第十七話 スパルタ王子
結論から言うと、クロス王子はスパルタだった。
「分量が違う! もっと正確に測れ!」
「は、はい!」
「なんだその甘い攪拌は! やる気を出せやる気を!!」
「は、はぃぃ!!」
私が何かやらかすたびに、めちゃくちゃちゃんとダメ出しされた。
まず分量。
私はけっこう適当な性格で、「これくらいでいいんじゃない?」などと思いながらざっくり入れていたが、クロス王子にめちゃくちゃ怒られた。
思えば、前世では料理こそそれなりに作っていたものの、お菓子作りはしたことがなかった。
料理であれば、多少量が違っていても、食べられなくなるほど不味くなる、ということはあまりない。
分量に対しての意識が甘かった、ということだろう。
加えて、たぶん私はそれなりに味音痴だ。
「まあまあいけるのでは?」とこれまでユウリたちに振舞ってきたクッキーたちも、あまり出来の良いものではなかったのでは……。
二人とも優しいから、はっきり不味いとは言えなかったのかもしれない。
次に混ぜ方。
これも「これくらいでいいだろ」と思って適当に混ぜていたのだが、どうやら甘いらしい。
ユウリにも指摘されたが、かなりしっかりと混ぜないと、食感に影響してくるようだ。
適当な性格が、こんなところにも響いてくるとは……。
「よし……」
その後の工程には大きな問題はなく、いよいよ焼き上げるところまで来た。
心なしか、隣に立つクロス王子とユウリも緊張しているように見える。
オーブンから、おそるおそる鉄板を取り出す。
香ばしい匂いが鼻を通り抜ける。
成功の予感があった。
「おお……!」
綺麗な小麦色に焼けたクッキーが、鉄板に所狭しと並んでいる。
先日ユウリが作ってくれたものと比べても、ほとんど遜色ない。
「どれどれ」
皿に出したクッキーを、三人でそれぞれ口に放り込む。
「あ、おいしい」
噛んだ瞬間、サクサクとした食感と優しい甘みが口の中に広がった。
変な感じは全然しない。
最初に作ったものと比べれば全然違う。
「うん、おいしいね!」
同じようにクッキーを口に入れたユウリも、嬉しそうに舌鼓を打っていた。
「……うん」
そして、問題のクロス王子。
彼もしばらくもぐもぐと咀嚼していたが、やがて満足げに頷いた。
「さっき食べたものとは雲泥の差だ。これならスタグレーゼ公爵も喜ぶだろう」
「ほっ。よかったです」
クロス王子からも太鼓判をもらい、私は安堵の息を吐く。
もう一度作り直せ、などと言われたら、また暴力沙汰になっていたかもしれない。
「それじゃあ、お父様のところに行ってきますね!」
「ああ。喜んでもらえるといいな」
「はい!」
妙に素直な言葉を吐くクロス王子を置いて、私は父ヘイルの書斎へと向かうのだった。
「うん! 美味しいよ、アン。上手に作れたね」
結果から言うと、ヘイルはとても喜んでくれた。
途中で手が止まることもなく、持って行った分のクッキーは完食だ。
これまでは全て食べてもらえることはなかったので、やはり今まで作ってきたものは、あまりおいしくはなかったのだろう。
「あ、あの。お父様……」
私が言いづらそうにしていると、ヘイルはやや苦笑いしながら、
「クロス王子のことなら、もう怒ってはいないよ。少し手が早いのは、直した方がいいとは思っているけれど」
「ご、ごめんなさい……」
それは本当に直した方がいいと思っている。
「それにしても、本当にうまく作れたね。ユウリにも手伝ってもらったのかな?」
「はい。あと、クロス王子にも。突然やってきたので、びっくりしてしまいましたが」
私が苦笑しながら言うと、ヘイルの顔が困惑したようなものに変わる。
「……んん? クロス王子が来ているのかい? 何の連絡も受けていないけど。何か用事があったのかな?」
「……そういえば、何をしに来られたのかは聞いてませんね」
本当に聞いていない。
クッキーを作ることになったのは、その場の流れだろうし。
何をしに来たのだろうか。
ヘイルは少し考えるようなそぶりを見せていたが、やがて微笑んで、
「それなら、アンにはクロス王子の歓待を任せるとしよう。婚約者なのだからね」
「は、はい。がんばります!」
「うん。拳は構えなくても大丈夫だからね」
やんわりとヘイルに釘をさされながらも、私は書斎を後にした。




