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第十五話 お詫びにクッキーをつくります



「――もしかして私、やっちゃいました?」

「アン姉さん、それ言うのもう二十三回目だよ」

「え、うそ、私そんなに同じことを繰り返してた? おばあちゃんみたい……」


 義弟から呆れ声交じりの指摘を受け、私はややへこんでいた。

 さすがにこの歳で老人のような扱いを受けるのは、心にくるものがある。

 前世の経験がある分、精神年齢はそろそろおばちゃんと言われても差し支えない頃合いではあるのだが、深く考えることはしない。


 というかユウリよ、わざわざ私の発言の回数を覚えているのか。

 それだけ記憶に残りやすいフレーズだったのかもしれない。


 ……そんな現実逃避気味なことを考えなければ、とてもではないが平静を保っていられなかった。

 私がこんな状態になっている理由は、ただ一つ。

 一週間ほど前、クロス王子の言動にブチ切れて、彼を思い切り殴り飛ばしてしまったからである。


 あの後、セバスにみっちり絞られた私は、さすがに頭が冷えた。

 思い返してみても、自分でもどうかしていたと思う。

 普通に口より先に手が出ていた。猿と言われても仕方ないレベルである。


 アンニ本来の苛烈な性格を身体が覚えているのか、単に私が強い感情をコントロールできなくなっているのか。

 そう考えると、転生してからの私は感情的になる場面が増えたように感じる。

 肉体の幼さに精神の方がつられている可能性はある。うん、きっとそうに違いない。


 そんな感じで自分を納得させていたが、知らせを聞いた父ヘイルは泡を吹いて倒れ、王へ直々に謝罪したらしい。

 ツウォルクォーツ王の反応はそれほど緊迫したものではなく、子ども同士のことだから穏便に、という方向に収まったようだが。

 婚約もそのまま継続となるらしい。


 それはそれとして、私は父ヘイルにこっぴどく叱られた。

 あれほど苛烈な感情をあらわにするヘイルの姿は初めて見た。できればもう怒らせたくない……。

 父も家や私を心配して怒っていたことは理解しているので、申し訳ない気持ちしかなかった。


 その後、私もクロス王子に謝罪するため王城へ足を運んだのだが、クロス王子と会うことはできなかった。

 当然の話ではあるのだが、私を許す気はない。そういうことだろう。

 婚約破棄をされても仕方ないほどのことをしでかした自覚はあるが、不思議とそういう話は出ない。

 彼も王子として、父である王の顔を立てることにしたということだろうか。


 クロス王子と面会できなかったこともあり、今もヘイルと私の関係は少しぎくしゃくしたままだ。

 なんとか仲直りしたい。


 そんなわけで、私はいま絶賛詫びクッキーを製作中だ。

 甘いお菓子とおいしい紅茶、そして気持ちいい風を感じながらゆっくり語り合えば、きっと父ヘイルも態度を軟化させてくれるに違いない。

 ただ。


「うーん……」


 焼き上がったクッキーを口に運ぶ。

 ぼそぼそとした食感に、しつこすぎる甘味が延々と舌に残り続けている。

 少し焼き過ぎたのか、表面はやや硬すぎるような気もする。

 自分の焼き上げたものに対して素直な感想を述べるのであれば、あまりおいしくはないような……。


「お、美味しいよ、アン姉さん」

「ありがとうユウリ。でもダメだわ。ユウリが作ったのと比べても、明らかに美味しくないもの」


 優しい義弟の気遣いが心に沁みる。

 けれど、それに甘えてばかりもいられないと、自身を奮い立たせた。


「――お嬢様。少しよろしいでしょうか」

「む?」


 私たちが菓子作りに精を出していると、執事のセバスが声をかけてきた。

 どうやら相当に慌てているらしく、その眼鏡はやや角度がズレている。


「どうしたの、そんなに慌てて」

「実は――」

「邪魔するぞ」


 彼のこんな姿を見るのは珍しい。

 不思議に思っていると、口を開きかけたセバスの後ろから、誰かが出てきた。


「な――」


 その姿を見て、私は硬直する。

 忘れるはずもない。

 やや長い灰色の髪に、透き通った金色の瞳。

 王族に相応しい整った容姿に、全てを見下すような不遜な態度。


 私の婚約者である、第四王子。

 フォネスト・クロス・ツウォルクォーツが目の前にいた。






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