第八話 事実
前に来た時も、ここは壁だった。
ゆっくり壁に向けて手を伸ばすと、スッと壁が消え
て通路がでてきた。
幻影魔法だろうか?
賢者というのだから、それだけ魔法に長けているの
だろう。
一緒に魔法を学んでいたのは、なぜだったのだろ
う?
いくら考えても分からなかった。
通路を進み、地下へと降りていく。
一本道には脇道などない。
ドアを開くと、そこは前に見た通り実験室のよう
な内装のままだった。
まるで人体実験でもしていてもおかしくないくら
いに所どころに黒いシミができている。
すると、奥の部屋から光が漏れていた。
多分、弘前がいるのだろ。
そう思うと、急ぎ足で駆け寄った。
近づくと奥から話声が聞こえてくる。
それは知らない男の声だった。
切羽詰まった、そんな怯えるような声にそっとド
アの向こうを眺めて驚愕したのだった。
「助けてくれ……頼む…なんでもするから……」
「なんでも?だったら僕の実験に協力してくれれ
ばいいよ」
「死にたくない…死にたくないんだ…俺には子供
がいるんだよ…… だからっ……」
日比野の見ている前で、ローブのフードが取れる。
いつも見ていた弘前のはずが、冷たい視線を向け
ると鎖に繋がれた男に杖を向け何かが軋む音がし
出した。
ボキッ…メキッ…ボキッ!
人の関節が外れ、ひしゃげていくのを見たのは初
めてだった。
肉体が杖の先で人間とは思えないほどにぐしゃぐ
しゃになって、弘前の手の中の小さな石に吸い込
まれていく。
「君の命は尊いものになるんだ。感謝してほしい
な」
地面には黒いシミがポタポタッと垂れる。
あれはシミではなく。血だったと知ってカタカタと
手が震え出す。
そして、弘前の後ろにある培養液を見て、驚いたの
だった。
前まで赤子の形をしていたモノが、今では少年にま
で成長していたのだ。
それもどことなく、神崎の面影がある。
ガタンッ。
「誰かいるのか!」
つい後ろに下がった拍子に、躓いた。
日比野はどうしようかと迷いながら、ゆっくりと
部屋のドアを開けたのだった。
「弘前くん……生きていたんだね…」
「日比野くんか…それで、今の見てたんだよね?何
かいう事は?」
「……」
「何もないなら…ここで君も養分になりに来たって
事でいいのかな」
「違っ…待って、僕は誰にも言わない。だからっ」
慌てて、言葉を言おうとして、なかなか出てこない。
なぜなら…弘前の視線がとても冷たく感じたからだ
った。
まるで、虫でも見るようなそんな目をしていた。
「僕がしようとしている事を見て、生きて帰れると
でも?」
「神崎くんの為?召喚されなかったんなら、きっと」
「失敗などしない。だから……神崎くんは召喚途中
で亡くなったんだ。だから僕が作ってあげなきゃ
いけないんだよ」
弘前の冷たい視線は、あきらかに日比野へと向けら
れていた。
そして……杖の先がゆっくりと向けられたのだった。




