかな短めの茶髪に、色のない栗色の瞳が印象的な少年だった。


「……君は」


 ユウリの中で、その姿がある人物のそれと重なった。


 もしかして。

 そう思う自分自身の心を、抑えておくことが、ユウリにはできなくて。


「……カイ?」

「……? どうして、ボクの名前を?」


 少年ーーカイはわずかに驚いたような表情で、ユウリを見る。

 色の抜け落ちたそれが、今のユウリには末恐ろしく感じられる。


 どうして、そんなに感情のない目ができるのか。

 その答えをしかし、ユウリは知っている。


「僕だよ、ユウリだよ。覚えてるでしょ?」

「……?」


 ユウリの言葉に、カイは相変わらず首を傾げている。

 その瞳の中のどこにも、光はなかった。


 そして。




「あら」




「ーーーーーーーー」


 その声を耳にした瞬間。

 ユウリの全身に、鳥肌が立った。




「誰かと思ったら、ユウリじゃない?」




 なんの感情もなく立ち尽くすカイの後ろから、女の手が伸びる。

 かつてユウリを殴り、蹴り、斬りつけ、痛めつけ、あらゆる暴虐を尽くしてきた女の手が。


「っ……!」


 その手が、ユウリの顔に触れた。




「どう? 元気だったかしら?」




 ケイス・ドルレッサ・スタグレーゼが、立っていた。




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