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4話 目と目を合わせて




あの事件の直後。


in職員室、というわけだが。






「今のところの所有者は、ミカさんということにしておきましょうか。この紙に、名前と魔獣の種族名を記入してください。校内魔獣の扱いについても書いてありますから」


「あ、はい」



子犬の持ち主やらなんやらを調べようと、職員室を訪れた。

が、校内魔獣管理名簿には載っておらず、おそらく野生だろうという結論が出てしまった。

とはいえ、この状態の魔獣の幼獣を放っておくわけにはいかないので、臨時の持ち主として私の名前を書くことになったというあらましだ。


魔獣管理係の先生から差し出された紙とペンを受け取ろうとするが──

あいにく、私は子犬を両腕で抱えていた。


「一度私が預かろうか?」


そんな私を見かねてか、リオンが子犬に視線をやりながら、一声かけてくれる。


「うん、そうしてほしいかも」


そう思って腕の中の子犬を引き渡そうとする。

がしかし。


「きゃんきゃん!」


「うわっ、ちょ、痛い痛い」


子犬を引きはがそうとしたら、爪が制服に突き立てられた。はがそうと思うと意外と痛い。爪が布を貫通しそうな強さだ。このままでは制服に穴が空いてしまう。それはちょっと勘弁願いたい。


「……紙とペンを私が預かったほうが早いな。先生、代わりに私が貰います」


「はいはい、随分と懐かれたようですね」


リオンが先生から紙とペンを受け取ってくれた。

かたじけない。


しかし、子犬が私から離れようとしないのなら、どうしようか。どうにかして書類を書きたいのだが。

あ、そうだ。


「先生、ここの机借りてもいいですか」


「ええ、いいですよ」


「リオン、紙ここに置いて、ペンだけちょうだい」


「ああ」


とりあえず紙を机に置いてもらう。

そして、離れようとしない子犬を左腕でどうにか抱えなおし、差し出してもらったペンを右手で受け取った。


それから、自分の名前を書くところまではよかったのだが。


「……リオン、この魔獣の種族わかる?」


「全く見当もつかないな」


肩をすくめられてしまっては仕方ない。


「せんせーい!あの、この魔獣の種族名って……」


こういう時は質問するに限る。


すると、なぜだろうか、先生は途端に苦い顔をした。


「うーん、羽根を生やしたイヌ型魔獣という点から、一見ペロージェルに見えるのですが、それにしては体毛が真っ白すぎますからね……」


「あ、聞いたことある。黒や茶色の体毛が多いんでしたっけ、ペロージェルって」


「目の色も黒が多いと聞いたことがあるな……。子犬の目は青色ですから、その部分も違うということでしょうか、先生」


「ええ、全くもってその通りです……」


ため息をついてしまった。


ちらと左腕に視線を移せば、当の子犬はかなりリラックスした様子で抱えられている。こちらの気など知ったこっちゃないのだろう。

鼻をふすふすと鳴らしている。

この、かわいいやつめ。


「それに、先程聞いた話からしても、とてもその辺にいる魔獣だとは思えないのですが」


先生の声で現実に引き戻された。

そう、先生にも話したのである。子犬の力の話を。

過剰な魔力を注入され、暴走状態になった魔獣を収める、という話のことを。

先生の言う事はご尤もだ。私もこんな魔獣初めて見た。


