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10話 告解




「人間の、友人がいたんです」


か細い声が、ソフィア先生の口から漏れ出る。


「とても、大切な人でした」


先生は顔を俯けていて、表情が見えない。

どうしても顔を見たくて、覗き込もうとした瞬間──


「近づかないでください!」


大声にびっくりして、動きを止めた。


「どうか、その顔を近づけないで……」


「……なぜですか?」


言われた通り、顔は近づけない。ただ、両手を握るだけだ。



「あなたの顔が、その友人にそっくりなんです」


心なしか、先生の声が震えているように感じた。





「私が見殺しにした、友人に」











静かな救護室に、呼吸音だけが響いている。



「……先生、とりあえず椅子に座りましょう。ずっと床だと身体が辛いでしょうし」


静寂を破るように出した私の声は、どうにか先生の耳に届いたらしい。

先生の手を取り、立ち上がらせて、椅子に座らせる。できるだけ目を合わせないようにしながら。

その一連の動作の間に、会話を交わすことはなかった。


私はベッドに腰掛けた。先生から少しだけ距離を取って。静かにしてくれていた子犬も、ベッドに飛び乗る。

横目に先生の様子を見れば、暗い表情をしていた。


伏し目がちな切れ長の目は、どこを見つめているのだろうか。



「……ミカさん」


先程より、はっきりとした声色だった。


「なんでしょうか」


「先の大戦のことを、知っていますか」


「……もちろん」


その話しぶりから察するに、先生はきっとあの戦争のことを言っているのだろう。

私が生まれる少し前に起きた戦争。

当時、些細なきっかけで、ミランツとデイロンドとの間に軋轢が発生し、勃発したとされる。この国々との同盟間でも争いが起き、後に大戦と呼ばれる程の規模になったという。


「私は、その大戦をミランツで経験したんです」


その言葉を聞いて、きゅうと胸が絞られたような心地がした。

学校の授業では、散々と聞かされたものだった。

あの大戦は、多くの犠牲を生み出し、人々に悲哀をもたらしたのだと。


「その戦争の最中に、私は……」


消えてしまいそうな声の、後の言葉は聞こえなかったが、察することはできた。

『友人を見殺しにした』と。

隣の子犬が、きゅうと鼻を鳴らした。子犬も、わかっているのだろう。



「……私はあの時、何もできなかった。あの子を、救えなかった」


先生が顔を上げる。


「ごめんなさい、ミカさん。私は、あなたと友人を重ねてしまっていたんです」



「私は、あなたのことを、あなたとして見ていませんでした」



教員として失格ですね、と笑うソフィア先生は──笑っているのに──苦しそうに見えた。





────







花のように笑う女の子だった。

蛇の私に優しくしてくれた。

あの子は魔獣が好きだった。

人と魔獣が、手を取り合える世界にしたいと言っていた。


青い髪から垣間見えた、あの赤い瞳のことをよく覚えている。



そして、命を奪われた瞬間のことも。


最後に目を合わせたあの瞬間。

何を考えていたのか、なにもわからなかった。わからないまま、あの子は死んだ。



私のせいであの子は死んだ。

私のせいだ。

私が悪い。

私が。

私が、私が、私が、私が私が私が私が私が私が私が私が私が私がわたしがわたしがわたしが



私が殺した。







だから、彼女と初めて会った時、怖くて仕方なかった。


怖かった、怖かった。

また、殺してしまうんじゃないかと。




それと同時に、嫌だった。

あの子と、関係のない彼女を重ねてしまう自分のことが。








「先生は、優しい人ですね」



だからそれは、思いもよらない言葉だった。


「……それは、いったい」


驚いて顔を上げたとき、自ずと視線は青い瞳へと吸い寄せられた。

その時、注視した瞳の中の白い瞳孔が、ほんの僅かに揺らめいた気がした。


「だって、私のことをそのままご友人と重ねていてもよかったのに──私と向き合おうとしてくれたんでしょう?」


彼女が軽く目を伏せる。


「簡単にできることでは、ないと思います」


小型の魔獣を撫でながら、そんなことを言った。

言葉が出なかった。

考えたこともなかった。

私が、優しいだなんて。

ただ、自分のことしか考えていなかったのに。


「けど、ちょっと優しすぎますね」


「……そう、ですか?」


「優しすぎて、自責思考が強すぎると思います」


否定することはできなかった。

少々気まずくなり、視線を逸らす。


「……先生っ」


聞こえた声の方に視線を向ければ、優しげに微笑む彼女がいた。


「余計なお世話かもですけど──自分を、大切にしてくださいね」



そうやって笑う彼女の笑顔は──


あの子とは似ても似つかなかった。




彼女は、あの子とは違う。






──私は、あの子に囚われすぎていたのかもしれない。


あの子と彼女は別物だ。


あの子に感じている罪悪感から来る償いを、彼女に背負わせるべきではない。


あの子はあの子で、彼女は彼女だ。



そのことに、やっと気づけた。




「……先生?」


「……ああ、すみません」


小型の魔獣と一緒に首をかしげている。その様子がなんだかおかしくなって、笑みがこぼれた。


「自分を大切にする、でしたね。……善処します」


そう言うと、怪訝そうな目を向けられる。


「私はそんなに信用できませんか……?」


「先生は無理をしてしまいそうなので」


私自身、無理をしないとは言い切れない。信用を得るのは難しそうだ。


「きゃおん!」


「あ、子犬もそうだと言ってますね」


「……ふふ」


「先生、今笑いましたか?」


「笑っていませんよ、ふ、ふふ」


「笑ってますよね絶対!」


「きゃん!きゃおーん!」






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