エリオット=ベルナールの婚約者たち
今回、早めにヒーローの言い訳を投下します☆
エリオットには生まれてすぐに誓約魔法により結ばれた婚約者がいた。
名はシャルル=マーティン。
マーティン男爵家の嫡女で、彼女の祖父が持ち掛けた賭けにエリオットの祖父が乗った事により、この誓約魔法を介した婚約が成立した。
両家の親は幼い頃から互いを婚約者だと認識させて成長する方が良いだろうと判断し、エリオットとシャルルは誰よりも近しい存在として共に成長してきた。
それはもちろん、シャルルの妹で二歳年下のシャロンも同様であった。
婚約者だなどと言われても、幼いエリオットやシャルルにそれを理解出来る筈もなく、二人はどちらかというと兄弟や友人といった感覚の方が勝っていた。
それはシャルルが男勝りな言動と服装を好む女の子であった事も関係していただろう。
とにかく婚約者のシャルルとはまるで同性同士のように気楽に付き合える間柄だった。
だけどいつ頃からだったか。
年を重ねる毎にシャルルの様子がおかしくなっていったのだ。
そして何か思い詰めるように塞ぎ込むシャルルの姿をよく見かけるようになった。
その理由を決定的な言葉で本人から打ち明けられたのは、互いが十歳になった時の事だった。
「大切な話がある。とても……とても大切な。だけど誰にも知られたくないんだ。……でもエリオットには分かっていてほしいから……」
シャルルらしくない、今にも消え入りそうな声でそう言われた。
そして今までずっと閉じ込め、ひた隠してきたというシャルルの本当の思いを告げられた。
正直そんなに驚かなかったのは正しく理解出来ていなかったからだろう。
当時まだ十歳だ。
シャルルの告白をその時の自分が本当に理解していたか、エリオットにも自信がない。
だけどシャルルが本当の心と生まれ持った体が違う事に苦しんでいる、という事だけはわかった。
「……本当は男なのに、女として生まれてしまったってことだよね?」
エリオットが聞くとシャルルは静かに頷いた。
「私、おかしいのだろうか。でも調べたら、私の他にもこういった状態の人間がいるらしいんだ」
「それなら、べつにおかしい事ではないんじゃないかな?個性の一つと変わらないんじゃない?」
よくはわからないが思った事を素直に言ってみたら、シャルルは目を丸くしてエリオットを見ていた。
「……個性……そうか、そうだよな。これが私、私の個性だ。でもエリオット、お前は私の事を変だと思わないのか?」
シャルルの問いに、エリオットは首を傾げながら答える。
「さぁ?シャルルがシャロンみたいに女の子らしくて可愛い子だったら、急に中身は男だなんて言われたらびっくりするけど。シャルルは話し方も服装も男みたいだもんな。だからあまりびっくりはしないんだよね」
「そうか……そうだよな」
エリオットの言葉に、シャルルは肩の力が抜けたような柔らかい笑みを浮かべた。
それからはますます、エリオットとシャルルは兄弟のように育っていった。
その間もやはりシャルルは自分の心身を持て余しその都度葛藤を繰り返していたようだが、誓約のため生家の為にと自分を押し殺し続けてきた。
しかしシャルルはとうとう堪えきれなくなってしまう。
マーティン家恒例の冬のリースの材料集めの為に訪れた森で、そしてそれは突然溢れ出た。
シャルルの心のバランスは限界だったのだ。
それが踏まれて折れた小枝のように突然、ポキリと折れてしまった。
シャルルは泣きながら訴えた。
「もうっ……、もう無理だっ……女としてなんて生きられないっ、エリオットと…男と結婚なんて出来ないっ……ごめんエリオット、君とならなんとかやっていけるんじゃないかと思ったんだっ……だけど、だけどやっぱり私には無理だっ……」
シャルルが流した涙は、エリオットがこれまで見たどんな涙よりも悲しくて苦しいものだと感じた。
このままではシャルルが消えて無くってしまうんじゃないかと怖くなってしまうほどに。
エリオットは思わずシャルルを抱きしめていた。
しっかりと、この世に繋ぎ止めるかのように。
「大丈夫だ、大丈夫だよシャルル。俺の兄弟、俺の親友。二人で一緒にどうすればいいのかを考えよう」
エリオットは必死でその言葉を紡ぎ、シャルルの心を救おうとした。
そして気付く。
誓約の内容は、マーティン男爵家の孫娘をベルナール伯爵家に嫁がせる事。
シャルルの祖父がわざとそうしたのか単に抜けていたのかは知らないが、シャルル自身が名指しされている訳ではないという事に。
それをシャルルに言うと、彼女は言葉を無くしたように口だけをはくはくさせていた。
エリオットはそんなシャルルに尚も告げる。
