第四十三話 ただいま
エリーゼがドアを壊して入った先で見た光景は、
確かに賢者ともう一人の青年がこちらを見た後で
光に包まれるところだった。
そして、姿を消してしまった。
全くどこにいったかもわからない。
完全に消えてしまったのだ。
荷物も全部置いていったまま、忽然と消えてしま
った。
青年の残した言葉を思い返しても、全く身に覚え
はない。
ただ、彼はナルサスの事を知っていた。
そして、自分のことも……。
いくら考えてもわからないまま、帰路に着く事に
なってしまった。
「この事をどうやって説明すればいいんだ……」
「これを……」
「これは……どこに?」
「さっきの部屋にあったので……この文字なんで
すが……」
見覚えのある文字に気になって持って帰ってきた
のだった。
まだ覚えたての神崎が書いていた文字と似ていた。
それはこの地でレシピを書いていたメモ書きだっ
た。
誰が書いたかなど聞かなくても分かった気がした。
「カナデ……なのか……でも、どうして」
疑問はいくつか残るが、今はすぐにでもルイーズ
領に帰りたかった。
手配書を作って追ってきたのだが、肝心なところ
で逃してしまった。
そこで見つけた手掛かりがどうしても気になるの
だ。
ナルサスが見ればすぐにわかったのかもしれない
が、エリーゼには似ているとまでしか分からない。
獣人族のケイヒードからは匂いが違うという。
『エリーゼさん、ナルサスに伝えて欲しい。今ま
でありがとうって』
あの言葉はどういう意味だろう。
別れの言葉にも聞こえた。
どうにも考えがまとまらず、今は先を急ぐ事に集
中したのだった。
ルイーズ領では、毎日ナルサスが神崎の部屋を訪
れていた。
いつ目を覚ましてもいいように身体を清潔に保ち
時には全身をマッサージするように触れて行く。
まだ幼い面影を残している神崎をどうしても一人
にする気にはなれなかった。
夜、寝るのも一人でいるを嫌がっているのを知っ
ている。
隣にナルサスがいるとホッとしたようにしている
神崎を見ると、頼られているようで少し嬉しくな
った。
「俺を置いていかないでくださいよ……」
手を握れば暖かい。
頬に触れれば柔らかく、すぐにでも目を覚ましそ
うな気さえする。
もう一月も目を覚ましていない。
生命維持の魔法は三ヶ月が限度だった。
それ以上は魔法の効力を無くしてしまう。
だが、再び同じ魔法をかける事は禁忌とされてい
た。
なぜなら、その理由というのは……。
死者の冒涜だと言われているからだった。
死んだ事を認めたくない身内が死者をアンデッド
にするという魔法をかけたことが発端だと言われ
ている。
死者を生かし続けるという意味ではアンデッドの
作り方と同じだったのだ。
死なないように一年の間ずっと生命維持だけかけ
続けると、実際アンデッドが出来た事例があると
いう。
「後二月しか猶予がないんですね……早く目を覚
まして下さい……」
小さな手を握り締めると額に当てる。
神にでも祈るように必死に願い続けたのだった。
「奏……俺は貴方が好きです。貴方を失いたく
ないんだ」
「………」
ナルサスの呟きがか細く消え入りそうなくらい
に小さくなって行く。
だが、しっかり聞こえた言葉に起きるに起きら
れなくなった神崎がいた。
どのタイミングで起きればいいのだろう。
魂が身体に戻ったせいでじっとしているのが辛
い。
ずっと、ここにいるつもりなのだろうか?
布団にずっしりと重みが乗っている。
ずっと眠っている間もナルサスは神崎を一人に
はしなかったらしい。




