第6話 Aランク到達
地獄を見た。ただひたすら虫を潰していくだけの作業。
悪夢を見た。潰せど潰せど際限なく湧き出てくる汚泥のようなボウフラ。
煉獄夢を見た。身体中泥まみれ体液まみれになりながらの無限に続くとも思える駆除作業。
「これでミナさんはAランクです。今後もよろしくお願いします」
リンカーになってから半年を過ぎようとした頃。私のランクはEからAまで怒涛の勢いで上がっていた。最初のAランク依頼が大きかったようで、あれを終えてすぐDへ上がり、その後もBランクをひたすらこなしていく日々が続いた。
これで私とリーシャ共にAランクとなった。Aランクのリンカーは全体の数%で、あらゆる所で重宝されているらしい。
Aランク獲得と並行して、リーシャの教育も施した。基本的な戦術的・戦略的思考法から簡単な戦闘訓練。
私達の力は通常の人間とかけ離れているため、これまでのリンカーとしての戦い方では十分に力を発揮できない。
そこで、この並外れた筋力と回復力を全面に活用した戦い方に改めた。
「これでお互いAランク、長がったわね」
「だな、最初のアレ以外は特に問題もなかったし。トントン拍子できた感じがする」
「アレは……、酷かったわ……」
「ああ……、二度とゴメンだ……」
私は少し傲っていたのだろう。経験者であるリーシャの忠告を無視し、強引に訳有の依頼を受注した。その結果地獄を見る羽目になったのだ。
「ではAランクリンカーにのみ開放されている情報へのアクセス権を付与します。手を出してください」
今度は特に紋章が出ることもなく変化はなかった。本当にあの紋章には意味がなかったようだ。
「では基本的な説明を致します。Aランク以上の特権である、詳細情報アクセス権は、現時点より利用可能となります。利用方法は既にご存知だと思います。アクセス権を付与すると、感覚的に情報へのアクセス方法が理解できているはずです」
たしかに、あたかも昔から知っていたかのように情報へのアクセス方法がわかる。口で説明する事は難しい、あくまで感覚的なものだ。
「おお! ふおおおお! 見ろよミナかっこいいぞ!」
いえ、見ろと言われましても何も見えないのですが。
「なにも見えないのだけど。なぜかしら」
一体全体どうなっているのか、リーシャには何かが見えているようだが、私の方は何も変化がない。
「おかしいですね。確かにアクセス権は付与されていますが」
「情報データベースにアクセスできるリンカーは、Aランク以上の方のみですので、第三者による情報インターフェースの視認はできません。これはAランク同士でも同じです。なので、私ではミナさんが、開けていないのか確認することができません。現状どうすることもできないため、しばらく様子を見てください」
なんてこと、まさかの初期不良だなんて。何のためにあんなカスみたい魔獣を狩りに遥々2日も歩いたり、子供でもできそうなお使いをしたりしたのか……。
「大丈夫だって、あたしが見られるんだから。それにしても凄いなこれ。王国の情報だけでなく、他の国の情報まで見られるし」
そんな便利なものをリンカーに公開していいのだろうか。恐らく機密レベルは出していないだろうけど。
「ミナ、今日はAランク記念に飲もうぜ!」
これまで色々あったが、リーシャとの距離はこれ以上ないくらいに近づいた。
当初は親の敵のように私のことを見ていたが、次第に仲間として認めてくれるようになった。タップたちのことは今だに禁句だが、それ以外では非常に親しい仲と言っていい。
「そうね、今日は乾杯しましょう」
宴会は他のリンカーまで加わりどんちゃん騒ぎになった。
特に集会所で最初に出会った巨漢お兄さんが盛り上げ役として暴れまわっていた。
「ねーちゃん、最初はどっかのお嬢ちゃんかと思ってたけど、意外とやるんだな! Aランクなんざそうそう到達できねーぞ。どうだ、腕相撲でもやらねーか? 俺が勝ったらその乳を揉ませてくれ!ガハハハ」
「いいわよ、買ったらあなた全裸で三回まわってワンと吠えてからチンチンして踊りなさい」
「そうこなくっちゃ! チンチンってのが何だかわかんねえが、舐めてると痛い目みるぜ」
