第8話 王都探索1
町での一件から二日、私達は何事もなく王都に到着した。
王都は高い壁に守られており、その中央にブラト王の居城が構えている。広大な城下をぐるりと囲う壁は世界的にも有名らしい。さらに、この城壁を突破したとしても、王城専用の城壁も存在しており、それが何らかの魔法や非公開技術によって構築されている。
つまり二段構えの鉄壁を誇っているわけだ。
そんな城壁の関所を通過し、王都内へ入った。Aランクリンカーで、かつ王国からの依頼を受けた証明があるため難なく通してくれた。通常は通行証が必要らしく、頻繁に馬車の渋滞がでるらしいが、それすら無くスムーズに入ることができた。
王都へ入りまず感じたのは空気の淀みだ。事前の情報では王都は通商の中心部でもあり、人口密度が高く清潔で賑やかな街だとされていた。しかし、今私達が見ているこの街は外出している人は数えるほど、商店すら殆ど閉まっている。それに、死臭が鼻を突く。死体が転がっているわけではないのに死臭がするというのはおかしな話だ。恐らく例の流行り病と関係するのだろうが……
「まずは宿探しね、その後に少しそこら辺を調べてみましょう」
「それはいいけどさ、この臭いはキツイな」
「臭いはそのうちなれるでしょうけど、この雰囲気は気が滅入るわね」
心なしか、街全体が灰色に染まっているような錯覚に包まれる。
馬車はしばらく用済みなので、預かり所へ持って行き。その際に教えてもらった宿へ向かった。
「宿は確保、と。日没までまだ少し時間があるし、探索でもするか?」
「そうね、ここに来る途中あった修道院が少し気になるから、そこに行ってみましょうか」
王国は全体的にかなり信心深い。この世界の標準的な暦とされている聖典歴を広めた聖光教会を国教にしている。なので道中の村を含め、この国には多くの教会や修道院が存在している。そこでは教徒の修行以外にも、国民の情報交換所としても機能している。
この街の修道院は城下というだけあって、かなり大きな施設だ。町外れにあるとは言え、この閑散とした街の住人が集まっている可能性もある。
想像以上に病が蔓延していれば住人の恐怖も計り知れないものだろう。そんな時に人は神にすがりたくなる。聖典が神と言っていいのかはさておき、まずは住人の状態を確認することが最優先事項だ。
「それにしてもでかいわね」
修道院は住居で言えば5階分くらいはある高さがあり、裏の墓地も含めればそれなりに広い敷地を誇る。
「一応私達みたいなのがこういった神聖な場所に来ると身体が焼けるらしいのだけど」
「なんで焼けるんだ? 魔法か何かか?」
「そういう逸話があるのよ。さ、入りましょう」
修道院の中は薄暗く、昼間にも関わらず蝋燭に火が灯っていた。人の数は十数人程度で施設の大きさに比べて少ない印象だ。そのうち修道士を抜いた住人らしき者たちが、祭壇に祈りを捧げていた。
周囲を観察していると横から声が掛かった。
「もし。あたながたも祈りを捧げに来られたのですか? でしたら、あちらで愛するものを失った方々と共に祈られては」
話しかけてきたのは修道服に見を包んだ初老の男だった。
「いえ、私達は国からの依頼で現在蔓延している病について調査しているの」
「そうでしたか。お若いのにさぞ優秀なのでしょうな。しかし、ここのいるのは皆、愛する者を失った方々です。そっとしておいてやってください」
「そう……。少し聞きたいのだけど、その病に罹るとどんな症状が出て、どれほどの人々が亡くなったのかしら」
リーシャにリンカーの情報データベースで調べさせたが、詳しいことは記載されていなかった。他国に知られると都合が悪いのだろう。
「それが、症状はバラバラなのです。発疹が出る者もいれば、体中から出血しだす者。それらが発症せずに突如死に至る者。死因が様々なので、王国の医療機関も原因を特定できずにいます。現状できる対策と言えば、これ以上病が拡散しないよう遺体を火葬することだけです。毎日多くの死者が出るので、裏の墓地でまとめて火葬しています。恐らくここ数ヶ月で王都の5分の1は亡くなられたでしょう」
思ったよりも事態は深刻なようだ。人口の5分の1が死亡すれば、国としての力が弱まり、そこに他国から付け入られる可能性がある。だから我々リンカーのような存在にまで、依頼が回ってきたのだろうが。
それにしても症状がバラバラというのは困りものだ。原因の特定が困難な上、対策も取りづらい。それでは国の医療機関もお手上げだろう。
「ありがとう。ところで――」
ゴーン……
ゴーン……
話を遮るように修道院の鐘が響いた。
「そろそろ火葬の時間です。この鐘の音と共に苦しみから開放され、光の世界へ導かれるのです」
「私達も彼等に祈りを捧げてもいいかしら」
「ええ、是非に。どうぞご案内します」
修道士に連れられ裏の墓地へ向かった。
途中にはすすり泣く声が多く聞こえ、この国の惨状を体現しているようだった。
「これは……」
「うえぇ」
墓地へ出た私達を迎えたのは、火葬なんて生易しいものではなかった。
高く積み上げられた死体の山が火柱を上げ、紅蓮の業火となって周囲を熱で包み込んでいる。さらに人の焼ける臭いが充満して吐き気を催す。
火柱の周りには、死体の家族や知人と思われる者たちが膝をついて祈りを捧げている。この状況でよく顔を歪めずにいられると感心させられるほどに、ただひたすらに手を握る締め祈りを捧げている。まるで質の悪い宗教がやる儀式のようだ。
