エリオットのお姫様
エリオット視点とシャロン視点でお届けします。
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「ベルナール、あの子がシャルル=マーティンの妹か?」
王宮の外回廊を歩くシャロンを指して、騎士仲間の一人が言った。
ジョセフィーヌ王女殿下の授業に向かうのだろう。
ハーフアップにしたサラサラのライトブラウンの髪を風に靡かせて、教科書を大切そうに胸に抱えながら歩くシャロンの姿に思わず魅入られる。
「……シャルル=マーティンの妹?」
俺が返事をする前に、騎士科の学生だった時代からの仲間であるミオナ=バーンズが目を眇めてそう言った。
これまた俺が答える前に騎士仲間の一人が言う。
「そそ。エリオットの新しいお姫様」
新しいとはなんだ。
今も昔もシャロンだけが俺のお姫様だ。
長く婚約者だったシャルルとはどちらかというと親友だぞ。
まぁそれをわざわざコイツらに言って聞かせて、色々と詮索されるなんて真っ平だ。
俺は適当な作り笑いを浮かべて警告しておいた。
「それがわかってるならお前ら、彼女に手を出すなよ?」
「うわっ怖っ、目が笑ってねえじゃん」という声が聞こえたが当然無視だ。
ようやく胸を張ってシャロンの事を婚約者だと皆に言えるんだ。
この時をどれほど待ち望んだ事か。
シャルルと俺の長年の計画が功を奏し、シャルルは自由を、俺はシャロンを手に入れる事が出来た……と思ってはいるのだけど……。
どうも時折、シャロンは俺が何かを言う度に身構えているように感じる。
婚約者同士となり、今までとは関係性が変わる事を自覚して貰うために愛情を言葉にして示しているのだが、どうも手応えがない。
顔を赤らめて喜んではくれているがなんか信じて貰えてないような感じだ。
誰かに何かを言われたのか……?
まさか父上が余計な事を?
俺が散々、シャロンには余計な事を言うなと言っていたのに?
……父上ならあり得る、か……。
少々脅し気味に言ったのが気に食わなかったのか。
と、考えていた時、騎士仲間のミオナ=バーンズが第二王女宮に無断で足を踏み入れ拘束されたと知らされた。
まぁ同じ班だし学生時代からの長い付き合いではあるが、それを何故わざわざ俺に伝えるのかと訝しんでいたら、バーンズを拘束した第二王女付きの騎士に言われた。
ミオナ=バーンズの身柄を拘束した時、彼女はシャロンに声を荒げて罵っていたと言うのだ。
罵る?シャロンを?
それを聞いては無視も看過も出来ない。
そこでバーンズが捕えられている部屋へ行き、彼女にシャロンに何を言ったのか問い正した。
するとミオナ=バーンズは悪びれた様子もなく言った。
「私、知ってるのよ。貴方が魔術師団長に誓約を果たした後の離婚の事を聞いていたのを。ホントはあんな女と結婚したくはないんでしょう?すぐに離婚するつもりなのよね?それをあの女に教えてあげたのよ、身の程を弁えるように。言って正解だったでしょう?ねぇ…私、ずっと貴方の事が好きだったの。離婚後は私と……」
ガタンッッ!!
ミオナ=バーンズの言葉を聞いた途端、俺は思わず取り調べ室にある椅子を蹴り飛ばしていた。
驚いたバーンズが俺を見上げる。
「……エ、エリオット……?」
「誰がそんな事を貴様に頼んだ?魔術師団長に聞いたのはあくまでも確認のためだ。言っておくがな、……いや、貴様なんぞに理由を教える筋合いはない。今ここで殴り飛ばされなくて良かったな、自分の性別に感謝する事だ。だがしかし、今度シャロンに近付いてみろ、女だろうが容赦はしない」
「ちょっ、なんでっ?エリオッ……ひっ」
俺の顔を見て怯えるバーンズに通告する。
「そしてもう二度と、俺に話しかけるな。任務中は我慢してやる。だがその他の時に俺の視界に入るな」
バーンズに抱いている殺意を全て込め、そう言い捨てて取り調べ室を出た。
なんて事だ。
アレはそういう意味で聞いたんじゃない。
シャロンと話さねば。
勝手に話して悪いが、シャルルの事も。
これまでの事、これからの事をシャロンと。
俺はシャロンを捕獲するべく王宮敷地内を駆けた。
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「シャロン、ちゃんと話をしよう、これまでの事、そしてこれからの事を」
肩で息をしながらエリオット様が言った。
普段の彼からは想像出来ない焦りが額の汗と共に滲み出ていた。
「エリオット様……」
「シャロン、シャロンごめん。不安にさせたくなくて俺もシャルルも何も言わなかったから、キミに余計に辛い思いをさせてしまったっ……」
……ホントよぅ。
嘘でも愛を囁いて頑張ってくれていると思っていたのに離婚なんて……。
もう……どうしたらいいのか分からない……。
そう思ったら涙がぽろりと零れ出た。
「シャロンっ」
わたしの涙を見たエリオット様にふいに抱き寄せられる。
城門の前には大勢の人が行き交い、沢山の目がある。
こんな所で泣くのも抱きしめられるのも恥ずかしいけど、今はもうそれどころではなかった。
どこかで女性の悲鳴が聞こえたけどそれも気にしている場合ではないわ……。
エリオット様も周りの目など気にとめる様子もなくわたしに優しい声で言う。
「ごめんシャロン、ごめんな。嫌な思いをさせて……大切なキミを泣かせたいわけじゃなかったのに……」
大切なキミだなんてっ、大切なキミだなんてっ……!
