表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

3話 吾輩は猫ではない





鼻歌を歌いながら自分の部屋に帰る。


そうして部屋に着き、いそいそと手紙を書く準備をした。


これでOK、準備は万全である。

といっても、紙とペンを用意して、机に向かうだけだが。


特に考えることもなく手紙を書くことにしたわけだが、何を書こう。

手紙を送るのは、父と母。

ついでに兄にも送ってやろうか。

まだ寮に入ってから少ししか経っていないが、家族のことを思い起こすだけで家に帰りたくなってくる。

いやいや、我慢だ我慢。夏休みには帰省できるんだし、それまでの辛抱だ。


あれ、そういえば。

兄の手紙はどうやって送ろう。兄は優秀な魔術師となり、都会に行ってしまったので、私には今の住所が分からない。

父と母なら流石にわかるだろうか?

兄への手紙も、二人への手紙に同封して送ってもらおう。


さて、肝心の内容を書き始めたいのだが、これが難しい。

書き出しが一番迷う。


「どうしよっかなぁー」


かたんとペンを置き、頭の後ろで腕を組み考える。

寮生活が始まってから、これといって面白いことはなかったし、というかまだまだ始まったばかりなのだから、書けることがない。

まさか、教室でのあの出来事を書くわけにはいかないし。


私の完璧な暇つぶしプランは、どうやら抜け穴まみれだったようだ。

残念無念。


仕方がない、昼寝するか、と思ったのも束の間。



かり、かりかり。



閉ざされた扉の方から、引っ掻く音が聞こえる。


気になって、扉に近寄った。


かりかりかり。


この音の主は何者だろうか。


ああ、そういえば。

このマルダン調査団学校は、すぐそばに森を所有している。

野生の魔獣の生態系を管理し、生徒の学習に生かすことを目的としている。らしい。

そのため、学校や寮の中に小型の魔獣が入ってくるのも、珍しくないと聞いた。


おそらくこの音も魔獣の仕業だろう。


このドアを開けるべきか、開けざるべきか。



決まっている。


──調査団ならば、未知のものを解明したいと思うのは当然だ!


ガチャ、とドアを開けた。


そして、そこには─




「きゃおん」


「あらかわいい」



白い犬型魔獣の子どもがいた。

見た目は完全に羽を生やした子犬である。

なんとかわいい魔獣なのだろうか、この子犬は。


「どうしたのおまえ。親犬とはぐれた?」


しゃがんで目線を合わせ、目の前の子犬に語りかける。


「きゃうん?」


魔獣は羽を小さくぱたぱた動かし、こてん、と首を傾げた。

きゅるきゅるな目をしやがって。

全く綺麗な青色のおめめである。

愛おしいやつめ。


「きゃんきゃん!」


「お?おお」


撫でろ、と言わんばかりに子犬が私の手に擦り寄る。

ふわふわとした白い毛の手触りが心地よい。しっぽを全力で振っているのもまた可愛らしい。

どうやら、かなり人馴れしているようだ。

もしや、誰かの所有する魔獣だろうか。

であればその人を探さねばなるまいが─


「きゅう〜ん♪」


小さな魔獣は、その丸い頭をぐりぐりと、私の手に擦りつけてくる。


……もうしばらく、このままでもいいかなぁ。











『バゴオォォォン!!!』




開いていた窓から、爆裂音が聞こえた。


「きゃおん!?」


「な、なにごと!?」


すぐに窓に駆け寄る。

見れば、校庭の奥の方で砂煙が上がっていた。

その煙のせいで視界が悪く、人がいるのか、いないのかも把握することはできない。



一体何が起きたのか?


なぜこんな事態が発生したのか?


学校の実験室で、何かの実験に失敗した?


学校が管理する魔獣が、何か行動を起こした?


それとも授業中の事故?


それとも──




音が聞こえた方向から吹く、強い風が頬を掠める。



ばく、ばく、ばくと。


意外なことに、私の胸は弾んでいた。



事件の予感に、心がはやる。


生唾を飲み込む。



この日、あの場所で、何があったのか?




気にならないわけが、あるだろうか?




