エピローグ 彼の本音とわたしの嘘
「きゃ~~!待っていたのよシャロン!!」
エリオット様と想いが通じ合ってから初めてとなる東方語の授業の日。
ジョセフィーヌ様の勉強室に入るなり手ぐすねを引いて待っていたジョセフィーヌ様に抱きつかれた。
「まぁ~ジョセフィーヌ様、お勉強熱心で感心ですわね。そんなに東方語の授業が待ち遠しかったのですか?」
ジョセフィーヌ様の目がどうしてそんなに爛々と光っているのか、大凡の見当がついているわたしは態とそう言ってはぐらかした。
ジョセフィーヌ様は愛くるしい頬をぷんすこと膨らませてわたしに言う。
「もうっ、シャロンたら意地悪ね!わたくしが待ち遠しかったのはモチロンあなたと婚約者が城門で抱き合って大人のキスをしていた事よ!」
「ちょっ……待ってくださいっ?抱き合って大人のキスなんて致してませんわよっ!?」
「え~でも王宮内ではそんな感じで噂が広がっているわよ?ね、皆に見られながらする大人のキスってどんな感じ?」
「皆に見られながらは致してません!」
「じゃあ見られてない所ではしたのね?」
「うっ……」
藪へびでしたわ。
ジョセフィーヌ様は更にお目目をキラッキラとさせてわたしに詰め寄った。
何故かジョセフィーヌ様付きの侍女達まで……友人のナンシーなんかメモを取ろうとまでしているわ。
ちょっと皆さま落ち着きあそばして?
わたしは逃げを打って話題をすり替えた。
「さ、では授業を始めましょうか」
だけどジョセフィーヌ様は諦めてはくれない。
「ダメよシャロン!ちゃんと聞かせてくれるまで授業はボイコットするから!」
~これより東方語~
『では今回も東方語で宜しければお話いたしますわ』
『えーー!ひどぅいわおうぼよ!』
『“酷く”も“横暴”でもありません。わたしは国王陛下からお給金を頂いているのです!給料泥棒になるつもりはありませんわ♪』
『もぅぅシャロンーー!』
ふふふ。なんやかんや言ってもちゃんと東方語で答えるジョセフィーヌ様の努力に免じて、結局わたしは話せる範囲でエリオット様との……その…甘いお話をして差し上げた。
きゃっ♡
そうそうエリオット様といえば、
昨日エリオット様のお父様であるベルナール伯爵から王都で人気の菓子店のスイーツや花束や面白そうな本がいっぱい届いた。
その中に入っていた手紙には、わたしが聞いている可能性も配慮せずにデリカシーのない言葉を聞かせて本当に申し訳なかった、と。
そしてあの様な恐ろしい息子だが末長く添い遂げてやって欲しいという旨が書かれていた。
はて?エリオット様が恐ろしい?
優しいなら分かるけど、恐ろしいという単語はエリオット様を形容するには合わないと思うのだけれど……。
まぁ……いいか……な?
そして、わたしとエリオット様の結婚式は春に執り行われる事が決まった。
それに向けて、エリオット様のお母さまとウェディングドレスを選んだり、エリオット様と暮らすベルナール伯爵家の別邸の内装を決めたり庭の計画を立てたりと、わたしは毎日忙しくそして楽しく過ごしている。
毎日わたしに会いにくるエリオット様に口から全身砂糖漬けになりそうなくらい甘やかされながら。
そんな中、慶事と同様に我が家にこれまた嬉しい出来事が訪れた。
事の発端はエリオット様との挙式の日にちを東方の国にいるお兄さまに手紙でお知らせしたら、
お返事としてお兄さまからとっても素敵な東方の風景魔力念写の絵葉書で届いた事だった。
大きな山とその下に広がる湖が一緒に映し出されているその絵葉書。
なんでも“フジヤマ”という東方の国では有名な山らしい。
その絵葉書を元に描いたお父さま、柊素郎画伯の絵が国王陛下の目に留まり、破格の値段でお買い上げ頂けたのですよ!
それにより我が家の借金は一気に全額返済、その反動で他の絵も飛ぶ様に売れて、我が家の財政はいきなりウルウルの潤沢なものとなったのだった。
なんでもジョセフィーヌ様が一緒にお出掛けしたいと陛下にお願いをされて、バロンマーティン柊素郎の個展にお忍びで来て下さった。
その際に“フジヤマ”の絵が目に留まったらしいのだ。
ジョセフィーヌ様っ……なんと感謝を申し上げて良いのやら……!
