第18話 ダンジョンクリアしました荒巻火憐一行。みんな『勇者』になりました。そのはずだったのに何なのよこの二つ名は。
──「子どもだから我慢するのが当たり前でしょう。火憐」──
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荒巻火憐はぱちりと目を開けた。
少女は少し長い眠りから目が覚めた。
「……火憐。起きたんだね」
「あらあらあら。天井? あれ。どこかの家の中。あらら私は現世に戻って来ちゃいましたか。あーあ。死んじゃいましたか。それにしてはこの天井は高いな。うん? その声は『モノトーン』。何で『モノトーン』が私の部屋に居るの」
「……峯音。火憐が起きたよ」
「『モノトーン』。目の前の人を大事にしなさい。私に構いなさい。ここどこなの。薄暗い部屋だけど」
「……宿場町『サイクス』。僕も火憐も峯音も全員、ダンジョン始まりの森をクリアしたんだよ」
「はあ。『サイクス』ですか。聞いたこともないですねえ。ベッドで寝るのなんていつ振りだろうか。クリアしたんだねえ。始まりの森」
荒巻火憐は上半身だけを持ち上げて周囲の薄暗い部屋を観察していた。
「生き残ったんだねえ」
「火憐!」御領峯音が息を弾ませて部屋の扉を開けた。「火憐! 火憐! ようやく目を覚ましてくれたんか。良かった良かった」
御領峯音は荒巻火憐の上半身に抱き着きながら叫んだ。荒巻火憐の身体が揺さぶられる。
「あうん。頭がまだ重い。峯音ちゃんの愛も重い」
「重くてええんや。火憐の身体が軽すぎるだけや」
「サイクスですか。ここは」
「せやで。火憐が交差する平原で倒れてから、クゥたちと火憐を運び込んでここに泊めさせてもらっとるんや。始まりの森をクリアしたら宿場町サイクスに行けるようになるんや。自分のステータス画面のお知らせを見てみい」
火憐は言われる通りにステータス画面を見てみた。
おろ? レベルが。レベルが高過ぎない?
取りあえずはお知らせボタンを押した。
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【荒巻火憐が始まりの森ボス戦をクリアしました。
新しいダンジョン凍てつきの山麓が新たに登場しました。
宿場町「サイクス」へ行けるようになりました。
尚、一度攻略したボス戦への再戦は出来ませんのでご了承ください。】
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「まあ、これは良いとしてさ。レベルだよ。レベルこんなに上がっちゃってるけどいいのかな」
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『荒巻火憐』Lv.4258
スキル:『望んだ世界』
サブスキル1:『空間』
サブスキル2:『モノトーン』
サブスキル3:『災厄』
魔法:19923
攻撃:8990
防御:6798
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「火憐は覚えとるかな。火憐はボス戦の時に一人一人、丁寧に一人ずつ倒していったんだ。倒した数だけ経験値も貰えるから急激にレベルアップしたんやね。黒望って言うたら猛者どもの集まりやけんな」
「スキルも『望んだ世界』に変わっちゃってるね。何だよ『望んだ世界』って。一体何が起きるのさ。そもそものステータスの魔法とか攻撃とか今まで何の役に立って来たのよ。ほとんど『空間』だけで倒してきたようなもんじゃない。魔法って何なのよ。私も魔法使いたいわ」
「……『空間』だって充分魔法じゃないのかな」
「それに私が異世界に戻ってきたときのスキルは『世界はそれでも終わらない』だったはずだったんだけど。初めて幸運系が本領発揮してくれたんだけど、それも消えちゃってるじゃん。なになに。『望んだ世界』は『世界はそれでも終わらない』の上位互換とでも言うのかな」
「……『世界はそれでも終わらない』。スキル名じゃないみたいな名前だね」
「進化スキル『世界はそれでも終わらない』発動──ってめちゃくちゃ格好良く言ってくれたんだけど。この世界のシステムさんは。消えちゃったね」
「大丈夫や。多分、また発動する。発動せんほうが良いような気もするがな」
「おお。クゥさんこんにちは。いや、この薄暗がりの部屋の様子だとこんばんはなのかな」
「せやで。もうすぐ夜や。医者の言うたとおりに四日くらいしたら火憐も目を覚ますだろうって言うとったのがばっちり当たったみたいやな」
「四日? うーわ。何か漫画の主人公の力を使い果たした後みたいな睡眠時間。ありえないでしょ四日も寝るなんて。子どもがインフルエンザに罹ったって寝続けるのは一日が限界でしょうに。てか医者居るんだ、この街」
「何でもあるでこの街は。アイテムを売っとる店もあれば、医者も居るし、行商もおる。酒場もあれば大宴会場もあるんや。ここは勇者と認められた人間だけが来れる拠点となる街や。本物のクエストがこれから始まるんやで」
「勇者?」
「ステータスの称号の欄を見てみい。始まりの森をクリアした人間はみんな勇者の称号が与えられるんや。ほらほら。自分達の爵位を見てみいや」
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荒巻火憐:称号【救われない少女】
:称号【デジタルな秒針】
御領峯音:【勇者】
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「なんか違うぞクゥさん」
「……僕も何かが違う」
「やっと【勇者】やな。ん。二人はなんか違うんか」
「私は【救われない少女】になってるんだけど。何これ。いじめ? 『英雄』さんの最期の呪いか何か?」
「……僕も意味が分からない称号だ。【デジタルな秒針】って一体なんだ。何だこの矛盾した文字列は」
「『二つ名』が二人には付いたんか。はっやいのー。お前らは呑み込みが早いと思うとったけれど、『二つ名』がもう付いたんか」
「私だけ雑魚ってことかな」
「いやあ、ちゃうちゃう。峯音だけバランスが取れてるとかそういうこった。二人だけド派手に突出しとる何かがあるだけや。ド派手に突出しとる何かがあるやつは大抵長生きせんから。峯音は良かったと思っとった方が良いぞ。
それよりもそれよりも。称号のことは良いとして。大宴会場に行こうや。新しい勇者たちの誕生を祝ってみんなが待ちくたびれとるぞ。ちょうど火憐の目が覚めたのも夕方やし。これからは盛大な楽しみが待っとるぞ。楽しすぎて気を失わないように注意せえや」
荒巻火憐はベッドから降り立った。四日間寝ていたというのは嘘ではないらしく、初めは歩くこともままならなかった。『モノトーン』と御領峯音の二人に支えられながら、よたよたと、宿場町サイクスの宿泊場『アイスル』を後にした。