「いいや、ないね!」




好奇心は猫を殺す、とは言うが───


あいにく、私は猫ではないのだ。



私は、自分の部屋を足早に後にした。




───────






「魔獣が暴走している!!近辺の生徒は避難するように!」



何人かの生徒が、避難を呼びかけている。


そして、避難勧告をする生徒の中に、見覚えのある顔があった。



「リオン?」


「ミカ!?なんでこんなところにいるんだ!」


そこには、慌てた様子のリオンがいた。


「リオンこそ、なんでここに?」


「図書館に向かう途中で大きな音が聞こえたんだ。それで外に出てみたら、この有様でな……」


「ミカも早く逃げたほうがいい」とリオンに言われながらも、私の視線は別の方へ向かっていた。



「キーキュルルゥ゛!!クキュルゥ゛ァア!」


「おい、落ち着け!」


「動くな!大丈夫だから!」


「クギュアア゛!!!」



中型のイタチ型の魔獣が、上級生と思われる男子生徒二人に抑えつけられている。


すぐそばの少し黒ずんだ壁には大きな穴が空いており、瓦礫の山ができている様子から、あの魔獣が魔法を使って破壊したであろうことが予測できる。

おそらく、先程の爆裂音の原因は魔獣の魔法だろう。


「……先輩から聞いた話によると、普通に授業をしていた時、突然様子がおかしくなったそうだ」


魔獣を気にする私に気づいたのか、リオンが補足してくれる。


「……そうなんだ」





「ねぇリオン、魔獣が原因不明の暴走をした時の対処法第一条は?」


「……『第一に、魔獣の体力を消耗させることに専念する』」


「だよね。捕獲行動を行うのは何条?」


「第二条だな」


「……あの先輩方って、第一条の『魔獣の体力を消耗させる』、っていうの、やってた?」


「……少なくとも、私は確認していない。魔獣を発見してすぐに捕獲行動に移ったように見えた」



「順番通りじゃないと、って散々言われたよね。ペーパーテストのとき」



イタチ型の魔獣が、二人の男子生徒の拘束をほどこうと抵抗する。


「ところで、私は魔獣に好かれやすいらしいけど」


二人の男子生徒が、魔獣に振りほどかれた。


「……囮にでもなるつもりか?」


「そゆこと。察しのいい友達を持てて私は幸せ者だよ」


「はぁ……。私も手伝おう」


思わず目をぱちくりとさせる。

リオンは、そんな様子の私を見てやれやれとでも言いたげな表情をした。


「『注意その一、魔獣が暴走した時の対処は、必ず二人以上で行うこと』、だろ?」


それにミカは魔獣を捕獲できないだろ、と諭される。


「……忘れてたよ、ありがとう」



ゆらり、とイタチ型の魔獣が首をもたげた。

そして、そのまんまるな瞳孔と目が合った。


ここ1年くらいでわかったことがある。

私は魔獣に好かれる。良くも、悪くも。



つまり、君は──あの魔獣は、私を絶対に獲物に選ぶ。



さあ、鬼ごっこを始めよう。




────────