マーティン男爵家は一生、ジョセフィーヌ様に忠誠を誓いますわっ!
そしてやがて訪れた春の麗らかな良き日に、
充分となった花嫁の持参金と共にわたしはエリオット様との結婚式の日を迎えた。
純白のウェディングドレスを纏い、開式の時間を静かに待つわたしの控え室のドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
わたしが返事をし入室を促すと、ゆっくりと扉が開く。
そして顔を出したその相手を見て、わたしは破顔した。
「お兄さま!」
そこには式に参列する為に帰国してくれたお兄さまが立っていた。
「シャロン……なんて綺麗なんだ……!」
お兄さまはまるで眩しいものでも見る様に目を細めてわたしを見た。
「ふふ。ありがとうございます。エリオット様のお母さまと一緒に選んだのよ」
「あの方は昔からシャロンの事を可愛がってくださっているもんな。嫁姑問題は一切心配なさそうだ」
「はい。わたしが本当の娘になってくれて嬉しいと仰ってくださいました」
「良かった」
そこまで言って、お兄さまは急に黙り込んでわたしを一心に見つめた。
「お兄さま……?」
「……シャロン、お前に何も言わずに来た上に好き勝手生きている私の事を恨んではいないのか……?」
「え?どうして?お兄さまはわたしに恨まれたいの?」
わたしがきょとんとして言うとお兄さまは慌てて首を横に振った。
「ま、まさか!シャロンに嫌われたら、わたしは一生どんな食事も喉が通らなくなる自信がある!」
「ふふ。一ヶ月でも何も食べなかったら死んでしまうからそれはやめてねお兄さま。でも大丈夫よ、わたしがお兄さまを嫌いになるなんて絶対にないから」
「シャロン……」
「姉であっても兄であっても、どんなお兄さまも大好きよ」
「っシャロンっ……ありがとう、ごめんな、ありがとう、ありがとう……」
お兄さまは涙をボロボロと流し出した。
「やだお兄さま、もうすぐお式が始まるわよ。ほら泣き止んで」
わたしはお兄さまにハンカチを差し出す。
だけど結局お兄さまは式が始まる直前まで男泣きをしていた。
やがて開式の時間となり、お父さまと二人、大聖堂の扉の前に立つ。
お父さまもお兄さまとまったく同じ反応で、眩しそうにわたしを見る。
やっぱり親子なのね、よく似ているわ。
「美しいよシャロン。亡くなった母さまにそっくりだ」
「お父さま、わたしは子どもの時から絶対にお母さまの分まで長生きすると決めているの。それが、わたしを産んですぐに亡くなった母さまへの恩返しだと思っているから……」
「ああ。そうだね、それは何よりの親孝行だ。うんと幸せになってうんと長生きしなさい」
「お父さまも長生きしてね。家令のエスヴィと、再び雇い入れる事が出来た古くからの使用人たちと仲良くね」
「もちろん。みんな元々家族みたいなものだからね」
「そうね」
わたし達が笑い合うと、係の人が告げた。
「では開式です」
そして大聖堂の扉がゆっくりと開いた。
その途端に参列してくれた沢山の人たちの感嘆の声が上がった。
どうやらわたしのウェディングドレス姿は皆さんに喜んで頂けたらしい。
そしてお父さまと進むバージンロードの先に立つ、エリオット様と視線が合わさる。
エリオット様はとても優しい、慈愛に満ちた眼差しでわたしを見つめている。
早く彼の元へ辿り着きたい。
でもお父さまの娘として最後のステップをゆっくりと刻みたい。
そんな不思議な気持ちになりながらゆったりと歩いた。
やがてお父さまの手からエリオット様の手に、わたしが渡される。
お父さまはわたしとエリオット様に、
「君たちの事は何も心配していないよ。二人で幸せにね」
とそう言って自身の席へと行った。
わたしとエリオット様は顔を合わせて互いに微笑んだ。
神さまと司祭様と皆の前で永遠の愛を誓いあう。
生涯、変わらぬ愛をあなたに………。
そしてエリオット様と誓いの口付けを交わす。
その瞬間、誓約が解除されたのが感覚で分かった。
その時に、ある言葉がわたしの耳に届いた。
えっ、と思いエリオット様を見ると彼の様子に変わったところはなく、あの言葉がわたしにだけ聞こえたものだと確信する。
あの言葉の意味は………
それからエリオット様がわたしに言った。
「今、誓約魔法が昇華された感覚がしたね。良かった。無事に誓約が守られて」
わたしは微笑みを浮かべて彼に答える。
「……ええ。そうね」
