ひきこもりたまご
『なろうラジオ大賞5』参加作品。
テーマは「たまご」です。
(引きこもりは、俺と向き合わなかった親の責任だ)
キッチンで湯を沸かしていると、親が声を掛けてきた。
「たかし。もう私たちは限界よ……年齢的にもう……」
「はぁ、うるせっ!」
弱った親を見るとイライラする。俺はいつも通りカップラーメンに湯を注いで部屋に戻った。何事もなかったかのようにラーメンをすする。汁まで綺麗にがぶ飲みした。
長時間ゲームをしていると、トイレに行きたくなる。急いで立ったとき。俺の意識は突然『ブチっ!』という音とともに遠のいた。
◇
暗闇が広がる。
あたたかい何かに触れている感覚がある。心地よかった。狭くて思うように首が動かない。
(俺はどうなったんだ?)
しばらく黙って様子を伺うことにした。
……優しく落ち着いた声がする。
「目覚めて。私の愛しい子」
は?
もしかして俺、夢でも見てるのか。ピキピキと音がする。その音だけが不快だ。狭い空間を押すように足を動かす。ヒビが入ったのか、暗闇に僅かな光がさした。
ちらりと見えた足元は、細っこい枝のようなモノ。人間の足じゃないと判った俺は考えた。きっと俺は、何らかの鳥類に成ってしまったのだと。俺は、『ブチっ!』って音と一緒に死んだ。そして今は鳥のたまごの中ってことか。
「早く産まれて来て」
暑く感じてきた。動きたい衝動に駆られる。しかし、殻を破ったら最後。絶対に面倒になる。空飛ぶ修行とか嫌だ。なら、ひきこもっていよう。また何かに産まれ変わるだろう。一番楽なのを選ぶ。それがいい。
……焦った声がする。
「早く目覚めなければ死んでしまう。どうして出て来てくれないの?」
無視した。声は続く。
「私のせい? 私がうまくあたためられなかったから……」
声は続く。
「声を聴かせてお願い」
(……)
コイツはどんな顔をしてるんだろう。少し首が動いてしまった。殻に大きなヒビが入る。
(危ない危ない、あと少しで顔が出るところだった)
「目を開けて……!」
俺は、殻の隙間から声の主を覗いた。
泣きながらたまごをあたためる、まつ毛の長いツルが居る。黄金に輝いていて美しかった。俺は圧倒されて体を動かしてしまう。
――――パリン!
殻が割れた。
「たかしが目覚めた!」
よく知っている声がする。気づけば俺は母親に抱かれていた。
母親のぬくもりが心地いい。そうか。ずっと、俺をあたためてくれていたのか……向き合わなかったのは俺の方だ。
(現実でも目覚めなきゃな)
そう決意した瞬間、薄暗かった病室に、光がさした。