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第二十五話 暇人二人



「ネルお姉様は素晴らしい方だったわ。……本当にクロスはあの方と血が繋がっているの? 気のせいとかじゃなくて?」

「この俺にそこまで無礼な口を効く輩は、このツウォルクォーツでも間違いなくお前だけだろうよ」


 私のあまりに鋭い指摘に、なぜかクロスは深いため息を吐いた。

 今からでも遅くないので本当のことを言ってほしい。ちゃんと聞いてあげるから。


 そんなわけで、美しく聡明で思慮深いネルお姉様と渋々別れた私たちは、周囲の貴族たちに挨拶回りをするヘイルに付き添っていた。

 その途中でヘイルと別れ、その辺で退屈そうに暇を潰していたクロスと合流したのだ。


「お父様も、色々としがらみが多い人だものね……」


 遠目に見えるヘイルは、柔和な表情を浮かべて他の貴族と談笑している。一通りの挨拶は終えたのだろう。

 あのヘイルがリラックスしているように見えるのは、今話している彼が気心知れない間柄だからなのだろうか。


 一方のクロスはというと、


「暇そうだったわね」

「たわけ。……人の流れが途絶えたから、少し休んでいただけだ」

「ふーん?」


 ぽつりと、人のいない場所で黙々と軽食を摂っていたクロスの姿を思い返す。

 案の定というか、クロスは少しクセが強めなので、近づいてきてくれる人も少ないのだろう。

 流石にそこまでのことを本人に言うつもりはないが。


「ネルお姉様のところは全然人が途絶えないみたいだけど?」

「…………」


 私がそう言うと、クロスは難しい顔で押し黙った。

 これは普通に図星の時の顔だ。付き合いも長くなってきたので大体わかるようになってきたのだよ。ふふふ。


「……そう言うアンも、同じようなものだろう」

「……まあ、それは否定できないけど」


 クロスを弄って遊んでいたら、思いがけないカウンターを喰らった。

 ご指摘の通り、これだけたくさんの人が集っているにもかかわらず、私に近づいてくる人間はいない。

 『野猿』の名は伊達ではないのだ。何せ、私が全く知らないような貴族の子息たちにまでその噂が広がっているのだから。


 ……あれ?

 そういえば、ネルお姉様は私の不名誉なあだ名のことをご存知ではなかったのだろうか。

 とても恥ずかしいので、もし知らないのであれば、できれば知らないままでいてくれたらありがたいのだが……。

 か、考えるのはやめておこう。


「ふぁ〜ぁ……。やっぱり人が多いところは慣れないわね」

「こんな一目につくところでそんな大欠伸をかます奴があるか、馬鹿め。せめて隠せ!」


 疲労のせいか大欠伸をしてしまった私を、クロスが呆れた目で咎める。

 言いながらも自分の身体で周囲の視線から私を隠してくれるあたり、なんだかんだ優しいところもあるのだ。


「クロスって、なんだかんだで優しいよね」

「ーーーーーー」


 しまった。無意識のうちに、つい考えていたことを口に出してしまっていたようだ。

 本当によくないので、日々気をつけて過ごしているのだが、これがなかなかに難しい。


「……そういうところだぞ」

「え? どうしたの?」

「なんでもないわ、馬鹿め」

「む。馬鹿馬鹿ってひどいと思います。馬鹿って言う方が馬鹿なんですー!」


 私の抗議の言葉を、クロスは涼しい顔で華麗にスルー。

 「さて」などと言いながら、クロスは徐に姿勢を正して、


「俺はもう少し挨拶回りをしてくる。いつまでも休んでいても仕方ないからな」

「王子なのに、貴族に挨拶回りするの?」


 私が尋ねると、クロスは肩をすくめて、


「俺は王にはならないからな。今のうちから自力で繋がりを作っておくに越したことはない」

「はぇー……」


 すでに将来へ向けて布石を打っているクロスに、私は素直に感心する。

 やはり、クロスと私では見えている景色が違うのだろう。


「……それで、どうする? アンも一緒に来るか?」

「お誘いは嬉しいんだけど、ユウリがまだ戻ってきてないのよね。お手洗いに行くとか言って」

「む、そうか。なら仕方ないなーー」


 そこでクロスは、やや思案した後、


「……アン。可能な限り、ユウリと早く合流した方がいいぞ」

「……? どうしたの、クロス」


 不意に真剣な表情になったクロスに、私は困惑する。


「我が姉、ネルレリアの生誕祭には、ツウォルクォーツ中のあらゆる貴族が集まっている」

「……? それがどうかしたの?」

「わからんか?」


 クロスは静かに人差し指を立てて、




「つまり、お前の分家のスタグレーゼ家の人間たちも、ここに来ていると言うことだ」




「ーーーーッ!! ありがとう、クロスっ!!」

「気にするな。早く行ってやれ。もしかすると、厄介ごとに巻き込まれているのかもしれんからな」


 ひらひらと手を振るクロスを置いて、私は会場へと駆け出した。


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