7話 新たなる友人、新たなる先生
「よ、おはよう」
嫌そうな顔をする彼に挨拶をする。
「……関わらねぇって言っただろ」
「『あなたは私達に関わらない』とは言ったけど、『私があなたに関わりに行く』のはまた別でしょ?」
そう言っただけで、目の前のシマウマくんは眉をさらにしかめてしまった。
「寝言は寝て言え、阿呆」
「ひどい、傷ついちゃうよ」
わざとらしく泣き真似をしながら、上目遣いで言ってやる。
「……『あいつら』とは違うんでしょ?」
「ッおい、てめぇ……!」
「何、どうしたの?忘れてほしかったのかな?」
そんな攻防を続けていたら。
「あーーっ!!」
教室の入口の方から、大きな声が聞こえた。
大勢の視線がそちら側に集まる。
気になって見てみれば、その声を出したのは、昨日シマウマくんと同じ班だった男子生徒のようだ。
そう、イカしたサングラスをかけたあの男子。
男子生徒はバタバタと足音を立てながら、こちらに近づいてくる。
「良かった〜〜〜!!!マジで心配だったんだよ!!ゼラフくんめっちゃ気分悪そうだったからさ、元気そうで良かったわ!!」
快活を絵に描いたような男子だ。
その笑顔が、多くの人の陰鬱な気分を吹き飛ばしてくれるのは間違いないだろう。
ただ、一人を除いて。
「……気分はどう?ゼラフくん」
「最悪に決まってんだろ、阿呆どもが」
─────
「ゼラフ〜ッ!!ノート書けなかった所あるから見せてくれ!!」
「あ、不安だから私もゼラフのやつちょっと見たい」
「何でてめぇらはこの一日二日で仲良くなってんだよ」
隣のマイトと一瞬顔を見合わせた。
「兄貴トークで意気投合したんだよな」
「お兄ちゃんあるあるを話せるのは強い」
「それだけで何で仲良くなれるんだよ……」
ゼラフが頭を抱える。
兄弟あるあるを話せると、それだけで親近感が湧く。そういうものだ。
「割とそんなもんだよな!な!」
マイトから軽く拳を突き出される。
「ね、そんなもんだよね」
イエーイ、なんて言いながら拳を突き合わせた。
「ってかおい、何俺のこと名前呼びしてんだよ、やめろ」
「エッ!?オレ達友達だよね!?名前呼びぐらい良くね!?」
「てめぇらと友達になった覚えなんざねぇよ!!」
まあ確かに、ゼラフとはまともな自己紹介すらしていない。これでは完全に友達になったとは言いにくいだろう。
「まあまあ、そんなにカッカしないでよ、ゼラフちゃん」
「そうだぞ!ゼラフちゃん!オレ達のこと認知して!!」
「その言い方をやめろ、その呼び方もやめろ、今すぐやめろ。でないと手が出る」
「「えー?」」
「えー、じゃねぇ!!」
やめろって言われたから配慮したのに。わがままな奴だな。
マイトとぶすぶす文句を言っていると。
「なんや、楽しそうにしとるやないか!」
突然聞こえてきた声の方を見れば、そこには三毛柄の猫の半獣人がいた。
「えっ、ニコちゃん!?」
どうやらマイトの知り合いだったらしい。
「風邪ひいてたよねぇ!!?もう大丈夫なの!?」
「心配しいやなぁ、マイトは!この通り元気ピンピンなニコちゃんやぞ!」
「よかったぁ~!!!!」
愉快そうに笑う半獣人に、ドタバタと抱きつきにいくマイト。
「うるせぇ奴……」
「いいじゃん、仲良さそうで」
ゼラフは相変わらずぶすっとした顔のままだ。
「てかおいマイト、そろそろ離しいや。友達と話しとったんとちゃうんか?」
「あ、そうじゃん!紹介したいんだよね、こちら新しくできた友達!!」
マイトが私たちに向かって手を差し出す。
「どうも、ミカ・セレーネです」
「……ゼラフ・ジブライ」
このシマウマ、私以外には普通に名乗るのか。複雑な気分。
「僕はニコ・ネコミヤ。よろしくな!」
三毛猫くんがニコッと笑う。
