第二十一話 『野猿』
「いけないいけない。淑女たる者、常においしいものには目を光らせておかないといけないものね」
洗練されたスイーツの数々に舌鼓を打ちつつ、わけのわからない言葉を口走りながら、私は会場の中を歩いていた。
「ん〜! おいし〜!!」
すでに何個目なのかわからないマカロンを口の中に放り込み、全身の感覚を総動員して優しい甘みを味わう。
顔が大変だらしないことになっている気がする。でもやめられない止まらない止められない。
もしかすると、これまでの人生で一番幸福な時間かもしれない。
とにかく、見たことのないような手の込んだスイーツの多いこと多いこと。
王女様のお祝いの日に出るスイーツなのだから、ツウォルクォーツ王国で用意できる最高級のものばかりが集められているのは、当たり前と言えば当たり前か。
スタグレーゼ家で出てくるスイーツもとても美味しいものだが、さすがに気合いの入り方が違う。
「さて、次は何にしようかな……?」
視線を彷徨わせながら、私は思案する。
目についたものは粗方食べ尽くしていたが、まだまだお腹に余裕はある。
ただ、ヘイルとユウリを並ばせている以上、あまり悠長にしていられないのもまた事実だった。
ところで、
「……どこだろう、ここ」
あたりを見回しても、当然知っている顔はいない。
会場が広すぎるせいか、自分がどの方向から来たのかもわからない。
食べ物に夢中になっていたせいか、随分と長い距離を移動しているようだった。
移動したのは他の誰でもなく私なのだが。
「こういう時は、たしか右に行くといいんだったかしら?」
謎の知識を思い出し、やや人の薄い方向へと足を向ける。
右へ、ひたすら右へと進んでいくが、人の気配はどんどん薄くなり、ついでにスイーツやご馳走も見かけなくなってしまった。
「……こっちじゃないわね」
ずんずんと進んでいくと、広い庭園のような場所に出た。
当然のように軽食の気配などなく、というより、いよいよ人の気配がなくなってしまった。
ひとまず来た道を引き返そうとした、その時だ。
「ーーここは、お前みたいなバケモノが来るところじゃねーんだよ!」
「……なんだか、不快な声がしたわね」
眉を顰めた私は、近くに他の人間がいることに気づいた。
それも一人ではない。
見ると、何人もの少年たちが、一人の少女を囲っているようだ。
美しい花々が生い茂るこの場所に、あまりふさわしいとは思えないものだった。
「で、でも……僕は……ちゃんと招待されて……」
オドオドとした様子で、可憐な声が反論する。
随分と高い声だが、僕っ娘か。初めてお目にかかる。
密かに私がそんなどうでもいい感想を抱いていると、
「招待? ありえないだろ。まともな人間ですらない奴を、ツウォルクォーツが招待しただって? ーー身の程を弁えろよ、バケモノ」
「っーー!」
少年の一人が、少女を突き飛ばした。
「ーー何してるの!!」
無意識のうちに、私は叫んでいた。
すぐに倒れる少女に駆け寄り、彼女の状態を確かめる。
「大丈夫!? どこか痛いところとかない!?」
「う、うん。大丈夫」
驚いているのか、少女の返答はどこかぎこちない。
そんなことは今はどうでもいい。
こんないたいけな少女を寄ってたかっていじめるなんて、絶対に許せない。
「ねぇ。『何してるの』って聞いてるんだけど」
「ーーーーっ!?」
私は周りの少年たちをキッと睨みつける。
するとなぜか、少年たちの瞳に怯えの色が浮かんだような気がした。
ただ一人だけ、不服そうな態度を隠さない少年もいて、
「なんだお前。どこの誰だか知らねえけどーー」
そう言って、交戦的な態度をとる少年の口を、震える他の少年たちが押さえつけて、
「バカ! お前知らねえのかよ!?」
「は?」
「あの燃えるような赤毛、血みてぇな冷たい眼、背筋が凍るような威圧感……!」
「ジョレット・アンニ・スタグレーゼ……スタグレーゼの公爵令嬢であるにも関わらず、そのあまりの暴れっぷりから、『野猿』と呼ばれ恐れられた女だ……!」
「なんでも、気に入らない奴がいたら、意識がなくなってもボコボコになるまで殴り続けるらしい……」
「俺は気に入る気に入らないとか関係なく、誰彼構わずボコボコに殴り続けるって話を聞いたぜ……」
「オレが聞いた噂だと、あのクロス王子を殴り飛ばしたとか……」
「さすがにそれは嘘だろ……? 王族を殴り飛ばすなんてよ……」
え、なんなの?
私の悪名、どこまで知れ渡ってるの?
あとすいません。最後のやつは本当です。
「くそっ! 覚えてやがれっ!」
「別に覚えてなくていいからなっ!」
どっちなのかよくわからないセリフを吐きながら、少年たちが退散する。
後には私と、ポカンと口を開けた少女だけが残された。
「まったく、嫌だわ。人をまるで化け物か何かみたいに言ってくれちゃって」
「あ、あはは……」
口を尖らせて不満をこぼす私に、少女はどこかぎこちなく笑っていた。
「ほら、立てる?」
「あ、うん。ありがとう」
「お礼なんていいのよ」
差し出した手を掴む力はそこそこ強い。
見た感じでは、服が少し汚れてしまった程度か。
ただ、見えていない部分まではわからない。
「怪我はない? 何か他にされたりはーー」
「……?」
正面に周り、改めて少女の顔を見た私は、言葉を失った。
とんでもない美少女が、そこにいた。
長い金髪で隠れていたせいで、顔はしっかり見ていなかったのだ。
きらきらと輝く金色の髪に、透き通るような蒼色の瞳に吸い込まれそうになる。
まだ子どもなのに、その唇には妙な色気すら漂っていた。
いや、今まで見てきた人たちも、顔面は整っている者が多かった。
けれど、それも彼女には遠く及ばない。
限りなく完璧に近い造形、とでも言えばいいのだろうか。
そして、一際目についたのは。
「……エルフ?」
彼女の耳は、人間のそれよりも長かったのだ。




