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第4話 神を殺せる少女との邂逅

 京都・東山──。


 佐々山(ささやま)(はじめ)は大津市に向けて自動車を走らせていた。


 京の山越え。くねくねとした山道をヘッドライトを着けて走らせていた。


 時刻は午後十時頃。きらりと光る何かを道路上に見つけた。初めは反射ブロックか何かが光っただけだと思っていた。


 しかし、その光った物の横に人間大の布が落ちていることに気が付いて、急いでブレーキを掛けた。


 前方も後方も自動車は無し。対向車が来る気配もない。


 佐々山は自動車から降りて、ヘッドライトを着けたままその布の塊へと近付いて行った。


 反射して光り輝いていたのは包丁だった。包丁へと布の塊から人間の手が伸びていた。


 布の塊は人間だった。しかもまだ子どもの背丈だった。


 布の塊からは何かしらの液体が漏れていた。道路に染みを作っていて、人体のあらゆる水分が抜けた後の様子だった。


 まず、警察に電話するか迷った。このときに警察に電話しておけば。そう思った人も中にはいるだろう。


 佐々山はまず人間の生死を確認した。近くに寄ってみる。


 髪型からして少女だった。まだ小学生くらいか。


 「大丈夫か?」佐々山もこのような状態なのに自分がやけに冷静に対応していることに、自分で自分に驚いた。


 「み」


 「ん?」


 「水を」


 「待ってろ。すぐに警察に電話して」


 「警察は話にならない」


 少女が命からがら声に出した最後の願い「水が欲しい」という言葉よりも、強く「警察は話にならない」と発言した。


 警察は話にならない──佐々山の嫌な記憶が蘇る。大学時代に活動家としてデモに参加しただけで規制を取り締まる警察。警察は何もしない。ただそこに居るだけだ。自分達が踊らされ、運動が過激になると一斉に取り締まりが開始する。そこに会話の余地など一切無かったことを思い出した。


 「動けるか」


 「私は一時間は持つ。一時間は生き残る。一時間以内に、水を、ください」


 こういう場合、少女の身体を動かさずに緊急車両への通報が最も正しい教習所での教えられ方だろうが、自宅に水を取って帰ってくるだけで一時間はかかる可能性がある。


 緊急車両などは以ての(ほか)だ。


 「仕方ない。抱えるぞ。一先(ひとま)(うち)まで連れて行く。動かすけれど、死ぬなよ」


 死ぬなよ。もう一度だけそう言い、佐々山は少女を後部座席へと寝かせた。


 落ちていた包丁も添えて。


☆☆☆


☆☆☆


 マンションに帰った佐々山は、かろうじて拾ってきた少女を抱えて自宅の中へと連れて行った。少女に水を飲ませベッドに寝かせた。明日の大津市での講演は延期かなと思った。明日は流石に警察に届けないとまずいだろう。


 救ったことは確かだが、少女と暮らし始めたりしたらそれは誘拐罪(ゆうかいざい)に当たるだろう。法には触れたくはない。


 「お兄さんありがとう」


 ぽつりと少女がつぶやいた。


 「包丁は何だあれは。死ぬ気だったのか」


 「拾った」


 「拾っても持ち歩くもんじゃないよ。銃刀法違反で立派な犯罪だよ」


 「持ち歩いてたの、覚えてない」


 「生きてても良いことあるからさ」


 「当たり前じゃんそんなの」


 「死ぬとかやめろよ」


 「死ぬわけないじゃん」


 先ほどから常識に照らし合わせてみたらどうも会話が噛み合わないことに気が付いてきた。


 少女はどこから来た? とか。 少女は何歳か? とか。そういう個人情報は警察に任せるとして、とりあえずは少女を落ち着かせるために軽く会話を交わしてみたのだが、その軽い会話でさえ言葉が噛み合わなかった。


 「死にたいって思うのは勝手だけど、死にたいって人に言うのは犯罪でしょ」


 少女は天井を見ながら言った。やっぱり死にたいとか思っていたのか。


 「いじめでもあったのか。もう学校なんて嫌だったのか」


 「元気一杯クラスの人気者」


 「家族と上手くいかなかったとか」


 「特に何も普通の家庭」


 噛み合わない。というか、自分が期待している返事がその少女からはいつも返ってこない。


 「じゃあなんで山奥に」


 「記憶がない。


 けれど、思い出す。いつも思っている。今も思っている。生きてる意味って何。


 何で生まれたの。


 永遠の命があるとしたら、それは死んでいるのと同じじゃないのかな。


 私は死にたいとか言っているわけでも思っているわけでもないけどさ。身体が勝手に動いて、包丁を隠して持って、普通を装って、どこに行くのかも決めることなくただ歩いていたそれだけなの。


 死にたいとかじゃないからね」


 「生きてていいことあるよ」と言おうとしたが、少し思い付くことがあって佐々山は()めた。


 良いこと悪いこととかじゃなくて、良いことがあろうが悪いことがあろうが根本を突き詰めれば生きている意味って無くない? とこの少女は言っているのだ。


 喜びとか悲しみとか、悔しさとか勝負とか。勝っただの負けただの。


 どうせいつか死ぬのだからどうでもよくないですかとこの少女は言っているのだ。


 何があっても喜んでいる振りをして。悲しいと思われることがあるときは悲しんでいる振りをして。悔しがったり、嬉しがったり。褒められてやったーっと思ったり。


 全部振りなのに、生きている意味はある? と少女は問うているのだ。


 ということはこの少女にとって。生きているそのものが不幸の底を()いずり回っているようなものだ。生きるのも死ぬのも同じならば、運動しているこの瞬間瞬間が面倒くさいと、そう言っている。


 この少女は。


 ……哲学科助教授なんて中途半端な職にいなければとっくに警察に通報していたのだけれども。職業柄なのか、この少女は普通の道を歩ませてはいけないと感じた。


 ここまでの人間を初めて見た。実際に包丁を隠し持って夜中ふらふら歩いていたのだ。もう身体に嘘を吐くのが限界になり、身体が勝手に動いていたのだ。


 それでも頭のほうは、普通の振りをしていなければ周囲に迷惑が掛かると知っていて、他人の前ではごく普通の女の子として生活しているのだろう。


 心身の乖離(かいり)


 この歳で、この状態ならば生粋の大嘘吐き……語彙が少なくて嘘を吐いているわけでもないのだが、これだけは事実なことは、瞬間瞬間、生き続けていたいと思っていることに嘘を吐いている。


 死ぬまで永遠に嘘を吐き続けるつもりだったのだろうかこの少女は。


 俺はスマホを手に取った。警察に電話する、その電話のアプリを立ち上げる前に、トーキングアプリを立ち上げた。


 大学学部生卒業後、一切連絡を取っていなかった塩沢のアイコンをタップした。


 「塩たく、一週間以内に連絡をくれ。

  多分、神を殺せる。」

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