第二十八話 怒りの矛先
ナルサスは実力を見せつけてやろうと、ケイヒード
と模擬戦をやる事になった。
神崎の見ている前で、強さを誇れるようにと始めた
事だった。
神崎の腕の中にはラナという子犬が陣取っている。
自分の主人を独占されているようで少し釈然としな
いが、まぁ〜犬っころなど、どうでもよかった。
今は、この狼獣人よりも自分が強いところを見せる
必要があるのだ。
そうでないと、示しがつかないのだ。
だが、それも始まってみれば苦戦続きだった。
予想以上に動きは早く、ギリギリで交わしはするが
決定打が通らないのだ。
焦りが募る中、何かが倒れる音がした。
奏の方を振り返ると、そこには主人に馬乗りになっ
ている裸の少女がいたのだった。
奏とキスするように何度も唇を重ねる姿は、一瞬で
殺意が湧いた。
「貴様っ、何をしているっ!」
ケイヒードの事を無視すると、駆け出していた。
「おいっ、待て!そいつはっ………」
ケイヒードはすぐに理解していた。
横で一気に魔力が膨れ上がったからだ。
いきなりナルサスに蹴り飛ばされ、吹き飛ぶ
少女には獣耳と尻尾が生えていた。
「何者だ!」
「待て待て、そいつぁ〜ラナだ」
「なにぃ?なぜ奏を襲った?」
「違う……魔力…もらった」
「魔力だと?」
そう言うと、奏は気を失っていたのだった。
魔力を使いすぎると起こる現象だった。
「だから、嫌だったんだ……こんな獣人を引き
取るのは…」
「しかしなぁ〜、あんたの主人が決めた事だろ
うが?」
「そうだ、だが……奴隷契約なしに連れてくる
など認めていない。さぁ、さっさと出ていけ!」
ナルサスの言葉に、ケイヒードが反応した。
「奴隷契約なし……だと?」
「あぁ、奏は……獣人族ならまだしもただの犬に
奴隷紋はいらないだろうってな……」
「なら、ラナは自由なのか?」
「そうだ、だからすぐに出ていけ!」
ケイヒードは獣人族だから奴隷紋で縛れる。
だが、ラナは違う。
動物と、獣人族の違いがよっぽどわからない。
本人の申告か、もしくは同じ獣人族に判断を委
ねるしかないという。
「出ていかない……ケイここにいる。私もいる」
「ラナ、お前は奴隷として縛られていないんだ
だから自由に出ていける。今のうちに……」
「どうして?私……邪魔?」
「違う……だが、ここにいるなら奴隷になるか
それともこの首輪をつけるかしないとだな…」
ケイヒードが説明をすると、ラナは小首を傾げた。
「その人間死ねばケイは自由?」
いきなりの発言にナルサスの怒りが殺意に変わる。
「奏を殺すだと……?」
「やめろ、ラナ。それだけは絶対にしてはいけな
い事だ!わかったか?」
「なぜ?人間悪いやつ。私の父も母も殺された」
「それは……」
言葉に悩むケイヒードに後ろから殺気を感じた。
「ケイヒード、そこをどけ……」
振り返ると、そこには剣を握りしめたナルサスが
立っていた。
ナルサスとて決して弱くはない。
ケイヒードと互角として戦える程度に強い。
まだ人化したばかりのラナが敵う相手ではない。
「待て、ラナはまだ子供なんだ…」
「奏もまだ子供だ。たった一人で両親もいない。
俺の命より大事な主人だが?」
奴隷がここまで主人の事を思うのは余程の事だっ
た。
これを見せられたら、このままにしておくわけに
いかなくなってしまった。
「わかった、今日一日待ってくれ!俺が必ず説得
するから…な?」
「……」
「もし、ダメなら俺が責任持って始末する。それ
でもダメか?」
ケイヒードは慌てるようにラナを押さえつけると
暴れないように捕まえている。
離したら、ナルサスに飛び付かんばかりの勢いだ
ったからだ。
「わかった。1日待つ。ただし、今日は飯抜きだ」
それだけ言うと、奏を抱きかかえると戻っていっ
たのだった。
「ラナ、マジでおとなしくしててくれよ…」
ケイヒードの大きなため息は離れたナルサスにも
聞こえるほどだった。