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第十一話 一年後





 私が記憶を取り戻してから、一年が経過した。


 この一年の間は、概ね平和に過ごせたと思う。

 ただ、変わったこともいくつかあった。


 まず、身長が伸びた。

 自分で言うのもちょっとおかしいが、この年齢の子どもの成長は目覚ましいものがある。

 今はユウリよりも私の方が背が高い。

 微妙な差だし、そのうち確実に抜かされるだろうけど。

 とにかく、順調に成長を続けているのはよいことだ。


 あとは、屋敷の人たちが最初のころと比べると優しくなった。

 とはいえ、私が特別に何かしたかというと、別にそんなことはない。普通に過ごしているだけだ。

 それだけ以前のアンニが強烈だったということなのだろうが……。

 やはり以前のアンニに対しては、使用人たちの心象もよろしくなかったのだろう。


 勉強も順調に進んでいる。

 このペースでいけば、あと二年ほどで初等学院で学ぶ範囲を終了しそうなほどだ。


 初等学院というのは、原則として、この国のすべての人間が通うことが義務づけられている学校である。

 十二歳になる年に入学し、十四歳までの三年間、通う事になる。

 年数は短いが、前世で言う小学校、中学校が三年間だけ存在するイメージで問題ない。


 基本的には国民の全員が通う事になる学校だが、例外規定も存在している。

 十二歳になる年に魔法学院の試験を受けて合格すれば、初等学院ではなく魔法学院に入学することが許されているのだ。


 スタグレーゼ家の子どもは代々、この試験を突破して十二歳から魔法学院に入学するのが通例となっている。

 初等学院の内容は、お世辞にもレベルが高いとは言い難い。

 前世の知識を持つ私はもちろん、地頭がいいユウリもそれほど苦戦しないだろう。


 とはいえ、こちらの歴史や魔法といった、前世の知識が通用しない部分もある。

 あまり油断していると恐ろしいので、この調子でいきたいところだ。


 座学だけでなく、魔法の訓練も並行して行っている。

 ユウリは例の事件以降半年ほどの間、私とは離れて訓練をしていた。

 魔力の操作にはなかなか苦戦していたようだが、フィッチ先生にひたすらしごかれ、暴走することは無いと言える程度にはなった。

 フィッチ先生のお墨付きも出たので、今は二人一緒に訓練を行っている。


 一緒に訓練していて思うが、やはりユウリの才能は凄まじいものがあった。

 私も既に簡単な火属性魔法くらいは扱えるようになったが、ユウリは既に人間くらいの大きさの火球を打ち出すことができる。

 それでも、日々鍛錬を欠かすことはなく、魔力のコントロールもどんどん上達していた。

 かわいい弟が成長していく姿は、姉としてとても誇らしい。






「……でね! 昨日はユウリが、こーんな大きな炎の壁を作ったの! すごいよね!!」

「ア、アン姉さん。僕の話はいいですから……」

「ははは。うんうん、相変わらず仲が良いみたいで、私も安心したよ」


 顔が赤くなるユウリを見て、お父様は朗らかに笑う。

 今日は久しぶりにお父様がお休みをとっていたので、中庭でのお茶会に誘ったのだ。

 少し驚いた顔をしていたけれど、笑顔で了承してくれた。


 お父様は相変わらずお仕事が忙しいようで、なかなか屋敷には戻ってこない。

 今日は久しぶりに親子三人でお話ができて、本当によかったと思う。


「今日はお菓子を作ってみたの! お父様にも食べていただきたくて!」

「おお、すごいじゃないか。喜んでいただくとしよう」


 私はバケットから、クッキーの包みを取り出した。

 少し焦げてしまってはいるが、そこそこ自信作だ。

 食堂のキッチンをお借りして作成したものである。

 最近はお菓子作りにハマっており、よくユウリに食べさせていた。


「こ、れは……?」

「クッキーです! ささ、どうぞ、お父様!」

「あ、ああ。クッキーね。……クッキーってこんな感じだったかな?」


 最後の方はうまく聞き取れなかったけど、なかなかの好感触だ。

 嬉しそうなお父様がクッキーを口に運んだ瞬間、お父様の気配が少し変わったような気がした。


「……お、おいしいよ、アン」

「そうですか! よかったです!」


 心の中でガッツポーズをとる。

 だが、心なしか、お父様の顔色が悪くなっているような気がした。


「ヘイル様、大丈夫ですか? お顔がすぐれないような……。お部屋で少し休まれては?」

「あ、ああ。そうだね。悪いけど、そうさせてもらおう。ありがとう、ユウリ」


 私が口を出すより先に、ユウリとお父様の間で話が成立していた。

 そうだ。うっかりしていた。

 お父様は久しぶりのお休みで、ずっと私たちの相手をしていては疲れてしまうだろう。

 体調が優れないのであれば、今日くらいはゆっくりお部屋で過ごしてもらおう。


「お父様……」

「大丈夫だよ。少し気分が優れないだけだから。また、お話を聞かせてくれ」

「はい。お父様!」


 私の言葉にうなずき、お父様が席を立とうとした、その瞬間、


「――ああ、そうだ。アン達に、伝えておかないといけないことがあったんだった」

「……? なんでしょう?」


 なんだろう。

 まったく予想がつかない。




「来週、クロス王子がこの屋敷にやってくる。婚約してから、アンとは初めての顔合わせになる。粗相のないようにね」





 ……ちょっと意味がわからなかった。


「……えっと。クロス王子……? 婚約……?」

「え? もしかして忘れてしまったのかい?」


 「困った子だなぁ」と苦笑しながら、お父様は言った。





「アンとクロス王子は婚約しているんだよ。一年くらい前だね。アンが家から出ないといけなくなったから、ユウリを養子にとったんだよ」

「……………………」





 なんですと!?






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