「……あ、でも、あの先生なら」


しかし、なにか思いついたようで、私たちに断りを入れてから奥の方へ行ってしまった。


数分の後。


先生は、初老の茶髪の男性をつれて戻ってきた。

なんだか、どこかで見たことがあるような。

顔をしっかり見つめてみると、なるほど、多分入学式で見た先生だ、ということがわかった。

まあ、名前は覚えていないが。

担任だったような気もする。


「おや、君たちは確か……私の担当クラスの生徒たちでしょうか?」


「はい。1年A組のリオン・レーヴェと申します」


「あ、同じく1年A組のミカ・セレーネです」


リオンに続き、慌てて自己紹介をする。

本当に担任の先生だったらしい。


「ああ、申し遅れました。私はラテル・クリドラードといいます。魔獣学を教えていますよ。以後、お見知り置きを。……ところで」


ラテル先生がもう一人の先生の方へと視線を向ける。


「私は何故お呼ばれたしたのでしょうか?」


「すみません、用件を伝えていませんでした。この魔獣の種族がわからなくて……。魔獣に詳しい先生なら、ご存じかと思いまして」


「ほほう?」


ラテル先生の茶色い瞳が私の左腕を覗き込む。リラックスしていたであろう白い毛玉は、視線を感じたからか、顔を上げた。


「この魔獣は……シアンジュの幼獣ではないでしょうか?」


「なるほど、シアンジュがいましたね」


リオンと一緒に首を傾げる。先生方の口から知らない単語が出てきたので、聞かざるを得なかった。


「……シアンジュって何ですか?」


「シアンジュというのはですね、ここ数年で姿が見られるようになった魔獣なのですよ」


ラテル先生の、茶色い瞳がわかりやすくキラキラしだした。


「ペロージェルと性質が大変似ているのですが、見た目がかなり違いましてねぇ。シアンジュの特徴は、白い体毛と青い目を持っていることなのですよ」


「初期の頃はペロージェルの突然変異だと思われていましたが、研究を重ねるにつれ別の種族であることが判明しまして。相違点としては、魔力量がそれはもう段違いでしてねぇ。幼体を比べてみても、シアンジュはペロージェルよりも、扱える魔力量がとても多いのですよ」


「まぁ、それ以外に詳しいことはわかっていないのですがね!」


情報量が──

情報量が多い──!

とにかく、耳から入ってきた情報を整理してみるが。


「えーっと。確かに、この子犬は幼体にしてはすごい魔力だったし……」


「身体的特徴も一致しているな」


隣のリオンと見合わせながら、子犬の特徴を確認していく。


「まぁ、書類に書くぶんには、とりあえずシアンジュと書いておいて問題ないと思いますよ」


暫定、この子犬の種族名は、シアンジュ。

手元の書類に、種族名を書き込む。


「ラテル先生、ありがとうございます。突然お呼びしてしまったのに……」


「いえいえ。こちらこそ、なかなかお目にかかれないシアンジュを見れたものですから、私がお礼を言いたいくらいですよ。」


お礼合戦をする先生たちを横目に、『校内魔獣の扱いについて』の事項を読む。

ペンを置いて、子犬を両腕で抱えるのを忘れずに。左腕だけだと落ちちゃいそうだし。


迷子の魔獣についてや、魔獣の管理について──

所有する魔獣からあまり目を離さないこと、とか、人が所有している魔獣を勝手に連れて行かない、みたいなことが書かれている。要は、生き物の世話はしっかりやりましょうということだろう。