それでもわたしの微妙な変化に彼は気付いたようだ。
「どうかした?シャロン、誓約魔法で何か気になる事でも?」
「いいえ何も。誓約が無事に解除されて良かったなぁとホッとしただけです」
と答えて、今度は気取られないように思いっきり微笑んだ。
この時、わたしは彼に初めて嘘をついた。
誓いの口付けを交わした瞬間、確かにわたしの耳に聞こえたあの言葉。
[誓約を交わした時点との状態が変わってしまっている為に、新婦側の誓約は不履行となる。しかし、結果として婚姻という誓約は果たしている事を鑑みて、誓約を交わし今日までの月日の分の寿命を差し出す事を対価とする]
それはつまり、
お祖父様がエリオット様のお祖父様と誓約を交わしてから二十一年分の寿命が今、わたしは奪われたという事になるのだろう。
わたしの寿命がいつなのか、それはわからない。
早逝する運命なら今日か明日には死ぬのかもしれないし、
十年、二十年と先の事なのかもしれない。
やはり誓約は完璧に守らないといけなかったという事か。
孫娘ならどちらでも良いという事ではないと。
だけどこんな事になると誰が予測出来ただろう。
子どもだったエリオット様とお兄さま。
そして魔術師団長にだって予測不可能だった結果だ。
でもわたしはこの事をエリオット様にもお兄さまにも決して告げるつもりはない。
二人が知ればきっと、自分たちを責めて苦しむと分かっているから。
そしてわたしを生かす為に何をし出かすか分からない。
だからわたしはあなたに嘘を吐き続けるわ。
誓約は無事に解除されて良かったと、あなたに言い続けるから。
そしてわたしに許された時間を大切に懸命に生きてゆく。
最期の瞬間まで、わたしらしく前向きに。
「シャロン。ごめん、最初に申告しておくよ。俺は結構愛が重くて執着するタイプだと思う。イヤだと言われても離してあげられないからごめんね?でも絶対に浮気はしないし大切にすると約束するよ」
「ふふふ。初恋をずーっと抱き続けるわたしも相当なものでしょうからおあいこですよ」
「可愛いシャロン、大好きだよ」
以前聞いた同じ言葉でも受ける印象が全然違う。
わたしは嬉しくて嬉しくて彼の胸に飛び込んだ。
「エリオット様、わたしも大好きです!」
結局、わたしはエリオット様との間に二男一女の子宝に恵まれた。
そして両家の親はもちろん、東方の国で名剣士と名を馳せたお兄さま、そして最愛の夫であるエリオット様をそれぞれ看取り、
沢山の孫に囲まれながら八十五歳の今も生きている。
………誓約魔法に二十一年を奪われなかったら、わたしって百歳を超えても生きたという事でしょうね。
おそらくもうすぐ人生の終焉を迎えるだろうけど、
素晴らしい人生だったと胸を張って言えるわ。
東方の国では、“終わり良ければ全て良し”という言葉があるけれどまさにそれ。
でもわたしにすれば、
終わりもその他も全て良し!ね。
おしまい
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これにて完結です。
最後までお読みいただきありがとうございました!
短編なのに冒頭部分に五話もかけたお話も皆様のおかげで無事にハピエンを迎えました。
今作も沢山のエール、そして感想をお寄せ下さりありがとうございました!
では次回作の告知を……
今回は告知詐欺にならないようにせねば。
タイトルは
『さよならをあなたに』です。
次回作、ちょっと新しい試みをしてみたくって、読者様の反応を見て続編の在り方を進めてみようかと思っています。
その場合、最終話以降はタイトルが変わるかも?
舞台は冒頭、作者のお話お初の東方の国が舞台です。
ヒロインは東方人。
良家の娘でしたが、家の没落と共に遊郭の遊君、つまり娼婦に堕とされたヒロイン。そのヒロインを水揚げからずっと独占していた領主の息子が正妻を迎えると知り、身を引くために姿を消すまでのお話です。
話数も今のところ未定です。
純愛と一途さと、そして愛していてもどうしようもない事がある。
それを描いてみたいと思いました。
多分シリアスです。
その後の事は知りません。
ましゅろうですから、だんだんとアレ?となってくるかもしれません。
それでもまぁ暇潰しにはなりそうだから、付き合ってやんよ。と思って頂けましたら、よろしくお願い申し上げます!
投稿は明日の夜から。
夜露乳首お願いします!
誤字脱字報告、ありがとうございました!




