婚姻の誓約魔法
「あーあ……退屈だわ~」
「ジョセフィーヌ様、私との授業中に堂々とそのような発言をなさるのはどうかと思いますよ」
わたし、シャロン=マーティン(18)は、第二王女ジョセフィーヌ殿下(13)の語学教師の一人として王宮に勤めている。
教える語学は東方語。
父であるマーティン男爵ヒースロー(51)がわりと有名な東方画家で、わたしも幼い頃から東方文化に触れていた。
その為いつの間にか東方語をマスターしていたのだ。
あ、ちなみ父の雅号は柊素郎。
本名に東方の漢字を無理やり当て字にしたものだ。
「シャロンの授業は面白いし好きよ。東方の国の文化を聞くのもとっても楽しいし。シャロン自身もだぁい好き!でもね……この頃なんだかわたくし……満たされなくて疼いてしまうの……」
「十三歳の可愛らしいお姫様の発言とは思えませんですわね~。ジョセフィーヌ様は何に満たされたいとお考えなのですか?」
わたしが訊ねると、ジョセフィーヌ様は胸に手を当ててウットリと答えた。
「それはもちろんロマンスよ!目眩く恋物語でキュンキュンときめきたいの!」
「まぁロマンスですか?キュンキュンですか?」
「そうよ!わたくし、お勉強よりもシャロンの恋バナを聞きたいわ!」
そう言ってジョセフィーヌ様は教科書をポイっと机の上に投げ捨ててしまった。
「ま、ジョセフィーヌ様。本を粗末に扱ってはいけませんわ。東方の国では付喪神という考えがあって……」
「も~そんなのはいいからシャロンと婚約者のお話を聞かせてよ~」
わたしの言葉を遮ってジョセフィーヌ様はおねだりしてくる。
お可愛らしいくりくりとした金色のお目目をこちらに向けて。
その様子にわたしの方がキュンですわ、王女殿下。
わたしは授業の為に開いていた教科書を閉じ、ジョセフィーヌ様に告げた。
「仕方ありませんわね。わかりました。わたしとエリオット様のお話をしましょう。ただし、東方語で話します」
「え~!それじゃあ聞き取れない単語も出てくるじゃない~」
「そこは本で調べてみたらよいのですわ。それがお勉強なんですもの」
「っ~~わかったわ……ねぇ?確か婚約者は…」
今度はわたしがジョセフィーヌ様の言葉を遮って東方語で言った。
~これより東方語~
『東方語で話して下さいませ、ジョセフィーヌ様』
「えーー……もう、えっと…『たし、か、コンヤクシャはおおきゅうきしなのよ、ね?』
『そうです。王宮騎士団所属の正騎士、エリオット=ベルナール様です』
『どちてコンヤクシャに、なたの?』
「正しくは『どうして婚約者になったの?』ですよ」
『も、いいからつづきをいって~』
『ふふ。エリオット様はわたしの姉の婚約者だった方なのです。ある事情でお姉さまが婚約関係を継続出来なくなってしまって……それで代わりに婚約者として挿げ替えられたのがわたしですわ』
『そ……そんなこみいった、こと、まできーていい、の?』
『どうせ王宮中で噂されている事ですから。直にジョセフィーヌ様のお耳にも入るようになりますわ。お姉さまの事情まではお話する訳には参りませんけれども』
『でもいやじゃない?あねのあとなんて……』
『全然!全くですわ!』
『ど、どして?』
『どうしてですか?だって彼は、わたしの初恋の人なんですもの。姉の代わりでも彼の婚約者になれてラッキーだと思っています』
『あ、あいかわらず、ポジティブね』
『それがわたしの取り柄ですから!』
そう。わたしの婚約者、エリオット=ベルナール様(20)は元々は姉の婚約者だった。
ベルナール家は伯爵家でうちは男爵家。
ただ祖父同士が友人だったというだけでお姉さまとエリオット様の婚約は幼い時に結ばれたのだった。
友人というと聞こえはいいが……要はギャンブル仲間だ。
ある時わたしの祖父がエリオット様のお祖父様といつもの様に賭け事に熱中していた。
この日は賭けマージャンだったそうだ。
そしてツキなく負けに負け続けたうちの祖父が意地になって、当時生まれたばかりの孫娘である姉をコマ、掛け金の代わりにすると申し出たそうだ。
姉はマーティン男爵家の至宝と呼ばれた曽祖母譲りの美貌を、生まれながらにして受け継ぐビューティフルベイビーだった。
そんな将来絶対美女になると分かっている娘を是非孫の嫁に迎えてやりたいと思ったエリオット様のお祖父様が、その賭けに乗ってしまったのだ。
ご丁寧に二人、誓約魔法まで交わして。
“もしこの勝負に負けたら、
我がマーティン男爵家の孫娘をベルナール伯爵家に嫁がせる”
という文言を誓約に刻んだ。
そして結果は……
「ロン!!緑一色リューイーソウだーー!!」
「ヤ、ヤクマーンヌッッ!?!」
わたしの祖父の……完敗だった。
賭け事での婚姻の約束などとんでもないと、
双方の妻や息子や嫁が怒髪天を衝くも、誓約魔法を交わされた後ではもはやどうしようもない。
家族は泣く泣くそれを受け入れるしかなかった。
こうして、姉とエリオット様の婚約は結ばれた。
でも二人はそれを厭う事なく互いを尊重し合い、切磋琢磨しながら成長と共に絆を育まれていった。
わたしの姉、シャルル(20)は三度の食事よりも剣術が大好きな、どちらかというとあまり女らしいタイプではない。
どちらかというとボーイッシュだ。
これまた性格も真面目で実直。そして懐深く情に篤い、オトコマエな人なのだ。
そんな素敵な姉をエリオット様が婚約者として、いやそれ以上に大切にしてこられたのを、わたしは誰よりも知っているつもりだ。
だってわたしはずっと側で二人を見てきたから。
二人の側で、強い絆で結ばれた二人の事を誰よりも近くで見ていたから。
姉の婚約者に芽生えさせてしまった恋心を密かに闇に葬り、それでも大好きな姉とエリオット様の側に居たから……。
だけどそれが一瞬で変わってしまった。
全ての始まりは、姉が留学先の東方の国から帰ってきた時の事だった。
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著者近況でもお知らせしましたが、
告知していたタイトルと一部内容が変わりました。
ごめんなさい~。゜(゜´ω`゜)゜。オロローン
告知分はややこしくなるので削除しています。




