その1 第七話 ミズサキのノート
第七話 ミズサキのノート
ミズサキは愛想がいい方ではなかったが聞かれたことにはしっかり答えるし、声もあまりうるさくなく、遅番にはそれが丁度良かった。
雀荘というのは非日常の空間とでも言うのか、何屋かと言えばスリル専門店的な所がある。
その他にも同じ趣味を持つ者同士の会話を楽しむ場という側面もあるが、遅番の時間帯に遊ぶ客はそれを牌で語る方が好きである。
シェイクスピアの言葉に『行動は雄弁』というのがあるが、打牌選択もある意味会話のような所があり、遅番メンバーは牌の会話で接客するのである。
もちろんその次元にまだひよっこのミズサキがなれているわけはないのだが、しかし、当時からこの子にはその才能があると感じた。と店長は後に語ったという。
◆◇◆◇
その日の仕事が終わり帰宅するとミズサキは今日の麻雀のポイントになる点をノートに書き残した。
────
今日のポイント
【空切りリセット】
空切りをすることで前巡に通された危険牌が安全にならない。危険牌であり続けることになる。
例えばこの手
七八九西西白白(南南南)(北北北)
この小四喜の可能性もある仕掛けに東はおいそれと勝負出来ない。しかし、いま気合いで東を通されてしまった。
その巡目に引いたのは七萬。これをツモ切りしてはならない。
ここでの正解は七萬空切り。こうすることで東はまた危険牌として復活。さっき通ったから今のうち、が出来なくなるのだ。
空切りをくだらないと言うプレイヤーは一定数いる。驚くべきことにプロを名乗る人間にもいたりする。だが、どうだろう。空切りをするしないでこうも展開が変わるのだ。これは空切りが戦術として重要であることを証明している良い例だ。
空切りをくだらないと見るのは個人の勝手だ。好きにしたらいい。その人の麻雀はしょせんその次元だというだけの話だ。
しかし、仮にもプロを名乗るなら、空切りの重要性を認識し、自分はやらないなどと恥ずかしいことを言わないようにしてもらいたい。麻雀の戦術とは相手から見たらどう見えるかのイメージの力が全てだと言っても過言ではない。その次元にない戦術など初級の初級。アマチュア1年目に覚えるレベルの話になる。
麻雀は客観が全て。この事を深く胸に刻むこと。
────
「はーー。書けた」
(我ながらいい文章だわ。辛辣でありながらも的確。確かな真実を書けた気がする)
ちなみに、現時点で誰に見せる予定があるわけでもないがこの本作りのような習慣をミズサキはこの先なんと一生続けることになるのであった――