まさか、入学初日に学校の敷地内を走り回ることになろうとは。

いや、だって、それしか思いつかなかったんだって。


あの魔獣は、中型といえども、大型に近いので小回りがきかない。

右に左に曲がり道に入ったり、入らなかったりと、コーナーで差をつけて、ヘマさえしなければ追いつかれる心配はない。多分。


ちらりと後ろをのぞき見れば、魔獣の動きが少し鈍くなっているのがわかった。


うん、いい感じ。


このまま引き付けて、リオンとの合流地点に流れていけばなんとかなる。


魔獣を落ち着かせるためには、一度体力を消耗させ、攻撃性が低くなったところを抑える必要がある。

リオンは捕獲用の魔法が得意だ。

正確には、相手の動きを止める魔法だが、魔獣の捕獲には十分役に立つ。


魔獣の動きのキレが、少しずつなくなっていく。

そろそろ頃合いだ。

合流地点への道へ入る。


あの角を曲がれば、上にリオンが待機しているはず。


さあ、ラストスパートだ。


「おーい!イタチちゃーん!こっちだよー!」


私を見失いかけた魔獣の意識を、こちらに向ける。

私を目視した魔獣は、そのまま一目散に私の方へ駆けてきた。


それを確認して、私は真っ直ぐ道を走っていく。

そして、曲がり角を曲がった瞬間に上を見上げれば──



両腕を構えているリオンが目に入った。


「ミカ、伏せろ!」


「あいあいさー!」


即座に前に飛び出して身体を伏せる。

その瞬間に、雷のような黄色い光が頭上を通過していった。


「クキュルゥ゛!?」


後ろを振り返って見れば、バチバチと火花を散らす数本の光のツタが、檻のように魔獣を囲っていた。


「ひゅう、相変わらずいい雷魔法だね」


「はは、お褒めにあずかり光栄だ」


リオンは上から飛び降りてきて、地面に突っ伏していた私に手を貸してくれた。

それにしても、その高さから飛び降りても何の問題もない身体能力の高さが、ほんの少し羨ましく感じる。

私も、猫みたいにしなやかに動けたらいいのにな。


「キークククゥ゛……」


魔獣が威嚇音を鳴らす。

四肢でしっかりと地に着き、その瞳の瞳孔は開ききったままだ。


そうだ、魔獣が暴走した時の対処法第三条、『魔獣を捕獲しても、油断せずに魔獣の様子をうかがうこと』を忘れていた。


「リオン、ごめん」


「ああ、わかっている」


リオンがもう一度両腕を前に出し、構える。

私は魔法が使えないので、こういう時ばかりは手伝えない。



「キルルギュルア゛ァ!!!」


魔獣の出した炎が、一瞬にして雷の檻を打ち消した。


リオンが再度魔法を放とうとした、その時。




「きゃおん?」


脇の道から、ひょこりと子犬が飛び出してきた。


「……犬型魔獣?」


「エッ!?子犬ぅ!?」


「きゃんきゃおーん!」



子犬がこちらを向き、嬉しそうに吠える。

いや、きゃんきゃおーん!じゃない!

どっから来たんだこの子犬は!

私を追いかけてきたのかな?

じゃあ仕方ないね!