「……珍しい名前だな」
確かに。ゼラフが言う通り、こっち側の地域ではあまり聞かないファミリーネームだ。
「あ、もしかして、東の方の地域の……?」
「ご名答!初級学校が終わる頃くらいに、親父の仕事の都合でこっちに来てん」
「そうなんだ。良かったら今度東側の文化教えてよ、よろしくね」
「おう、いつでも構わへんよ」
お互いに自己紹介し終わったところで、丁度鐘が鳴った。
「やべっ。席戻んないと!ミカ、ゼラフ、じゃあな!ほらニコちゃん行こ!」
「おい、引っ張るなて」
ニコの席はこっち!と言いながらマイトはニコの手をひいていってしまった。
立ち去る二人の背中に手を振る。
──これから、賑やかな学校生活が送れそうだ。
────
「本日から科学の担当の先生がお休みになりますので、代わりの先生が配属されますよ。みなさん、把握しておいてくださいね」
ラテル先生の声にほどほどに返事をしつつ、朝のホームルームが終わった。
「科学の先生、産休だっけ」
「……らしいな」
隣のゼラフに話しかければ、軽い返事が返ってきた。緑色の瞳がこちらを見据えることはないが、反応すらしてくれなかった時より断然マシだろう。よかった。
「おい、絆されたわけじゃねぇからな。またうるさく喋りかけられるのが面倒なだけだ」
「ゼラフって心読めるの?」
「てめぇがわかりやすいだけだわ」
ほう、それは自覚してなかった。
「子犬、私ってわかりやすい?」
私の膝でリラックスしていた子犬に話しかけてみる。
白い毛玉はこちらを見こそしたが、きゃおんと泣いてこてんと首をかしげるだけに終わった。
かわいいのでよし。
わしわしと首まわりや頭を撫でまわす。
ぱたぱたと揺れる尻尾が当たってちょっとくすぐったい。
うーん、相変わらず愛しいやつ。
そんなこんなで子犬と戯れていたら鐘が鳴り、教室の何人かが自分の席へと戻っていった。私は元から自分の席にいるので、何も動く必要はない。
すると、廊下の方から、コツコツという足音が聞こえてきた。おそらく、私たちの授業の先生がやってきたのだろう。
確か1時間目の授業は科学だったはず。
ガチャリと開かれたドアから、一人の女性が入ってくるのが見えた。
女性が歩くのに合わせて揺れる黒髪。伏し目がちなまつ毛から覗く黄色い瞳。
そして、女性の身体が教室に入り切る瞬間──ここにいる誰もが息を呑んだ。
正確には、女性の身体は入りきっていなかったのだ。
その女性は──褐色の鱗の、太く長い尻尾を引き摺っていた。
引き摺っていた、というより、その尻尾は動いていた。
蛇の、尻尾だ。
静かだった教室が、一瞬にして囁き声で騒がしくなった。
「うそ、もしかして蛇なの……?」
「蛇って……」
「蛇の先生なんているんだな」
口々にそんな言葉を口にしている。
確かに、ヘビの系統の人で学校の先生をしているのは初めて見た。珍しい。
蛇の半獣人の女性が、そのまま教壇に向かう。
教壇に立ち、それから前を向いて私たちと顔を見合わせた。同時に、騒々しかったざわめきはピタリと止んだ。
「皆さん、はじめまして。皆さんの科学の授業を担当する、ソフィア・アンギスと申します」
先程までの喧騒を気にしていないかのように、素知らぬ顔で話し始める。
「私の姿を見て、ひどく驚かれたことでしょう。これからの授業が、不安になった方もいるでしょう」
黄色い瞳は揺らぎもせず、私たちを見据える。
「ですが、どうか心配しないでください。私は、皆さんのために有益な授業を行うと保証します」
その声には芯が通っていて、その主張を疑わせるような余地は存在しなかった。
生徒たちは顔を見合わせたりするなどしていたが──
これ以降、騒がしくなることはなかった。




