第三十九話 曖昧な記憶
「俺は……生きてる……?」
一瞬、呆けるように生きているのか、それとも
すでに死んでしまったのかと考えたのだった。
そして、側に寄ってきたユニを見て生きているの
だと実感した。
『主……』
「俺は、生きている……?」
「当たり前でしょ。神崎くんは死なないって言っ
たでしょ?」
「………」
しかし恐怖というのはすぐには消えない。
今更震えてくると、発狂しそうなほどガタガタと
震え出す。
助かったというのだが、身体より精神面が壊れか
けていたらしい。
「あっ……うわぁぁぁーーーー!!」
叫び出す神崎を眠らせると弘前はため息を吐いた。
「ちょっと遅かったかな……まぁいいや、記憶を
決してしまえば元に戻るでしょ」
「おい、そんな簡単じゃないだろ」
「簡単だよ。恐怖を取り除けばいいんだから…」
弘前にとって大事な人と言っていたが、これでは
大事というよりは……もっと。
「君はこれからどうするの?王の兄弟なんだよね
それに何が起こるか知ってて精霊を手懐けてき
たの?」
何もかもお見通しであるかの言い方だった。
「そうだな、大和の王がいなくなれば次は俺が次
の王になる。そう言う決まりだからな」
「だったら、手伝ってあげたんだしダンジョンの
入場を見逃してくれるよね?」
「ダンジョン?好きにすればいいよ。明日には知
らせがいくと思うぜ」
「では、今日はこれで帰らせてもらうよ」
弘前が帰っていくと、その場には血の塊が残って
いるだけだった。
大和の王の失踪で、新たな王がたった。
それは誰も予想していなかった人物だった。
ブレイズが王の座に着くとすぐに政治に取り掛か
った。
政を滞らせるわけにはいかないから
だった。
前王の趣味で作られた拷問部屋は取り壊し、新た
に建て直したのだった。
精霊の力もあってか出来上がるのも早かった。
数日が経って、久しぶりに弘前と神崎に会った。
それはもう、あの夜の事をごっそり忘れてしま
っていた。
「神崎っ……大丈夫なのか?」
「えーっと、誰だっけ?」
「決勝で戦った相手だよ。覚えてないかな?」
「……ごめん、なんか記憶があやふやで…一体
どうしちゃったんだろう」
温和な彼に戻っていた。
そしてそのまま許可証を受け取るとダンジョン
へと潜っていった。
この大和の国にあるダンジョンはかなり難易度
が高いと言われている。
それを二人で行くのは自殺行為だと諭したが、
彼らは聞かなかった。
ブレイズはただ見送る事しかできなかった。
王のやる事は非常に多いのだ。
特に代替わりした後は混乱を収める為に挨拶
周りが必須だったからだ。
もう少し、彼らと話してみたかった。
きっと、ダンジョンを出たらいなくなってし
まうのだろうから……。
寂しく思うと横で少年が不安そうに見上げて
きた。
精霊にも伝わってしまったのだろう。
「大丈夫だ、なんでもないよ」
ブレイズは少年の頭をサッと撫でると笑って見
せたのだった。
あの日の晩。
部屋に連れ帰った神崎をベッドに寝かせるとすぐ
に弘前が取った行動は魔石に触れて、そこから彼
の今日の記憶を消す事だった。
怒りで殺してしまったのは、後悔などない。
そう思っていたが、トラウマを植え付けただけに
なってしまった。
精神面が壊れてしまっては意味がない。
どんな仕打ちにも耐えてきた神崎だったが、今回
ばかりは耐えられなかったらしい。
『大丈夫なんだろうな?』
「大丈夫だ、今ならまだいける」
記憶を操作して囚われていた時からの記憶を曖昧
にした。
そのせいで前後が消えてしまう事もあるが、それ
は仕方のない事だった。
「神崎くん。僕が分かる?」
「……弘前……くん?」
「うん、そう、今日の事覚えてる?」
「今日……何かあったっけ?」
「昨日は?」
「昨日は……何か大会に出るって言ってて…あれ?
なんの大会だっけ?」
「大丈夫。もう終わったよ。何も心配いらないん
だ」
「終わった?」
「そう、明日はきっといい事があるからゆっくり
眠るんだよ」
「……一人で?……」
「うん、一人で眠れるでしょ?じゃ、おやすみ」
弘前は部屋を出ると部屋の前にユニを警戒させつ
つ部屋に戻ったのだった。
あの不安そうな声に、一瞬『一緒に寝る?』と言い
そうになった。
今はまだダメだ。
まだ早いだろう。
神崎の気持ちもあるが、精神が不安定すぎる。
「誰も入れるなよ」
『主に近づく者は容赦なく噛み砕いてやる』
がるるっと威嚇声をあげると、ユニは神崎のそば
から離れなかった。
何か大事な事を忘れてしまった気がしたが、神崎
はそれを思い出せずにいたのだった。




