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2話 春の陽気、されど寒気





小走りで走っていると、ピンク色の髪を束ねたポニーテールの少女と、黄金色の毛並みのライオン獣人が見えてくる。


少女の方はルナ、獣人の方はリオンという名である。


言わずもがな、彼女たちは私の親友だ。






「ごめん、待たせちゃった」


「ぜーんぜんいいよ!今度奢ってくれるんならね」


「集合時間には遅れてないのだから、その罰は妥当じゃないぞ」


「ちぇ、リオンってばお堅いんだから」


「ルナが短気とも言うねぇ」


「それもそうだな」


「はぁ!?」


そういうとこだって、笑いながら三人で歩く。



アルガリア調査団に入りたいと言ったあのとき、二人は決して笑わなかった。



『え!?じゃあさ、第一志望どこなの!?』


『……マルダン調査団学校』


『うっそぉ!!マジ!?』


『奇遇だな、私達もそこを受けるんだ』


学校でまた三人で話せるってこと!?と騒がしくするルナを、リオンが肉球でポンと嗜める。


『まず全員受からないと意味がないだろう』


『あ、そっか』


『……ふふ』


『あー!?今ミカ笑ったでしょ!』


『いや、笑ってませんけどね』


『嘘つけ!にやけた口元が隠せてないんだけど!?』


『ふっ』


『あ、リオンも!!』



三人で笑い合った。

この二人に否定されるかも、なんて杞憂は、すぐに消え去った。




「……そういえばさ、前私がアルガリア調査団に入団したいって言ったときあったじゃん」


「あったねー、そういえば」


「ルナが大はしゃぎしていたな」


「そうそう、懐かしい」


「ちょ、やめてよね!普通に恥ずかしいんだからさぁ!」


「ふふ、まあいいじゃん。だってさ」




「私たち、また同じ学校で話せるんだから」



「……へへ。そう、そうだよね。あたしたち、あのマルダン調査団学校に受かったんだよね!」


「喜ばしいことだ、まだ信じられないけどな」


「私もあんま実感ない」


三人で肩を並べてくすくす笑う。

こんな私達が、あの調査団学校の生徒だなんて。


「というか、私達、全寮制なんだからいつでも話せるじゃないか」


「なんなら前より話せるよね、多分」


「え、てかそう!二人は部屋隣じゃん!マジ羨ましいんだけど!」


そう言われて、リオンと顔を見合わせる。


「ま、私たち仲いいし」


「運がなかったな」


右手でピースしながら、左腕をリオンの肩に置いてやる。

彼女も私も、かつてないドヤ顔をしているだろう。


「くっそー、ムカつく!そんなやつらはこうだ!」


ルナがこちら側に突進してきて、私達に飛び込んできた。


「うおっ」


「危ないぞ」


二人でルナを受け止める。


「ふーんだ、ミカもリオンも、まとめて入学式に遅刻させてやる。道連れだよ」


「リオン、こいつ置いていこう」


「遅刻するのはルナだけでいいからな。賛成だ」


「あ、待って待って、置いてかないでってばー!」



足早に、三人で入学式の会場に向かう。

遅刻なんて、もちろんしない。


これは、アルガリア調査団に入団するための、大事な第一歩目なんだから。



─────────


マルダン調査団学校。


アルガリア調査団に所属していたマルダンという人が、『崇高なる調査団には、教養と経験が必要である』と考えて、この学校を創立したらしい。


つまり、一番最初の調査団学校なのである。


他の学校と同様に、一般教養を身に着けさせるのはもちろん、調査団に関する学習や、実技の実習を行うことを目的としている。


先程『一番最初』と述べたように、マルダン調査団学校以外にも、調査団学校は多くある。

他の学校と大きく違う点といえば、この学校には、魔法の実技試験がないという点だろう。

そのため、魔法が使えない私でも、筆記試験に合格すれば入学することができるのだ。


曰く、調査団が求める調査団員像は、『純粋な強い力を持つ者』ではなく、『豊富な知識と、前へ進む勇気と、折れない志を持つ者』らしい。


そのため、魔法の能力が高くなくとも、調査団に貢献する意思さえあれば受験資格があるということだ。


最初に、あの人──アーロンさんからこの学校を紹介された時、さして知識のない私でも知っているような名の知れた学校だったので、それはそれは驚いた。しかし、詳細を調べてみると、本当に私に丁度良い学校だったのだ。