あと、特筆すべきことは、小型の魔獣であれば、管理できるなら授業に連れてきても良いということだろうか。


よし。


「先生、書き終わりました」


子犬をもう一度左腕に抱え直し、書き終わった書類を先生へと手渡す。


「はい、確かに受け取りました。それじゃあ、帰っても大丈夫ですよ」


「はい!それでは、先生方、ありがとうございました」


「ありがとうございました。先生方の授業、楽しみにしていますね」


「おや、リオンさん、嬉しいこと言ってくれますね」


気を良くしたラテル先生が、私たちに手を振ってくれる。


「また授業で会いましょう、お二人とも!」


「はい!では、失礼しました!」


先生の言葉を聞き終えてから、職員室の扉をリオンに閉めてもらった。





「ミカ」


職員室を後にして廊下を歩いていると、いつもの声が聞こえてきた。


「ちゃんと世話できるか?」


見れば、リオンの黄金色の瞳が、少し悪戯っぽく細められていた。


「もちろん、ちゃんとするに決まってるよ」


両腕に抱えた子犬を撫でながら、少し歯を見せるように笑えば、黄金色は真ん丸に戻った。


「何かあったら手伝ってやろう」


「わーい、助かる!ありがとね」


感謝の意を示すために腕を組もうとしたが、腕は子犬を抱えるために使っているので、それはできない。

仕方なしに頭をリオンの腕に擦り寄せた。


すると、言葉も発せず控えめに拒否られてしまった。

悲しい。







───────────





「きゃんきゃん、きゃおん!」


耳元で鳴き声が聞こえて、少し顔に力が入る。まだ、この泡沫の眠りに溺れていたいので、少し寝返りをうっただけでその声の主の確認はしなかった。

目なんて開けてやるものか、なんて思っていたら、湿ったものが頬を舐めた。



「ふあぁ……ん〜……?」


「きゃおん」


あくびをしながら重いまぶたを開いてみれば、愛しの青い双眸が、こちらを覗き込んでいるではないか。


「……おはよ、こいぬ」


「きゃん!」


はち切れんばかりに尻尾を振り、早く無でろとでも言うように顔を押し付けてくるものだから、お望み通り頭を撫でてやった。


「よく寝れた?」


「きゃおん!」


顔をもみくちゃにしながら質問してみれば、大きな返事が返ってきた。元気そうで何より。


それにしても、昨日の出来事を夢に見るとは不思議なものだ。

だかしかし、人は、脳の中の記憶や情報を整理するために夢を見るという。そう思えば、別に不思議でもなんでもないのかもしれない。


少しばかり伸びをして、ベッドから降りる。


「じゃ、準備しますか」


「きゃおーん!」




─────────








完全に。



かんっぜんに失念していた。





最初の授業。

授業とはいうものの、結局は学活の時間だ。

担任の先生の自己紹介を聞いたり、クラスの人と交流を深めたりするための時間でしかない。


部屋に置いてきたはずの子犬が、私の右手に擦り寄っているのも、今は関係ない。

……おかしいな。色々あっただろうからしっかり休んでもらおうと、ちゃんと鍵を閉めて部屋に置いてきたのに。


今はいいか、それは。


教壇でラテル先生が自己紹介をしているのも気にしなくていい、昨日聞いたのだから。


私が気にしているのは、隣の席に座っている、白と黒の縞模様の獣人である。

冷や汗が首筋を伝う感覚を感じながら、様子を盗み見る。


そこには、不機嫌そうな表情を浮かべ、前を見つめるシマウマ獣人の姿があった。


まさかこの獣人が隣の席だったとは。


丁度こちらを見たらしく、ふと目が合って、身体に緊張が走った。


しかし、獣人は軽く舌打ちをしただけで、また教壇の方へと視線を移してしまった。


気まずいにもほどがある。

私はまだいい、過ぎたことは気にしない派だから。だが、彼はどうだろう。

決して平常であるとは言い難い態度だ。



……私は、気づかない間に、この人に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか?


