その1 第六話 雀士の資質
第六話 雀士の資質
最近、カラスがうちの近くに来るようになった。夕方になると必ず私を「ガー ガー」と言って起こしに来る。正直助かってる。この子のおかげで遅刻せずに済んでいるので感謝を込めて『カー子』と命名した。『カー子』がメスかどうかは知らないけど。
「あ、もうこんな時間か。りょうちゃんも起きて。もうすぐで出るから、一緒に行こ」
「ん……いいよ私は〜。ほっといて」
「鍵はどうすんのよ」
「合鍵ないの〜? 2つくらいはあるでしょ」
「あるけど、今からりょうちゃん家に行くってのについてこないってどう言うことよ」
「あは。確かにね〜。でも私はまだ眠いから。もうちょい寝かせて……ムニャ」
(私だってまだ眠いわよ)と思ったが涼子はもう夢の中なので仕方ないな、と思って私は外にいたカラスに話しかけた。
「カー子。あとでこの子のこと起こしてあげて。あんまり暗くなってからじゃ危ないから」
「カー!」
「ありがとう! いってくるね」
「カー! カー!」
あのカラスは何でか知らないけど人語を理解してる気がするので後のことはカー子に任せて私は出勤することにした。
◆◇◆◇
「ポン」
ミズサキ手牌
七八九西西白白(南南南)(北北北) ドラ伍
東2局
北家のミズサキが仕掛けてこのテンパイ。ドラはないがそれでも満貫確定の勝負手である。そこに対面南家が気合いで東を叩き切ってきた。
危険は承知! と言うかのような東強打。
(チッ……勝負されちゃったか。厄介なことをしてくれるわ……)
それを見て下家の親も何かを1枚右手側に配置した。おそらくあれは東だろう。
同巡 ミズサキ
ツモ七
(ツモ切りでいい牌……。でも、そんな甘いことはしてあげないよ)
この七をそのまま捨てる事も可能だが、ミズサキは手の内の七とこれを交換したのだ。そう、これは空切りという技術である。これをやられるとせっかく先程安全になった東がまた危険牌になってしまうのだ。
下家は結局この手出しを見て東を勝負できなくなって手じまい。思い切って切り飛ばしていればアガリになっていたかもしれぬ回を加点どころか少しの失点をして終わりにしてしまった。
この時の空切りを店長は遠くから観察していた。
(芸が細かい。その一手があるかないかで決着は大きく変わる空切り。そういうのが出来てるかどうかで資質の有無がわかるものだ。間違いなくミズサキは人の視点に立てる人間。それこそが雀士の資質――)
「――たいしたもんだ」
「誰が?」
「ミズサキだよ、全くもってたいしたもんだ。うちの娘もああいう細かい所を見習ってほしい……ん? 涼子、帰ってたのか」
「うん、ただいま。言っとくけどね、私は別にこの店継ごうとか思ってないんだからそんなに期待しないでよね」
「涼子……麻雀は今後何をするにしても役に立つぞ。人の立場に立って物事を考える力。それは生きて行く上で必ず役立つものなんだ。今はまだ分からないかもしれないが、麻雀は上達することで人生の糧となるはずだから。その事だけは忘れないで」
「わかってるわよ。そんな事」
「……それならいいんだ」
「1卓ラストでーす! 優勝会社しつれーしました!」