第二十話 私は甘いものが好きだ
「わー! アン姉さんすごい! すごい人だよ!」
ユウリが興奮した様子で、繋いだ私の手をブンブンと振り回す。
小さなタキシードを纏った亜麻色の髪の少年ーー無論、我が愛する義弟、ユウリである。
他所行きの格好でデコレーションされた我が義弟は、今日も大変可愛らしい。
大変可愛らしいが、今は少し注意が必要な場面だ。
「ユウリ、絶対に手を離しちゃだめよ。こんな人が多いところ、すぐにはぐれちゃうんだから」
「あ、そうだよね。気をつけないとね」
私の言葉に、ユウリはハッとしたような顔で神妙に頷いた。
うんうん。今日も本当にかわいい。
「はは。アンはすっかりお姉さんだね」
私が満足げに頷いていると、頭上から柔らかな男の声が耳に届く。
「当然よ。だって私がお姉さんなんだから!」
えっへんと胸を張る私に、男ーーヘイルは穏やかな笑みを浮かべている。
今日はまだ何も問題は起こしていませんよ?
ということで。
私たちスタグレーゼ家の面々は、ツウォルクォーツ王城へと足を運んでいた。
目的はもちろん、クロスの姉であるネルレリアの十歳の生誕祭への出席である。
この世界では、十歳の誕生日を迎えることは大きな意味を持つ。
前世でも似たような歴史はあったはずだが、こちらの世界も例に漏れず、長い間子どもの生存率は決して高くなかった。
それが急激に上昇したのは、治癒系統の魔法の発達や、衛生面の改善が大きいとされている。
故に、生まれてから十年の間、無事に生き延びたことを盛大に祝う祭りが行われるのだ。
生誕祭を催すのは基本的に貴族と王族、一部の裕福な商人など。一般の人々も祭りというほどの規模で何かすることは少ないらしいけれど、十歳の誕生日には並々ならぬ思い入れを抱くものなのだとか。
このパーティーが盛大に催されているのは王族の力を示す意味もあるのだろうが、純粋に娘の無事を喜ぶ親心のような感情も多分に含まれていると思う。
「ここに来た理由は、わかっているね?」
「もちろんです! スタグレーゼ家と、クロス様に恥じぬよう、精一杯努めさせていただきますわ」
ヘイルの言葉に、胸に手を当て、満面の笑みを浮かべてそう答えるジョレット・アンニ・スタグレーゼ。
今日、ここに来た理由。
そんなもの、一つしかない。
ーー前世では見たこともないようなスイーツを、片っ端から、全て平らげることだ。
私は甘いものが好きだ。大好きだ。
クッキーが好きだ。ケーキが好きだ。マカロンが好きだ。
チョコが使われたありとあらゆるスイーツが大好きだ。
「……アン姉さん。よだれが出てるよ」
「はっ!!」
しまった。つい人前でトリップしてしまっていたようだ。
仕方ない。これほどのご馳走を目の前にして、我慢しろという方が無理な話でもある。
「……アン。食べるな、とは言わないけど……ほどほどにね」
「……ーー…………ーーーーーー……はい」
「渋った!?」
「まあ、それについては一旦置いておきましょう。それより……」
可愛い義弟にツッコミを任せてしまったことを反省しながらも、ギリギリで結論を宙に留めておくことも忘れない。
それよりも、
「クロス様はどちらにいらっしゃるのでしょうね?」
我が婚約者の姿が見えないことに、疑問を覚える。
私はてっきりクロスが出迎えてくれると思っていたのだが、特に別室に通されるでもなく、他の参列者たちと同様普通に通されてしまった。
王族の婚約者とは言っても、そんなものなのだろうか。
「アン姉さん。クロス様は婚約者とは言っても一応王族なんだから……」
「ユウリも一応って言っちゃってるじゃないの」
そんな姉弟の会話に、ヘイルはやや引き攣った笑みを浮かべながらも、
「ははは……。多分、ネルレリア様と一緒なんじゃないかな。ほら、あのあたり」
「うげ……」
思わず、淑女にあるまじき声が漏れた。
ヘイルが指さした先には、長蛇の列が出来上がっている。
言うまでもなく、本日の主役ネルレリア様への接見客たちの列である。
「アン姉さん、どうしたの? 顔色が悪いよ?」
「だ、大丈夫。ちょっとね……」
こちらの世界に来てから、これほどの大人数がいるのを見たのは初めてだ。
前世の人で溢れた通勤電車を思い出し、少し気分が悪くなってしまった。
心配するユウリに、適当にはぐらかすことしかできない自分が情けない。
別に前世は超弩級ブラック企業の過労で死んだとか、そういうのではないはずなのだが。
「慣れない場だから、少し緊張してしまったかもしれないね。少し休もうか?」
「いえ、大丈……」
そこまで喉の奥から出かけて、ふと思う。
この流れだと、先にネルレリア様に接見するのが先になってしまいそうだ。
列の長さからして、数十分程度のロスは避けられないだろう。
そうなると、ここにある素晴らしいスイーツたちの安全は保証されない。
私以外の人に食べ尽くされるなんていう悲しい結末を、彼らに与えるわけにはいかない。
つまり、私が彼らを救うには。
「申し訳ありません、お父様。少し休んできても良いでしょうか……?」
決死の表情で尋ねる私を見て、ヘイルは頷き、
「わかった。それじゃあ私とユウリは、先に並んでいるからね」
「アン姉さん、一人で大丈夫……?」
「子どもじゃないんだから平気よ」
「いや、子どもだよね、アン姉さんも……?」
首をかしげるユウリも可愛らしいことこの上ないが、今だけは食欲が勝っている。
「それじゃあ、いただきます」
そう言い残し、私はその場を後にした。