「さあ、もっとこちらへ」
言われるがまま火柱に近づくと、当初見ていた死体の山は、穴から溢れ出た分だったことに気づいた。彼等は地面に大きな穴を掘っていた。そこに死体を入れていたのだろう。しかしあまりの多さに穴はすっかりと死体で埋め尽くされ、その上にさらに死体を積むという形になっていたのだ。
リーシャは吐き気を我慢するのに手一杯で、私だけが形だけでも祈りを捧げることにした。
目を閉じることで、意識が集中し、より鮮明に臭いが脳へ届く。高熱と悪臭、それらが混ざり合い非常に不快な空間を作り上げている。
「では私達はこれで」
形だけの祈りを終え、場を離れようとすると、後ろから声がかかった。
「お待ち下さい。この病について調べられているのでしたら、救護区画に行かれてはいかがでしょう。あそこは罹患者が多く収容されています。もしかすると何かわかるかもしれません」
修道士の話によると、この街は大きく分けて三つの区画に別けられている。現在私達のいる最も大きな区画が居住区画。次いで、最初に訪れた場所が商業区画。そして、街の外れにある比較的小規模な救護区画。
居住区画と商業区画は言わずもがな。救護区画に限っては、通常の病ではない患者を収容する区画だ。つまり、今回のような感染症を患っていると思われる患者が収容される場所である。
驚くことに、この考えは私の知識上では非常に近代的な区画整備と考えられる。そもそも医療機関が存在している事すらここの生活水準からは想像できない上、さらには隔離施設まで備わっているのだから侮れない。
生活水準は15世紀ぐらいなのに、一部だけが19世紀まで飛んでいる。このチグハグな時代と技術の差異は違和感を覚える。
「明日にでも行ってみるわ。今日はもう遅いし」
時刻は既に日没に差し掛かっており、このまま救護区画までは少し距離があるので、次の日に持ち越すことにした。
今日はこの街の構造と、病に対する民の対策がわかったので、まずまずといったところだろう。
私達は修道院を後にし、宿へ戻ることにした。
「それにしても酷い臭いだったな、アレ。危うく吐きそうになったよ」
「いや、あなた吐いていたわよ。盛大に」
「あたしだってレディーなんだからそこは濁してくれよ!」
冗談交じりに会話をしながら宿へ入ったが、そこで思わぬ事態が起こった。
修道院から離れるに連れ感じていたが、街の人々から変な視線を集めていたのだ。そしてついに宿屋の店主にこう告げられた。
「あんたら、あそこに行っただろ。悪いが今日はうちに泊まらないでくれ」
突然の宿泊拒否だ。そもそもなぜ私達が修道院に行ったことがわかったのか。そもそも、理由すら述べずに拒否するとはサービス精神が欠如している。いや、理由は述べたか、納得できる内容でなかっただけで。
「なぜかしら」
至極当たり前の台詞だろう。突然理不尽とも言える理由で宿泊拒否されたのだ、これ以外の言葉はまず出てこない。
「なぜだって? あんたらくせぇんだよ。自分で気づかねーのか」
臭い? レディーに対してあまりにも酷い言い様だ。仮に事実だとしても、もっと言葉を選ぶ努力をするべきだろう。
「そんなに臭う?」
「わかんないなあ。あたしも臭いのか?」
つまり火葬の時の臭いがあまりにも強烈で、そのせいで自分の体臭に気づかないくらい嗅覚が麻痺しているということか。
ということは、あの臭いを撒き散らしながら町中を闊歩していたということだ。だから周りから汚物を見るような視線が集まっていたのだ。
そもそも、街の外れとは言え外で火葬したのだから、周辺地域は全て臭いだろう。風向きか何かで町中には臭いが届いていないのか。
「リーシャ、この臭い取るわよ」
「取るってどうやって」
「井戸があったでしょ、そこで水でも被って体中に塩と薬草を塗りたくるの。そうすればどんな臭いだって消えるわ」
「おいおい冗談だろ? 春先とは言えまだ夜は冷えるぞ」
「死にはしないわ」
嫌がるリーシャを引きずりながら、近くの井戸まで移動した。
「い、嫌だ! やめろ!」
「うだうだ言ってないでさっさと脱ぎなさい。誰もあなたのちんちくりんな裸体なんて見ないわよ」
「そういう問題じゃない! やめ、やめろー!」
リーシャの服を引剥し、頭から井戸水をぶっかけてやった。
幸か不幸か、時間帯的に周辺には人がおらず、羞恥にさらされることはない。
「服にも臭いが染み付いてるから洗わないといけないでしょ。ほら、ちゃんと塩と薬草を塗りなさい。じゃないとずっと臭いままよ」
まるで母親になって子供を洗っている気分だ。
「ミナ、覚えてろよ。絶対後で仕返し――ヒャッ」
口うるさい子にはキンキンに冷えた井戸水をかけてあげるのだ。慈悲はない。
「これくらいで騒ぐからちんちくりんのお子ちゃまなのよ。もう少し大人の――」
頭から冷水を浴びせられた。
この屈辱はしばらく忘れないだろう。いや、すぐに晴らしてやるか。
「へへーん。ざまーみろ」
「――わよ」
「あん? なんだって? 大人のなんたらを教えてくれよミナ先生」
くすくすと嘲り笑う顔を向けるリーシャに少しばかり苛立ちを覚える。
「縊り殺すわよ!」
「うわ、キレた」
夜間に井戸の周りで全裸の少女と女性が取っ組み合いを始めても、この街は誰も顔を出さない。ただ他人に無関心なだけなのか、それとも、それほど病んでいるということなのだろうか。