「つまりさ、俺と結婚するのはべつにシャルルでなくて、シャロンでもいいって事なんじゃないか?」
「そ、そういう事になる……か?」
「つまりはそういう事だろう」
「でもやはりダメだ……私の勝手で大切な妹の人生を縛り付ける訳には……」
「でも……俺も結婚するならシャロンの方がいい……かも……」
その発言に、シャルルは顔をがばりと上げてエリオットを凝視した。
「は?お前っ……私の妹の事をそんな目で見ていたのかっ?あの子はまだ十歳だぞ!」
「そんな目って変な言い方をするなよ!ただシャロンの事を可愛いなって思ってるだけだろっ」
「このっ……スケベっ!ロリコンっ!」
「ロリコンって言うなっ!二つしか違わないっ!それに可愛いって言ってるだけだっ!」
二人、どんどん論点がズレていってしまい、結局その時は結論を出せずにいた。
シャロンにシャルルの代わりにエリオットと結婚して貰うか、そんな事をシャロンに押し付けて良いのか。
この時の二人にはこれといった妙案も浮かばず、また判断も出来ずにいた。
が、
思いの外早く、それが可能そうだと確信する。
シャルルの妹のシャロンが、エリオットに恋心を抱いているという事が分かってしまったのだ。
シャロンが素直で、隠し事が出来ないタイプなのは昔からだった。
そのシャロンの分かりやすい(過ぎる)態度や行動が、全力でエリオットの事が好きだと語っていた。
十歳の女の子のあからさまな好意に、気恥ずかしくなるもエリオットは安堵していた。
これでシャルルを解放してやれると。
結婚という誓約に縛られなければ、シャルルは本人の望むように男として生きられるのだ。
妹を犠牲にしてまで貫きたい願いではないと言っていたシャルルがあの日、「私はシャロンに救われたんだな」と言っていたのをエリオットは忘れない。
そうしてエリオットとシャルルは婚約者を交代する形で、とある計画を立てた。
十八歳で成人してすぐに、シャルルが東方の国に剣術留学を理由に渡航する、というものである。
東方の国では成人であれば性別転換の術を受けられる。
それが他国の民であったとしてもだ。
だからシャルルはそこで術を受け、自ら本当に望む体を手に入れるのだ。
剣術留学はこの国の王太子の肝煎りで、腕の立つ若者が男女を問わず留学生として選ばれている。
それには魔術学園の騎士科で上位成績者に名を連ねればならないが、シャルルの腕前なら問題ないだろう。
エリオットとシャルルはその壮大な計画のために、行動に移した。
そしてその中で、エリオットの心の中である想いが育ってゆく。
もともと女の子らしくて可愛いと思っていたシャロン。
今までは妹のように接してきた。
それがいずれは自分の婚約者となり妻となる女の子だと認識するようになると、エリオットも彼女に対して自然と特別な感情を抱くようになっていたのだ。
何も知らないシャロンが、姉の婚約者である自分と距離を保とうとしている姿もいじらしいし、彼女の誠実さが何よりも好ましい。
まぁ要するにエリオットもいつしかシャロンの事が大好きになっていたという事だ。
そうしてやがて計画通りに学園卒業後にシャルルは東方の国に渡り、男となって帰国した。
こうなっては仕方なしと両家も婚約者交代に合意し、ようやくシャルルではなくシャロンがエリオットの婚約者と認められた。
エリオットにしてみればもう何年も前からシャロンは自分の将来の妻という感覚でいたのだから今更だが、とにかくこれでようやくシャロンへの愛情表現の解禁となる。
改めて婚約者変更の書面を交わすわけではないが、双方の当主がそれと決めるまでは迂闊にシャロンに近付くわけにはいかなかったからだ。
術が成功して無事に帰国するまで何も言わないで欲しいとシャルルに頼まれたのもあるが、
迂闊にシャロンに近付き、シャロンが姉の留学中に姉の婚約者に近付き略奪したなどとバカな噂が立つ事も防ぎたかった。
エリオットは見目が良く、王宮騎士としての肩書きもある。
常に注目を浴びているエリオットの側にシャロンがいるだけで、どんな心無い噂を立てられるかわからない社会なのだ、貴族社会というものは。
そうやって己を律し、我慢し続けたエリオット。
晴れてようやく、大きな顔をしてシャロンに気持ちをぶつけられる。
そう思っていたのに。
なぜか周りが余計な事をし、シャロンの舵が変な方向に切られている。
これではいけない。
焦りは禁物だが、そろそろシャロンの心に刻みつけて貰わなくてはいけないらしい。
自分がどれほどシャロンを望み、待ち続けてきたかを。
まずは心に素直に浮かぶシャロンへの想いを口にする。
そしてエリオットは正攻法で、シャロンを絡め取る決意をした。