彼を恩人だと言っても過言ではないだろう、なんて思ってみたりもする。




さて。

入学式が終わったのだが。





「てめぇか、魔力無しで調査団志望してる阿呆っつーのは」


なぜ、私は緑色の目をしたシマウマ獣人にガンを飛ばされているのか。



時は数分前、いや数秒前。



どうせなら教室の場所を確認しておこうと、ルナとリオンと向かっていたわけだが。

二人と同じクラスだー、なんてウキウキしながら教室に入った途端にこれである。



「……私って有名人なの?」


右隣のルナに小声で尋ねる。


「……まあ、魔力を持ってない人って基本的にいないからね」


ルナは怪訝そうな顔をしながら、小声で返してくれる。


左隣のリオンは。



額にシワを寄せ、牙を軽く剥き出していた。


「お前に、彼女の何がわかるというのだ」


シマウマ獣人に向かって、リオンがズンズンと歩みを進める。


「ちょ待って待って」


リオンのことだから手を出すことはないだろうが、明らかに目の前の獣人への怒りが顔に出ている。

何かしでかしてからでは遅いと、リオンの腕を引っ張った。


「ミカ、離せ。この男に話をしなければならない」


「いや別にいいって!」


力が強い。やはり、獣人の力に人間の力がかなうことはないのか。


「リオン、やめときなよ」


ルナからも制止の声が飛んできて、ようやくリオンは引き下がってくれた。


「おお、怖い怖い。番犬ならぬ、番猫か?そりゃ、魔法が使えないなら護衛をつけるか」


シマウマ獣人が鼻で笑う。


「お前……!」


「話し相手に牙を剥き出すのが肉食獣人のマナーなのか?そりゃ失敬!俺はマナーに疎くてな」


それを聞いた隣の彼女は牙を収める、が。

グルル、と聞いたことのない低い唸り声がその喉から聞こえてきた。


「リオン、お願い。やめて」


思ったよりも感情の乗っていない声が、自分の口から聞こえて、自分で自分に驚いた。

でも、こればかりは勘弁してほしい。

人との衝突は、できるだけ避けたいのだ。

私は、人と争いたいわけではない。


「……すまない」


「いや、いいよ」


力が入っていた耳と眉がしょも、と下がる。

ごめんね。


「恥知らずの獣人と仲が良いのも考えものだな」


その声を聞いて、シマウマ獣人を睨みつける。


「私の友達を侮辱しないで」


「ハッ、お前の言うことを聞くとでも思ってるのか?」


一層、強く睨む。


しばしの間、緑色の目と睨み合っていた。


「……この学校に入学して、浮かれてるだろうが、のうのうとやっていけると思うなよ。魔力無し」


先にしびれを切らしたのは相手側のようで、それだけ吐き捨てて、そいつは私たちの前から立ち去った。


教室に、冷たい空気だけが残る。

この空気を作ったのは、紛れもなくさっきの獣人と私な訳だが。


「……とりあえず、外出る?」


ルナのその一言で、教室の雰囲気は少し戻った。




──────




木々のさざめき、小鳥の鳴き声、暖かな日差し。そのどれもが、柔らかな春を主張していた。


「にしても、入学して早々にあんなことになるとはねぇ」


「なんか、ごめんね」


「いやいや、ミカが謝ることじゃないって」


とは言っても、気まずい空気を作り出した要因は間違いなく私なのだ。謝りたくもなる。


「ていうか、ミカはもっと怒っていいよ。怒鳴っても良かったくらい」


「ちょっとムカつきはしたけど、そこまでは」


「ほんっとーに心が広いね、ミカは」


不思議と、彼のことは嫌いにならなかった。

リオンのことを蔑んだのはいただけないが、かといって怒りたいわけじゃない。

これは、決して私の心が広いわけではない。

ただ、気になっただけだ。


私に対して何かを言う人というのは、私をかわいそうだ、哀れだと思っているか、私のことを丁度いいストレスのはけ口だと思っている人ばかりであった。


しかし、彼の言葉や視線からは、それらの念は感じなかった。

どちらかといえば、なんだか悔しそうで、苦しそうだった。


彼のあの目に込められた感情は、何だったんだろう。



そう思ったから、純粋に彼のことが気になった。



まあそれはそれとして。



「……りおーん?」


「……」


「リオンってば」


「……」


「ふっ」


「ちょっとルナ、笑わないであげて」


先程の威勢はどうしたのか、かの勇猛な獣人の顔はしょもしょもになっている。


「……本当に、申し訳ない」


弱々しい声で、リオンが答える。

これでもか、というくらいに眉と耳が垂れ下がっているリオンの姿は、少しばかり滑稽で、思わず口角が上がる。


「もー、別にいいってば」


気にしていない、という意を表すために、リオンの顔をわしゃわしゃ撫で回す。

ちょっぴり背伸びしなければならないが、これは必要経費だ。


「わぷ、や、やめてくれ」


「あっはは!リオンの毛並みボサボサじゃん!」


「ふふん、大人しく撫でられるがいいさ」


シワの寄っていた顔を揉みほぐしてやる。

そうすれば、リオンの顔がほころぶ。


「やっぱさ、リオンの笑ってる顔が好きだよ、私」


「はー、よくそんな小っ恥ずかしいこと言えるね」


「え、いくらでも言えるよ。少し丸っこい耳、大きなおてて、優しいところ、私リオンちゃんのぜーんぶが大好きなんだから」


「も、もうよしてくれ!」


「よぉし、もっと撫でてあげよう」


「あーはいはい、仲がよろしくてなによりー」


「ルナ!見てないで助けてくれ!」







─────





しばらくして。



暇ができてしまった。

本日の予定は、入学式以外は何もない。

なので、学校の図書館に行くもよし、学校内を散策するもよし、外出許可をもらい外に出かけるもよし、といった感じである。


ちなみにだが、リオンは図書館へ、ルナは他に用があるといっていたので、私が取れる選択肢は少ない。


一人でできること、別に外に出たいわけではないので屋内ですること、何か時間をつぶせること──



「あ」



そうだ。


手紙書こう。





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