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第二十三話 嵐のような



「ーーなんというか、嵐のような方でしたね」


 今度こそ遠ざかっていく少女の背中を見送りながら、レクスはそんな感想を呟く。

 彼女は気づいていなかったようだが、少女を見る彼の目は、まさに珍獣を眺める観客のそれだった。


「……で。どこから見てたのさ?」


 他人事のように語る男をジト目で見ながら、シュルトが尋ねる。


「シュルト様が蛮族に絡まれたあたりから、ですかね」


 臆面もなくそんな言葉を吐いた従者に、シュルトは軽く息を吐いた。

 予想できていた答えではあったが、


「それってもう最初からなんだよねー。助けてくれてもよかったんだよ?」

「……彼女が止めに入らなければ、そうしていましたよ」


 やや歯切れが悪いのは、彼もまた、少し返答に困ったせいか。

 それだけ彼女ーーアンニの介入が想定外だったということだろう。


「なにせ、シュルト様は魔力の制御がまだ甘い。あそこで反撃していれば、うっかり蛮族共の命を奪ってしまっていたかもしれない」


 レクスの言葉に、シュルトは形のいい眉を歪めて、


「しないよ、そんなこと。ヴォルジーナの名誉に傷がつくだろう」


 自身の魔力の制御が甘いのは自覚があったが、実力行使の意志自体、そもそも無かった。

 ここが他国であり、自分たちの一挙一動まで見られていることをシュルトは正しく認識している。

 現在、ヴォルジーナとツウォルクォーツの関係は安定しているとはいえ、それも薄氷の上のものだ。何がきっかけで壊れるかわかったものではない。

 騒ぎを起こすだけでもリスクが大きいのに、他国の貴族を複数人殺傷してしまったとなれば、たとえ皇太子であるシュルトでも追求は避けられないだろう。


 そういう意味でも、あそこでアンニが仲裁してくれたことにシュルトは感謝していた。


「ジョレット・アンニ・スタグレーゼ……だっけ。確かそう呼ばれていた気がするけど。何者なんだろうね?」


 シュルトの疑問の声に、レクスは自身の顎に手を当てて、


「アンニ様の名は存じ上げませんが、スタグレーゼ公爵家の名は有名ですよ。代々、強力な火の魔法使いを輩出する家系として」

「なるほど。武闘派なんだね」


 それならば、多人数相手にあの場を収めたのも納得がいく。

 上に立つものとしての風格を、幼くして既に備えた女傑というわけだ。


「……ふーん」

「どうされました?」


 レクスの問いに、シュルトはニヤリと笑って、


「ようやく見つけたよ。僕の将来の伴侶となるべき女性を」

「……まさか、あの方ですか?」

「他に誰がいるっていうのさ」

「いえ……あのですね、シュルト様」

「ん?」


 妙に歯切れが悪い従者に首を傾げながら、シュルトは彼の言葉を待った。




「ーー本日は、シュルト様とネルレリア王女殿下の婚約発表の場でもあるのですよ」




「…………んんん??」


 レクスの口から漏れた言葉に、シュルトは盛大に首を傾げるのだった。

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