その1 第九話 裸単騎
第九話 裸単騎
今日も私は離れ小島で勤務していた。暇なのか涼子も店にいる。店内は1卓だけ稼働していて常連のお客さん4人で仲良くやっている平和な時間だ。これを『1卓丸』と言う。私はとくにやることもないので涼子と2人で軽く店内清掃をしていた。すると
「最近青澤さんと仲良いねー」と涼子が待ち席を清掃してる私に話しかけてきた。あれ? 私はみんな平等に仲良くしてるつもりだが?
「そんなことないよ?」
「あー、たしかにマコトは誰とでも仲良いかー。でもね、青澤さんはそうでもないんだよ。マコトのことを絶対に特別視してると思う。なんだろな、お気に入り? みたいな」
「そっ、そうなの? なんか照れるなぁ……」
「とは言え、あの人は変わってるからね。恋愛対象とかじゃなくて実験動物みたいな感覚で興味もってるだけかもしれないけど」
「実験ってなんのよ?」
「10代で雀荘遅番従業員として活躍中の女なんて普通いないから、それの成長を見てる……とか?」
そう言われて私はたしかにそれはあるかも知れないなと思った。そもそも青澤さんに恋愛対象の目で見られてる感じは一切ない。面倒なことはお断りだからそれでいいんだけど、こんなに美人なのにそれはそれでちょっとおかしくない?? 私のことが好きーって男子は学校にはたくさんいたよ?? まあ、好みの男はその中にいなくて、いつも断ってたけど。
「ポン!」
卓からは間柴さんという80をこえるおじいちゃんの元気な発声が聞こえた。元気とは言え高齢者だ、この半荘かその次で終わりにしてもらうつもり。お年寄りは夜中ちゃんと寝てもらわないとね。その分朝早くに来てくれればいいだけの話だ。
「ポン!」
間柴さんは基本的に我慢してリーチまで持っていくタイプの打ち手だ。鳴いても大抵は一鳴きテンパイ。その彼がこれで2副露。これは少々珍しいことだ。満貫くらいはまずあるだろう。
「ポン!!」
(えっ? またポン? 間柴さんの3副露なんて滅多にない……)
気になって後ろから間柴さんの手を見に行った。すると……
間柴手牌 北家 ドラ二
二東西西(南南南)(白白白)(発発発)
字一色イーシャンテンだ! これは大事件。しかも待ちは中じゃない。白と発を鳴いている以上危険度1位は大三元の組み合わせとなる中だ。それを掴んでしまったら一巻の終わり。逆に言うと中さえ止めれれば……という思考が必ず働く。
その時、間柴の下家が思い切った行動に出る。
「リーチ!」
打西
下家手牌
一一伍伍赤⑤⑤6677東東中
そう、東と中を止めての七対子テンパイでリーチ。下家は親番なのでわからなくはない判断だ。しかし、その西は……!
「ポン!!」
打二
間柴手牌
東(西西西)(南南南)(白白白)(発発発)
役満テンパイ! 東はあと1枚しかないが、まだ山に生きてる牌だ!
対11の取り出しで始まった局はもう間柴の山が無くなろうという所まで来ていた。これしか山がないのにまだ1枚残っているなら充分すぎる期待値である。
裸単騎になった間柴さんは手牌を伏せる。(待ち牌を表向きに倒しでもしたら大変だから裸単騎は伏せてよいとされている)すると――
「いいい居たああぁぁーーー!!!」
バチコン! と牌を叩きつける間柴さん。その牌はたしかに東だった。だが……
「……間柴さん。それ、山じゃなくて間柴さんの手牌……」
いいい居たああぁぁーーー!!! じゃないっつの。それを言うなら痛あー! だわ! つまり、間柴さんは1枚になった手牌を伏せて、なおかつ自山が少なくなっていたので自山のラスト1枚だと勘違いして手牌を引いてしまったのである。
「えっと、誤ツモという裁定になります。2000.4000の支払いですね」と笑いをプルプル堪えながら涼子が言う。
「ブハッ!」私は限界で吹き出してしまった。それを皮切りに全員が大笑い。間違えた間柴さん自身吹き出していた。
「「「あーーーはははは!! ははははは!!」」」
私は笑い過ぎておなかが痛かった。
「間柴さん。これでラス半にして明日また来たら? ププッ。もう寝た方がいいよ」
「そうする」
離れ小島は今夜も賑やかである。