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第二十二話 触りたい、その耳



「へぇ~! ヴォルジーナから……! 遠かったでしょう?」

「まあ、そこそこね。ここに来るのにも、一週間かかったんだよ」

「そりゃまた、随分遠いわね!」


 数分後。私は彼女との雑談に興じていた。


 なにせ、エルフである。長い耳である。

 生物という括りで見れば、こちらの世界にやってきてから初めて目にした明確な異世界要素なのだ。

 仲良くなって、ぜひその耳を触らせてほしい。そう思ってしまうのも、しかたない事であろう。


「……そういえば、まだちゃんと名前を言ってなかったわね」


 大事なことなのに、ちゃんと名前を聞くのを忘れていた。

 名前を聞いておかないと、せっかくの長耳が遠のいてしまう。


 私の言葉に、彼女はぱちぱちと瞳を瞬かせてから、ふんわりと微笑んだ。


「僕は、シュルトっていうんだ。よろしくね。えっと……アンニ、だったよね?」

「アンでいいわ。親しい人は皆そう呼んでくれるから」

「そっか。じゃあそう呼ばせてもらうね」


 シュルト。女性につけるにしては、随分と凛々しい名前だ。

 なんだか、強い女性になってほしいという願いが込められていそうな……。


「うん。よろしくね、シュルト。……シュルト?」

「……? どうかした?」

「いえ、何でもないわ」


 その名前に、わずかに引っかかるものがあったが、その正体が掴めない。

 なんだろう。何か大きなものを見落としているような、そんな気がしてならないが……。一旦置いておくとしよう。


 聞くところによると、彼女ーーシュルトはツウォルクォーツの人間ではない。

 ツウォルクォーツの北に位置する大国、ヴォルジーナ皇国の貴族とのことだ。


 確か数十年ほど前までは、両国は戦争状態にあったはずだ。

 それが覆ることになったのは、人と魔族との戦争が大きく関わっている。


 大変恐ろしいことに、かつてこの世界には魔王なるものが実在した、らしい。

 魔王は多くの魔族を率いて、人の住む領域へと侵略を始めたのだという。


 幸いにも数十年前の時点で魔王は討ち取られており、現在の世界は概ね平和を謳歌しているそうだ。

 詳しいことは忘れてしまったが、ツウォルクォーツとヴォルジーナの間ではその時期を境に融和路線が取られたのだとか。


 そんなわけで、現在の両国に表面上の溝はない。

 ただ、自分と違うものというのは、それだけで差別の対象になる。

 それはツウォルクォーツだろうと、ヴォルジーナだろうと同じことだろう。


「シュルト、その……さっきは、本当にごめんなさい。同じツウォルクォーツの貴族として恥ずかしいわ」


 私が頭を下げると、シュルトは驚いた様子で、


「あ、頭を上げてよアン! 君は何も悪いことなんてしてないんだ! それどころか、困ってた僕を助けてくれたんだから!」

「それでも、ね。ちゃんとケジメはつけておかないと……」


 大事に至らなかったとはいえ、あのまま誰も気づかなかったらシュルトが大怪我をしていたかもしれない。

 彼女だって、ここに呼ばれているということはヴォルジーナの貴族のはずだ。

 そんな人間をツウォルクォーツの人間が害したとなれば、決して大袈裟ではなく国際問題になりかねない。

 どうしたものかと思案していた、そのときだ。


「ーーシュルト様」

「わっ!?」


 気配が希薄で、その人が近づいているのに全く気づかなかった。

 白色の礼服を纏った男が、私とシュルトのすぐそばまで来ていた。


「レクス、びっくりさせないでよ、全く……」

「申し訳ありません」


 シュルトのぼやきに、男ーーレクスは淡々と謝罪する。

 あまり悪いとは思っていなさそうだった。


 年齢は、二十代後半から三十代前半といったところだろうか。

 癖がかった茶色の髪に、シュルトによく似た青色の瞳が印象的だった。

 例に漏れず整った顔立ちをしているが、あまりやる気はなさそうで気だるげな印象を抱く。

 その気配から、なんとなく彼女の護衛なのではないかと察した。


「そろそろお戻りください。色々と準備もありますので」

「あ、もうそんな時間か。あっという間だね」


 シュルトは少し驚いた様子で、そんな声を漏らす。

 うっかり仲良く談笑していたが、彼もまた要人である。この後の予定も詰まっていることだろう。

 というか、


「いけない、私もお父様とユウリを置いてきたままだったわ……」


 すっかり忘れていたが、私は体調が悪いと言って列から抜けてきたのだった。

 あまりにも美味しいスイーツの数々のおかげですっかり忘れていた。


「ユウリ、っていうのは、ご兄弟の方?」

「そう! 私の可愛い義弟なの!」

「ーー姉弟仲がいいんだね。羨ましいな」


 えっへんと胸を張る私に、シュルトは薄く微笑む。


「……?」


 そこに、ほんの少しだけ羨望に似たような感情が含まれているような、そんな気がして。


「できればもう少しお話ししていたかったけど、そうもいかないみたいだ。アンもそろそろ、ご家族のところに戻った方がいいね」

「そうね……名残惜しいけれど。それじゃ、またあとで!」

「え」


 ブンブンと手を振りながら、私は元来た道へと駆け出していく。

 けれど、それも途中で止まった。


「ところでシュルト、ネルレリア様がいらっしゃった場所ってどっちかわかる!?」


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