第二話 義弟がかわいすぎる
呼び出しを受けた私は、父上の書斎に腰掛けていた。
普段あまり来ることがない場所なので、色々と物珍しいものに目を吸い寄せられる。
「……そんなに面白いかい? 父さんの書斎は」
少し困り顔の父――ヘイルが、私にそう尋ねてきた。
「はい! 不思議なものがたくさんあって、とても面白いです!」
現代日本と違い、この世界には魔法の概念が存在する。
この書斎にインテリアとして置いてあるのは、おそらく何かしらの特異な力が付与されている物品たちだ。
ゲームでも、そういったアイテムが活躍する場面があった。
中には見覚えのあるものもあったので、テンションが上がってしまうのも仕方ないと思う。
「そうかそうか。興味があるなら、後で父さんが色々と教えてあげよう。でも先に、ユウリの紹介をしなくてはね」
「あっ! そうでした!」
はしゃぎすぎて、本来の目的をすっかり忘れていた。
なぜか少し嬉しそうな!!!が咳払いをして、
「――入りなさい、ユウリ」
「……しつれいします」
書斎の扉が、遠慮がちに開かれる。
おずおずといった様子で入室した少年に、私の目は釘付けになっていた。
身長は、私よりも少し小さいくらいだろうか。
少しくすんだ亜麻色の髪が、くるくると目元にまで伸びている。
あどけない表情は不安げで、儚さを感じさせた。
「紹介しよう。今日からアンの家族になる、ユウリだ。仲良くしてあげてくれ。ユウリ、この子はアンニ。君のお姉さんになる人だよ」
「ユウリです。よ、よろしくおねがいします」
顔を伏せながらも、ユウリが控えめな挨拶をする。
伏せた目は大きく、その顔立ちは恐ろしいほどに整っていた。
要するに、とんでもない美少年がそこにいた。
「……かっ」
「かっ?」
「――可愛いいいぃぃいいい!!」
「へっ!?」
私は思わずユウリに飛びついていた。
「なんて可愛いのかしら! どこからきたの? あ、でもうちの子になるんだからもう関係ないのよね! 私のことはアン、って呼んでね! 家族や親しい人たちは皆そう呼んでいるから――あ、でも私ってお姉さんになるのよね? ちょっとお姉様って呼んでみて!!」
「あ、えっと、お、おねえさま……?」
「あーっ! 死ぬ! 可愛すぎて死ぬ!! お父様、本当にこの子、私がもらっていいの!?」
「あ、アン。少し落ち着きなさい。アンのものになるわけじゃない。その子はアンの弟になるんだ。可愛がるのはいいことだけど、ほどほどにしないと。ユウリが怖がってるだろう?」
少し引き気味の父の顔を見て、私はようやく正気を取り戻した。
確かに、私の腕の中のユウリの顔は、少し引き攣っているように見えた。
「ご、ごめんなさい! 私ったら、つい……」
「い、いえ。だいじょうぶです。すこし、びっくりしただけで」
私が謝罪すると、困った顔をしながらもユウリは微笑んだ。
その表情に脳を揺さぶられながらも、私は彼の腕を掴んで、
「まずは、屋敷の中を案内しないと! さ、行きましょ!」
「は、はい!!」
この可愛い少年と親睦を深めることに決めた私は、そのまま強引に、彼を連行した。
「……アンって、いつの間にあんな子になったのかな?」
後ろで何やら呟いた父の声は、私の耳には届かなかった。
「ここが食堂よ!」
「すごく、おおきいですね」
ユウリを連れた私は、屋敷の中を案内していた。
後ろをちょこちょこ付いてくるユウリは、とても可愛らしい。
その表情は、あいかわらず少し硬いものではあったが。
「私たちだけじゃなくて、執事さんたちもメイドさんたちも、みんなここで一緒にご飯を食べるのよ!」
スタグレーゼ家では、父の方針で使用人たちと共に食事をとることを推奨されていた。
ちなみに記憶を取り戻す前のアンニはクソガキだったため、普通に一人で食事を食べることが多かった。
お父様の言いつけなんて、全然守ってなかったからね!
「みんな、いっしょに……?」
不思議そうな顔で、ユウリが首を傾げる。
「そうよ。今日からユウリもウチの子になるんだから、家の決まりはちゃんと守らないとね」
「どの口で言ってるんですか?」と言いたげなセバスの顔は、できるだけ視界から外すよう心がける。
「わかりました。おねえさま」
「……それと」
私はユウリに向き直り、
「敬語じゃなくていいのよ。私たちは姉弟になるんだから!」
「え、でも……」
「私がいいって言ってるんだから、いいのよ! わかった?」
「……わかったよ。おねえさま」
「うん、なんかおかしいね!? 二人のときは『アン姉さん』って呼んでもらってもいい?」
「わかったよ。アン姉さん」
「うんうん。じゃあ、次に行きましょうか」
これで公的な場では『お姉様』、二人の時は『アン姉さん』と呼ばせることができる。
二段構えで二度美味しい。我ながら天才としか言いようがない。
満足した私は、屋敷の案内を再開するのだった。