「っ………き、」
「え?」
「エリオット様の嘘つき~~~っ!!」
とうとう、堪えていたものが爆発してしまった。
わたしはいつも苦しい時ほど前向きに、良い方に考えてやり過ごすけど、
それがどうしても出来ない時もある。
そんな時は、こうやって爆発して泣いてしまうのだ。
今まではそんな時、お姉さまが抱きしめてくれていた。
だけど今は………
「ごめんシャロン……でも俺はシャロンに嘘を吐いた事は一度もないよ。黙っていた事は沢山あるけど、誓って言う。子どもの頃から今まで、シャロンに嘘を吐いた事なんて絶対にない……」
そう言ってエリオット様はわたしをぎゅうっと抱きしめて言った。
お姉さまよりも高い体温で。
お姉さまよりも力強く、でも安心出来る優しさで。
「…グスッ、嘘よ……だって、だって……聞いたもの……」
「聞いたって……もしかして俺の父親に何か言われた?」
「…………ぅん……」
隠しても仕方ないのでわたしは小さく頷いた。そしてあの時聞いた言葉を告げる。
「……本心じゃなくても、嘘でもいいから愛を囁いてわたしを繋ぎ止めておけって言ったと……」
「チッ……そうか……そんな事を聞いたんだね……その事も含め、全部キミに話すよ」
「今ここで?……グスッ」
「大切な話だからね。落ち着いて話せる所に移動しよう。でもその前に、」
「?」
エリオット様が言葉を途切らせたのを不思議に思い、わたしは泣き顔ながらも顔を上げた。
と同時に抱き上げられる。
世に言うお姫様抱っこという奴だ。
「えっ?えぇっ?」
そして驚くわたしの顔に影が落ちる。
「?…………!?」
何?と思った瞬間に、わたしの頬にエリオット様の唇が触れた。
またどこかで女性の息を呑む声が聞こえた気が……
でもますますそれどころでなくなったわ……!
「エリオットサマッ!?」
「丁度沢山の人間の目があるなら、皆に知って貰っておこう。俺のお姫様はシャロンだけだって事をね」
そう言ってエリオット様は極上の笑みを浮かべた。
「えぇぇっ!?」
これも嘘っ?
でも公衆の面前でさすがにそれはないわよねっ?
え?
ちょっと待って、えっ?
そんな狼狽えるわたしを抱いたまま、
エリオット様は転移魔法で移動した。
次にわたしの目に飛び込んで来たのは、わたしの自室の光景だった。
こんな一瞬で?
「転移魔法って便利なのね……」
わたしが変なところで感心して言うとエリオット様が自嘲めいた声で言った。
「俺の魔力量じゃ一日一回が限度だけどね」
「それでも使えるだけすごいわ……って……あのそのあの……そろそろ下ろして欲しいのだけれど……」
このハンパなく距離と顔が近い姫抱っこ状態に耐えきれず、わたしは彼に願い出た。
「え?ダメだよ?椅子には座らせて貰うけど、このままで話をしよう」
「なっ、なぜっ!?」
「ウチの父親の所為でシャロンに俺の想いが伝わってなかった事を知ったからね、俺がどれだけシャロンの事が好きか分かって貰いやすいようにこのままで話す」
そう言ってエリオット様はわたしの部屋の窓際に置いてあるソファーまでスタスタと歩いて行き、座った。
わたしを膝に乗せる形で。
「む、無理ムリむり無理よっ!こんな恥ずか死ぬような状態でお話なんて出来ないわっ!」
「出来るよ」「出来ないわよっ」
「それでねシャロン」「聞いてっ?」
どうやらもうわたしが慣れるまでなんて悠長な事を言うつもりはないらしい彼は、恥ずかしくて居た堪れないわたしを他所にこれまでの事を全て話してくれた。
子どもの頃にお兄さま(当時はお姉さま)にカミングアウトされた時から、
森の中で泣きながら訴えたお兄さまと必死になって最良の選択を模索した事。
そしてエリオット様の中ではずっとわたしが彼の婚約者だった事を。
「東方の国でシャルルが本当に性別転換の術を受ける事が出来て、そしてそれが成功するまで口外は出来なかったからね……万が一、性別転換の術が受けられなったり術が失敗した時のシャルルの立場も考えて、何も言えなかったんだ。妹には余計な心配をさせたくないというシャルルたっての願いだった。俺が魔術師団長にアレコレ聞いたのは、もしシャルルが男になれなかった場合の事も想定しておいての事だよ。シャルルの留学中にね。もしシャルルが女性のまま帰国したら、そのまま結婚しなくてはならなかったから。よほどの理由がない限りは誓約は違えられないと拘るウチの父親が煩くて、両家の間に諍いが起こるのは目に見えていたからね……」
