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第十八話 嫌われているよりは




「……あ」


 廊下に出ると、壁に寄りかかったクロス王子の姿があった。

 憮然とした表情のまま、少年は口を開く。


「どうだった?」

「ばっちりでした! ちゃんと喜んでもらえましたよ!」

「そうか」


 それだけ言って、クロス王子は押し黙る。

 何か言いあぐねているような、そんな印象があった。


「クロス様。先ほどはお手伝いいただき、ありがとうございました」

「俺は横から口を出していただけだろう。それはお前の成果だ」

「私一人では、できませんでしたよ」


 本心からの言葉だった。

 私より菓子作りが得意なユウリも、口を出すのをためらっていた節がある。

 長年分家で虐げられてきたせいなのだろうか。

 それはひとまず置いておくとして。


「だから、ありがとうございました。……それと、先日は申し訳ありませんでした。その……」

「いい。気にするな」


 クロス王子のはっきりした物言いに、私は驚く。

 とても捨て台詞を吐いて去っていった少年と、同一人物には思えなかった。


「お前の言う通りだ。ツウォルクォーツ王族たる俺が、血で民を差別するなど、あってはならないことだった。

 それに、真心込めて作られたものを払い落としたことも、な。お前の怒りも当然だ」

「ですが……」


 そこまで言うと、クロス王子は薄く笑い、


「ま、けっこう効いたってことさ。まさか俺も、女に殴り飛ばされるとは思わなかった」

「は、はは……」


 渇いた笑いしか出てこない。


「……すまなかった。俺はお前の義弟を侮辱した。謝罪する」

「ちょ、顔を上げてください! 王族の方がそんな……!」


 スッと頭を下げたクロス王子に、私は慌てて声をかける。

 今日のクロス王子に、怒りの気配は一切ない。

 本当に、一週間ほどで自身を見つめなおし、意識を変えたのだ。


 もちろん、側に仕える人間たちの入れ知恵も大いにあるだろう。

 それでも、それを素直に飲み込んだのはすごいことだと、私は思う。


「……いえ、わかりました。謝罪を受け入れます。――ですが」


 私はそこで言葉を切る。

 思わぬその態度に、瞳を困惑で揺らすクロス王子を後目に、


「クロス様。謝る相手を間違えていますよ。――ほら、隠れてないで出てらっしゃいな、ユウリ」

「……アン姉さん」


 おずおずといった様子で、物陰から可愛らしい義弟が姿を現した。

 少し前からいるのはわかっていたのだが、隠れている彼をわざわざ引き摺り出す理由がなかったのだ。

 今、この瞬間までは。


「ほら、クロス様」

「ああ、わかっている」


 一瞬の逡巡もなく、クロス王子はユウリへと深く頭を下げ、


「俺は君を侮辱した。君の母君も。――重ねて謝罪する。すまなかった」

「……顔を上げてください、クロス様」


 ユウリは困ったような顔で苦笑いしながら、


「別に僕は怒っていません。僕の方こそ、アン姉さんに手を出させてしまったこと、申し訳ありませんでした」


 ユウリが頭を下げると、クロス王子は鼻を鳴らして、


「それは謝ることではない。原因は俺にあるのだからな」

「それでも、ですよ」

「む……」


 微笑むユウリに、クロス王子はバツの悪そうな顔をしている。

 まだまだ、お互いの間に溝はある。

 でもそれはきっと、これから先の未来で埋めていける類のものだ。


「……感謝する」

「……ふふ」


 最後までぶっきらぼうなクロス王子に、少し笑ってしまう。

 ひとまず和解はできただけでも、よしとしておこう。


「はい。これからも、よろしくお願いしますね?」

「っ! あ、ああ」


 少し居心地が悪くなったのか、クロスは露骨に目を逸らした。

 あれ? これ拒否されてない? 大丈夫?


「……よろしく頼む。その……アン」

「はい!」


 よかった。そういうわけではなかったらしい。

 差し出した手は、しっかりと彼の手によって包まれた。





 こうして、私とクロスとユウリは和解することができたのだった。









 ――それから。


「……えーと。今日はどういったご用件で?」


 優雅にお茶を嗜みながら、私は目の前の少年に問いかける。

 灰色の少年――クロスは不思議そうに首を傾げ、


「……? 用件が必要か? 俺はアンの婚約者だぞ?」

「いや、それはそうなのですが……」


 先日の件があってからというもの、クロスはこのスタグレーゼの屋敷に入り浸るようになった。

 本当に週三日くらいはやってくる。もしかして暇なのだろうか。


「クロス王子、またいらしてるんですか? もしかして暇なんですか?」

「なんとでも言え。俺はアンの婚約者として、親睦を深めに来ているだけだ。忙しい中、スケジュールを切り詰めてな」


 ジト目のユウリに、クロスは鼻を鳴らしながら答える。

 この二人の関係も、最初よりはずっと改善したと思う。

 今では軽口を言い合う仲になっているのだから、改善と言っていいだろう。

 たまに普通に口喧嘩していたりもするけれど……。


「ふむ、今日のクッキーも美味いな」

「……ありがとうございます」


 素直な賞賛の言葉に、やや困り顔をしながらもユウリははにかんでいた。


 ……ま、いいか。

 私もユウリも、クロスに嫌われているよりは、ずっといい。


 それに、想像していたほど悪いヤツではないようだし。

 常に全力で婚約をお譲りする心の準備はしておくけどね!



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