……仕方ないわけがない。



「ミカ、あの魔獣を知っているのか?」


「知っているっていうか、さっき見つけた迷子……かな。ついてきちゃったのかも……」


「親とでも思われているのか、全く……」


リオンが険しい顔をする。

それもそうである。

あの子犬の位置は、非常にまずい。

子犬をどうにかしてどけないと、リオンの魔法があの子犬にも降りかかってしまうかもしれない。

それは、うん、かなりというか、大変まずい。

中型の成獣向けの魔法が、幼獣にぶつかってしまった時の結果というのは、火を見るより明らかであろう。


不幸中の幸いか、イタチ型の魔獣は拘束が解かれても動こうとする気配はない。

もちろん、鬼気迫る表情に変わりはないが。

しかし、子犬をこちら側に誘導するか、イタチ型の魔獣から距離を取らせるかしてしまえば、こっちのものである。

焦ってはいけない。平常心だ。


『こいぬー!ほら、こっちおいで!なでてあげるから!』


子犬にだけ聞こえるように、小声で叫ぶ。

私の声が聞こえたのか、子犬はピクリと耳を動かし、こちらに向かってきてくれる。

てくてく歩くその姿はかわいいものだが、流石に突然の登場には肝を冷やした。

とりあえず私のもとに来てくれそうで、思わず安堵の息を吐くが──


子犬の行き先は、私が予想したものではなかった。




「……きゃおん」


子犬は、イタチ型の魔獣の目の前におすわりをした。


「こっ、子犬……!」


居ても立ってもいられず、駆け出しそうになる。が、リオンに引き戻された。


「ちょ、リオン……!」


「待て、下手に近づくと危険だ」


正しい意見にぐうの音も出ず、私はリオンの腕の中で子犬を見守ることしかできなかった。



「きゃお?」


「キーキュルクククゥ゛……!ギュルゥ゛……!」


「……きゃん」




子犬と魔獣が一つ二つ言葉を交わした後、自分の目を疑うことが起こった。



子犬が瞼を閉じ、優雅に佇む。

すると、子犬の周りを白い光がうねり始め、その光が大きくなったと思ったら、イタチ型の魔獣を瞬く間に包みこんでしまった。


眩しさに目を細め、それでも一部始終を観測しようとしていたら──


魔獣を包んでいた白い光は、すぐに消えてしまった。



魔獣の丸い瞳からは、もう攻撃性を感じなかった。





──────





「きゃおおん♪」


「まったく、おまえはいったいどういうやつなんだろーね……?」


私の肩に乗っかる子犬の顎を撫でてやる。


「まさか、誰の魔獣でもなかったとはな……」


あの後、職員室へと赴き、一から十まで、私とリオンが体験したことを魔獣管理係の先生に話した。

その先生に頼み込んで、校内魔獣管理名簿を確認してもらったが、子犬のような魔獣を所有する人は見当たらなかった。


おそらく野生の魔獣で間違いないだろうが、この魔獣の持ち主が見つかるか、親が見つかるまで、一ヶ月の期間、一番懐かれている私の下で保護することとした。

無事、持ち主か親が見つかればいいが。

見つからなければ──


「でもすごいね、子犬ちゃん。魔獣の暴走を一瞬で収めちゃったんでしょ?」


ルナの声で我に返る。


職員室から帰る途中で、偶然にも、他の先生の手伝いをしていたルナと出会ったのだ。

私達から事情を聞いたルナが、子犬への称賛の声を上げる。


「……うん、すごいんだけど。なんで私にこんな懐いてんだろ」


「やはり、ミカが魔獣に好かれやすいからだろうか?」


「それしか理由ないんじゃない?あたしもそれ以外思いつかないや」


ルナがこの議題から匙を投げる。

まあ、確かに考えてもわからないことだ。


なぜ子犬があんな力を持っているのか。

なぜ私にこんなにも懐っこいのか。


正直、何もわからない。


でも──



「きゃお〜♪」


この頭を擦り付けてくる子犬を、愛おしいと思うのは確かだ。


この子犬の親が見つかるまで。

いや、見つからなくても──

精一杯の愛情を持って、接してやろう。






────────




「それにしても、珍しいな」


「んえ、なにが?」


「ほら、その子犬の瞳孔、白いだろう」


言われて子犬の顔を確認する。

確かに、子犬の瞳孔は白い。


「え、ほんとじゃん!じゃあさ、」




「子犬ちゃん、ミカと目がお揃いってことじゃん!いいな〜!」



ルナの言葉で気づいた。

そうだ。

私の瞳孔も白いんだった。

そのせいで、白い瞳孔の方が珍しいというのを忘れていた。

なんなら、青いおめめもお揃いである。



「……今気づいた」


「うっそぉ、流石に鈍感すぎじゃない?」


「ミカは意外と視野が狭いからな……」


「視力は2.0超えてるからいいかなって」


「よくないでしょ」


ルナもリオンも呆れ顔になってしまった。

我が友人たちは、実に失敬なやつらである。

やれやれ、困るなぁ。


「すごい、すっごくムカつく顔してるよこの人」


「私達のことを、失礼なやつらだと思っている顔をしているな」


「リオンってエスパータイプだったっけ」


「違うに決まっとるやろがい」


「痛っ」


ルナに軽く頭をはたかれた。

冗談なのに。








(おまけ)




「そうだ、子犬に名前つけなきゃ」


「きゃうう?」


「おまえはなにがいい?」


「きゃう?」


「そうだな……ポチとか」


「んぎゃう!」


「駄目?じゃあシロ」


「んぎゃうぎゃう!」


「うーん、それなら……ブルーアイズ・スノーホワイトドラゴンは?」


「んぎゃ……。んぎゃーう!」


「迷うフェーズなかった?今」


「んぎゃう」


「違う?そうか……」




「どうしよ、子犬の名前全然決まんないや」


「きゃおん!」


「え、なに?」


「きゃおきゃお!」


「……子犬?」


「きゃおーん♪」


「うそ、子犬でいいの?随分と変わった子犬だこと……」


「んきゃーうきゃう♪」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