「それで魔術師団長様に誓約結婚した後にすぐ離婚出来るか聞いたの?お姉さまがお兄さまになれなかった場合のために?」
「そうだよ。とりあえず誓約通り結婚して、直ぐに離婚してからシャルルが自分を殺さずに生きていく為に」
「最初から一度結婚して別れて、それから東方で術を受けるという選択はなかったの?」
わたしのその問いかけに、エリオット様は途端に歯切れが悪くなった。
「………それは……俺がちょっと嫌だなぁと思ったんだよ」
「どうして?」
「だって……シャルルに打ち明けられた時から、シャロンと結婚する気満々でいたからね。離婚したらバツイチになったら、なんの瑕疵もない未婚の貴族令嬢であるシャロンに結婚の申し込みがし辛くなってしまうじゃないか……」
「え……?」
「ずるいよな俺も。シャルルの為と言っておきながら、これまでの計画は半ば自分の為でもあったんだ。だって、シャルルではなくシャロンと結婚したかったから……シャルルの時と違って、一度そう認識するとどうもシャロンを女の子として意識してしまった。そうやって緩やかにシャロンへの愛情が俺の中で育っていったんだ。だからこそこの想いは絶対に嘘じゃない、昨日今日の感情じゃない、子どもの頃から“ここ”にあって共に生きてきたんだから」
エリオット様は“ここ”と自身の胸に手を当てながら、耳まで赤くしてそう言った。
「え……え…それじゃあ……エリオット様、それじゃあまるで、わたしの事を好きだと言っているように聞こえるわ……?とても嘘を吐いているようには見えないもの……」
わたしのその言葉を聞き、エリオット様はわたしの瞳をじっと見て言った。
「さっきも言ったように、俺はシャロンに嘘を吐いた事は一度もない。話せなかった事を嘘と同義だと捉えるなら、本当にすまなかった……。でも話さなかったんじゃなく話せなかったという事だけは信じて欲しい。確かに父親には嘘でも愛を囁けと言われたけど、その時に父親にはハッキリと告げたんだ。俺がシャロンに語り掛ける言葉は全て本当の言葉だと」
父上には何かしらの仕返しをしておくよ、と彼が笑みを浮かべて言った。
エリオット様……目が笑っていませんわ。
「…………エリオット様……わたし、生来ホントにポジティブに生まれついているんです。今までのお話の内容じゃあわたし、前向きに受け取ってしまいますわよ?あなたがもうずーっとお姉さま改めお兄さまじゃなくわたしが好きで、わたしとの結婚を望んでいて、離婚なんて考えていないと」
そう言ってわたしは彼を瞳を真剣に見つめた。
エリオット様も真っ直ぐにわたしの目を見つめ返してくれる。
「たとえポジティブじゃなくてもそう受け取って欲しい。それが全て、真実だから」
そしてエリオット様はわたしを抱き寄せ、こう告げた。
「シャロン、愛してる。俺のお姫様、シャロンにとってはつい最近の出来事で戸惑う気持ちもわかるけど、俺のこの気持ちはもうずっと以前から胸の内にあったものだ。どうか、どうか信じて……」
膝の上に乗せられて、尚且つ抱きしめられている。
そして言葉を尽くして嘘偽りない想いを語ってくれた。
……これでも嘘つきと思うのは、わたしがバカですわよね?
わたしはエリオット様の背に自分の手を回し、想いを伝えるようにぎゅっと抱きしめ返した。
そして彼に告げる。
「信じます、あなたを信じたい。だからエリオット様、誓約魔法に関係なくわたしと結婚してください!」
そう言い終えた後、すぐに今度は頬ではなく唇を奪われた。
重ねるだけの優しい口づけを何度も。
角度を変えて何度も。
それからエリオット様がこう言った。
「正式にプロポーズしようと思ったのに先を越された……でも死ぬほど嬉しいから俺もポジティブにオッケーだ!ありがとうシャロン、本当に嬉しいよ。もちろん結婚しよう。誓約がなくとも。俺のお嫁さんはシャロンだけだ!」
そう言って彼はまた、わたしにキスを落とした。
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ハイようやく、気持ちの答え合わせが出来ました。
次回、最終話です。




