第二十三話 逃げ惑う獲物
寝静まった頃、弘前は神崎の部屋に来ていた。
ユニコーンの怪訝な顔がチラリと覗いていたが、
それを無視して、奴隷の少女を抱えると連れてい
ったのだった。
向かった先は、ゼニス皇女のところだった。
「お待ちしておりました。賢者様」
「悪いね、連れが勝手な事して」
「いえ、お連れ様はお強いのですね?」
「勿論だよ、僕のお気に入りだからね」
「そう……ですか」
意味深な言葉を残すと、兵士を呼ぶと少女の首に
はまった首輪に鎖をつけた。
「その子、これからどうするの?」
「今日の夜の訓練で使います。明日には片付けさ
せますわ」
「そうですか。できれば連れには見せない様にお
願いしますよ。彼はそういう事に慣れていない
ので……」
「ご冗談を…お噂は聞いておりますよ?」
色々な国を渡り歩き、ダンジョン攻略や、ダンジ
ョン自体を消滅させてきたのだ。
噂にならないはずはなかった。
それに、賢者で戦えるのは弘前くらいだからかす
ぐに誰の仕業かわかったらしい。
他にも賢者と名乗る者はいるが、どれも戦闘では
からっきし使えない者のが普通だった。
「夜の訓練って、今はそんな事もさせてるの?」
「はい、もうすぐ各国へと派遣すると決まった者
達にはぜひ、向こうで励んでもらわねばなりま
せんからね」
ゼニス皇女の顔には、あきらかに使えない者の再
利用の趣旨が含まれていた。
いくら異世界人といっても、スキルが備わってい
たとして、前線に出なければ何の役にも立たない。
むしろ、お荷物だった。
スキルも使わなければ伸びないし、訓練してこそ
使い物になるというものだった。
兵士達を連れて出て行く皇女を見送るとため息と
共に、ぐっすり眠っている神崎を思い出す。
一緒に食事を摂った時に、睡眠導入剤を混ぜてお
いた。
今はぐっすり眠っている事だろう。
朝になれば全てが終わっている。多分必死に探す
だろうが、どうにもならない事には諦めがつくと
いうものだった。
夜には第二班に分けた残りの異世界人達の訓練が
開始されようとしていた。
「さぁ、ではあなた達は魔法中心でしたね。今か
らこの訓練場に放つ三匹の獣人をいかに早く仕
留めるかを競ってもらいます。早かった人には
褒美を、仕留めれなかった人には……食事抜き
で懲罰防へと入ってもらいます。では……開始」
「まっ…まってくださ……」
反論しようとしたが、檻から一斉に逃げ出す獣人
を見て、一人が魔法を放った。
掠める程度で取り逃すと、次は地面が競り上がっ
ていく。
昼にいた10人の前衛職に比べて、今いるのは残り
の7人の魔法職だった。
各自自分の属性を最大限に活かす様に攻撃を加え
てはいるが、相手は小さくすばしっこい。
まだ幼い獣人といえど、人間と違って戦闘能力は
並外れていた。
ただ、向かって来ないのがこの訓練のいいところ
だった。
奴隷として売られたせいで、ある誓約が課されて
いたのだ。
『主人の命令は絶対だ』という事だった。
この場合、ゼニスの命令となる。
「奴隷達よ、死ぬまで逃げ続けなさい。攻撃され
れも、反撃を禁じます」
この言葉を聞いてしまえば、彼らはただ逃げ回る
しかできなくなってしまったのだ。




