第三十話 実行犯
男に、見覚えはない。
「このクソガキがっ、調子に乗りやがって…」
「さっきのは魔法?それとも……」
男の持っているマントを翻すと、再び見えなく
なった。
魔道具と思うのが正しいだろう。
狙いはなんだ?
ポーション?それとも……。
今度は掴むのではなく、背中を蹴り上げられた。
床に転がると、思いっきり蹴られたせいか息が苦
しい。
「かはっ……なんで俺を狙う?」
「依頼主に聞いてみるんだな…さっきのお返しを
しないとな……依頼では怪我させずに連れて来
いだったが、少しなら躾ても構わないな……」
狙いが神崎自身なら、執拗に狙って来る理由も
理解出来る。
この屋敷には、アンネもいる。
今は護衛も居ない状態で鉢合わせれば危険だった。
「怪我させずに連れていくだっけ?だったら……
あんたは依頼主に叱られるね?」
「なんだと?」
「だって……俺に怪我させるんだからさっ!」
そう言うと、ナイフを自分の足に振り下ろした。
「ぐぅっ…………」
「何しやがるっ!これじゃ〜金が取れないだろっ!」
男は慌てるように止血すると、神崎を抱え上げた。
思いっきり刺したせいか血が止まらなかった。
床に点々と溢れる血痕に誰かが気づいてくれれば…。
そう思いながら意識が遠のいていったのだった。
遡ること、1時間前。
傭兵団きっての潜入のプロである男の元にとある
依頼書が届いたのだった。
『領主の屋敷にいる銀髪の子供を無傷で連れて来る
事。怪我の程度によって依頼料は減額されるもの
とする』
たかが子供を攫うにしては、かなりの高額だった。
「簡単な依頼だな……」
その男はボロボロになったマントを被ると何かを唱
えた。
気配すら消えてしまうこの魔道具は男の自作による
ものだった。
ただこれだけでは完璧ではない。
音を消す魔法を一緒に使うことで、完全に姿を消す
事ができた。
部屋に籠りっきりの子供を連れ出す方法を考えてい
ると、少女の方が部屋を出ていった。
その後を続くようにターゲットの少年も出ていく。
便所へと行くと、帰りに声をかけた。
驚いて辺りを見回すが、見つけられるわけはない。
驚かせた後は、少し脅してやれば素直になる。
そのはずだった。
手には何も持っていない。
透明なまま首根っこを掴むと引っ張り押さえつけ
た……はずだった。
その瞬間、どこからともなくナイフが手に握られ
ていた。
一瞬、何が起きたか分からず、焦った。
深々と腕に刺さるナイフに慌てて逃げる少年を咄嗟
に蹴り飛ばした。
あろう事か、脅したはずがまさか自分が脅される
事になるとは思わなかった。
少年は自ら自分の足を深々と刺したのだった。
連れ帰るはずのターゲットが負傷したなど、とん
だ失態もいいところだった。
少し痛めつけて、黙らせようとは思ってはいたが
大怪我をさせるつもりはなかった。
「くそっ、くそっ、くそっ!依頼料が下がっちま
ったじゃないか!」
腕に抱えられぐったりしている少年を眺めながら、
忌々しい思いで引き渡しの場所へと向かったのだ
った。
ルーカスと名乗る、依頼人は睨みつけるように男
を見た。
「これはどういった了見ですか?怪我をさせずに
と言ったはずですが?」
「知るかよっ、こいつが勝手に…」
言い訳をしてみても、おそらく無理だろう。
雀の涙ほどの金銭を受け取ると、帰っていった。
「全く、こういう事のプロだと言っていたから頼
んだのですが…見誤りましたかね…さっきの男
を始末してきなさい」
「……」
こくりと頷くと、横に控えていた男がさっきのマ
ントの男の跡を追っていった。
帰ってきた時には返り血でぐっしょり濡れた服を
擦りながら戻ってきていた。