疑問は増えていくばかりだった。





「ああ、そうだ。せっかくですから、近くの席の人と自己紹介をしあいましょうか」



先生、それはよくない。大変よくない。


近くの人、というのは前後左右の人を想定しているのかもしれないが、結局のところ皆隣の人としか喋らないのだ。


つまり、席の前後の相手には話しかけられない。

残るは隣の席。


そう、緑色の瞳のシマウマ獣人しかいない。


救いを求めて右隣を見てみるが、そこには通路しかなかった。

ついでに子犬に右手をぺろぺろと舐められていた。まったく愛しいやつめ。


何が言いたいかって、誰もいないだなんていうのは、一番右端の席なんだから当たり前だ。人がいるわけがなかった。そんなことはわかっていた、わかっていたんだ。


重い首をゆっくりと左隣へと向ける。まるでブリキ人形にもなった気分だった。


すると。


緑色と、目が合った。



「あ、えっと……。私、ミカ・セレーネって言うんだ。よろしくね」



軽く話しかけてみる。

こういうのは先に言った方の勝ちだ。


さあ、シマウマくんよ。あなたはどう出る。



緑色は、すぐに消えてしまった。

そっぽを向かれたからだ。



……なんかもう、逆に面白くなってきた。


別に、このぶっきらぼうな獣人と仲良くならずとも、このクラスではやっていけるだろう。ルナとリオンがいるわけだし。


それでも。


私は、この獣人と友達になってみたい。


これは理屈じゃない。

私の信念だ。


2回も目を合わせてくれたんだし、まあどうとでもなるだろう。


「よかったらさ、名前教えてくれないかな。せっかく同じクラスなんだし」


喋らない。


「趣味とかある?私結構本読むんだよね」


喋らない。


「授業どんな感じなのかな〜。ね、気にならない?」


一言たりとも、喋らない。



シマウマくんよ。


一言も発さずに、この場を逃れられると思うなよ。


親愛なるお兄さまからの、度重なるうざ絡みを受け続けた私ならば──

逆に、人に対してうざ絡みをし続けることだって可能なんだからな。


「ねぇねぇ、喋ってくれないの?昨日はあんなに流暢だったのに?」


「残念だなぁ、私はこんなにもあなたとおしゃべりしたいのに」


「それとも、私の声が聞こえてないのかな?ねぇほら、名前教えてよ」




「……黙れ」


よし、喋った。

私の勝ち。

いや、違うか。友達になるんだった。

少し間違えたな。

……少しどころではないか。


まあ、声を発してもらえたので良しとしよう。

ほんの少しの前進だ。


その時丁度、授業の終了を知らせる鐘が鳴った。


「もうそんな時間でしたか。それでは、終わりましょう」


起立、そして礼。


先生の号令が終わった瞬間、見覚えのある黄金色がこちら側にすっ飛んできた。


「あれ、リオン。どうしたの」


その言葉を言い切る前に、首根っこを掴まれた。

正確には、首根っこのあたりの服を。

そしてそのまま連行された。

さながら親猫に運ばれる子猫の気分だった。








「今すぐに席替えをすべきだ、絶対に」


「えー、ちょっと早くない?」


「ミカ、多分あんたは黙ったほうがいいよ」


リオンとルナはどうやら席が隣だったらしい。いいなぁ。


いや、そんなことより。


「なんで私ここなの?」


今現在の私は、リオンの膝の上に乗せられて、腕でガッチリとホールドされている。

2メートルの獣人に支えられているのだから、それはそれはとてつもない安定感だ。

懸念点としては、安定し過ぎているが故に、一切身体を動かせないところだろうか。


「見ていて不安だったからだ、私がな」


「理由になってないよ」


リオンの腕から抜け出そうと頑張ってみるが、びくともしなかった。うーん、全く身体を動かすことができないのは困る。

ついでに子犬も膝の上に乗っかってきた。尚更動けない。

子犬のことはいいとして、いくら友達だとしても、人の腕の中に収まっている状況というのは少し落ち着かない。そわそわする。


「何が不安だっていうのさ。私はあのシマウマくんと仲良くしようとしてるだけなのに」


「それが不安だと言っているのだ」


抗議の声を上げれば、大きな手の平でもちもちと顔を揉まれた。

なんだ、昨日の仕返しとでも言うのか。


「ルナからも言ってやってくれ、あの男に関わるなと」


「えー?あたしは別にいいと思うけどなぁ。ミカの好きにすればって感じ」


頬杖をつきながら、ルナはあっけらかんと言い放った。

流石私の大親友。

今まで生きてきた人生の約半分は一緒に過ごしているだけはある。私への理解が深い。


「きゃおん!」


膝の子犬が元気そうに吠えた。そうだよね、おまえもべつにいいよーって思うよね。


それに対してリオンは、険しそうな顔を崩さなかった。


「そんなに心配することないって。大丈夫だよ」


俯きがちなリオンの頬を撫でる。


「……だが」


「リオンはほんっとーに過保護だねぇ。ま、ミカもこう言ってるしさぁ、解放してあげたら?」


「む……」


納得がいかないといった顔はしていたが、それでも拘束を解いてくれた。

膝に乗っていた子犬に降りるよう促し、リオンの膝から降りて、その黄金色の瞳と目を合わせる。


「でも、ありがとね。そうやって心配してくれるから、私は自分勝手に動けるわけだし」


誰かに心配してもらえるからこそ、色んなことに首を突っ込めるのだ。誰にも気にかけてもらえないなら、こんなリスクのあることはしないし、そもそも考えもしないだろう。


「……それがわかっているなら、自重してほしいものだが」


「えへ、ごめん。無理そう」


「なんかあったらあたしたちがフォローするから良いけど、あんま変なことしないでよね」


「はーい、お母さん」


「誰がお母さんじゃ」


ルナに軽くとんと頭を突っ込まれた。

冗談ですって。



──当面の間の目標は、あのシマウマ獣人と仲良くなること。


これは時間がかかりそうだ。




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