第二十五話 危機的状況
街の周りを取り囲むように深い森が覆っている。
このルイーズ領は他国の侵入を一度も許した事が
ない場所だった。
その理由は、この森にあった。
奥に行けば行くほど強い魔物が生息している。
倒すのに数人の兵士を送ってやっとと言うほどの
魔物には冒険者パーティーに依頼することも多い。
兵士だけでは、数もさることながら、戦力として
は十分とは言えないからだった。
だが、このルイーズ領に元冒険者エリーゼが騎士
としてなってからは兵士の熟練度が格段に上がっ
た。
魔物如きで戦死する兵も減って、今では連携も取
れるようになって来ていた。
それと、エリーゼが連れてきた少年。
彼の発案で作られたポーションはどこのものより
も効き目がよく、どんな怪我にでも有効だった。
この前内臓が抉れていた兵士の命さえも助けたほ
どの優れものらしい。
最初こそ、怪しんでいたが、今ではその愛くるし
い見た目も相まって、領内で彼を見ると癒しとし
て撫でる習慣がついたほどだった。
決闘の時には肝が冷えたと思った兵士は少なから
ず、多かっただろう。
いきなりの喧嘩をふっかけて来ておきながら、領
内のマスコット的な子供を殺そうとしたのだ。
最初に自分たち兵士がいながら攫われたと聞かさ
れた時は、申し開きもできなかった。
廊下に伝う血痕の後に、力不足を痛感したのだ。
そして、今この瞬間もエリーゼと一緒に同行でき
て嬉しい反面、村についての現状を見て愕然とし
たのだった。
誰一人残っていなかったのだ。
死体もない。
勿論、村に争った後はあれど、血痕がないのは不
自然だった。
まるで捕える事を目的としない限りは、あり得な
い事だった。
それ以上に奇妙なのは、死んだ後に残るカードが
ない事だった。
カード化すれば、そこにそれなりの跡が残る。
いくら持っていかれても魔法で辿れば数日前の
出来事でも追う事ができた。
だが、そんな形跡もないのだった。
まるで、村人がいきなり大移動してしまったか
のような状態だったのだ。
「これは一体何があったと言うんだ」
エリーゼにも理解できなかった。
「調べれたか?」
「いえ、それが……痕跡が全くなく…」
「村の人は生きているんだな?」
「それも……なんとも」
はっきりと言えないと断定したのだった。
目的地がこの状態ではむやみに歩きまわるわけ
にもいかなかった。
森の調査といっても、あまり奥に行きすぎて兵
を消耗させるわけにもいかない。
騎士団団長に判断を仰ぐために、野営している
テントに戻ったのだった。
不可解な村人失踪の報告をすると、団長はその
場に留まる提案をして来たのだった。
「エリーゼ、君は撤退を勧めたかったのか?」
「いえ、そう言うわけでは…ですが、こんな不
可解な場所にとどまるのもどうかと……」
「そうだな、だがここはテントで野営するより
は効果てきだとは思わないか?ここには頑丈
な壁があり、周りは少し壊れてはいるが門と
魔物除けの柵が張り巡らされているんだ。敵
の襲撃を迎え撃つのには絶好の場所だろう?」
「ですが、村人達の家を勝手に借りるなど……」
エリーゼの言葉に、団長は報告書に目を通して
から投げてよこした。
「これを見に行って来てどう思った?」
「それは……まるで大移動した後のような……」
「それが違うんだ。自分から逃げたんじゃない。
なぜなら、逃げたのなら衣服を持って、食料
と一緒に出ていくだろう?だが、ここは違う。
衣服が入っているタンスには手をつけていな
いんだよ。食料は持って行っているが、それ
以外は何も持たずに出て行っているんだ」
「……まさか」
エリーゼがハッと顔を上げると、団長のカイアス
も頷いたのだった。
無理やり連れていかれたという判断に至ったのだ
った。
それも、食料だけはしっかり漁ってまで探して持
って行くほど周到な事をするほどだったのだ。