テーブルの上で手を組み、臨戦態勢に入った。それを囲むように他の皆が集まりだした。中には私たちの勝負で賭けを始める輩まで。
「ミナが負けるわけ無いだろ。ミナに100ガリル」
リーシャまで賭けるとは……。まあ、負ける気はしないから問題ない。
「リーシャ、私に1000賭けなさい」
つい乗せられてしまった。それくらい気分がいい。これほど騒いだのは久しぶりだ。
場の空気は臨界を突破しそうなまでに盛り上がる
「では! 3! 2! 1! ゴー!」
「フッ!」
開始の合図と同時に、巨漢お兄さんは回転し、テーブルが半分消し飛んだ。
一瞬場が静まり返り、沈黙が流れた。しかし直後大きな歓声が響き渡った。
「流石ミナだ! 5000ガリルも勝った!」
一日の生活費がだいたい200ガリルだから、5000ガリルは十分な儲けだ。
「じゃあここにいる皆に一杯奢るわ」
歓声はより大きくなり、平衡感覚を失うほどの声が充満した。
同時に私の名声もうなぎ登りだろう。実に気分がいい。
――いつの間にか夜も更け、大いに騒いだ私たちは、先に集会所を後にして宿に戻った。
「いやー、楽しかったなー。それにしてもミナがなんなにはしゃぐのは初めてみた。いっつも高飛車な振る舞いをしているから、こういうのは嫌いなんだと思ってたよ」
「別に嫌いではないわ。機会が無かっただけで」
なにせ中途半端に知識を持ってミイラから蘇生。だけど記憶は無し。そんな状態でよくわからない世界で生きていく事になった。そんな状況で落ち着いてはしゃげるかというと難しい話だ。
しかし、今ではこの世界にも慣れ、さらには高度な情報へのアクセスも可能となった(今はできないけど)。これで少しは状況が好転したと言えるだろう。
「ところでミナ、前から疑問に思っていたんだけど、いいかな」
改まってどうしたのだろう。前からということはその疑問は何かしらの感情として蓄積されていたのでは。まさかストレス。ブラック企業ならぬブラック主!?
「ミナってたまに人が変わるよな。いや、なんて言うか、うーん。うまい表現ができないけど、口調が安定しないというか性格とかもちぐはぐな感じがするというか」
「感覚的なものだけど、自分の中にいくつも命がある感覚はあるわね」
「つまり、色んな人の人格が混ざり合っているってこと?」
「人格……、ではないと思うけど。安心して、あくまでも表面的なものであって、内面的に多重人格というわけではないはずだから」
こればかりは無意識に出てしまうから仕方がない。意識すれば安定させられるだろうが、常にそんな事をしていれば他に気が回らない。
「なんだか面倒くさそうだなあ。でもそれって私もなる可能性があるってことか? うえ」
露骨に嫌そうな顔をされたが、こればかりはどうしようもない。そもそも子であるリーシャまで同じ症状がでるかもわからないので、断言もできない。
「大丈夫よ、実害はないし。それにわざわざ血を吸う機会なんてあまりないわよ。あんなの不味いだけだし。口にしないに越したことはないわ」
「それもそう―― おわ!」
リーシャが突然大声を上げてを浮かべた。
「なになになに、なんだこれ、突然なんか出た」
一体何事だ。私は何も出ない。案の定出ない。リーシャだけずるい。
「どうしたの?」
「えっと、急に情報インターフェースが出てきて……。どやら依頼みたいだ……Sランク!?」
「Sランクなんて存在したの?」
「ああ、噂程度には聞いたことがある。通常の方法では知ることも受けることもできないって」
あの受付嬢からはこのことについて説明受けていない。単純に言い忘れたのだろうか。
「とりあえず読み上げるぞ」
【Aランクリンカーへの緊急依頼。ランクはS。現在王都にて、病が蔓延している。その原因が、下水道にあることが判明した。しかし、我が国は現在、帝国との戦争中により兵の調査派遣が困難な状況だ。そこでリンカー諸君に調査及び可能であれば解決を依頼したい。下水道には以前より魔獣の存在が報告されている、警戒されたし。報酬は可能な限り望みのものを出す。期限はひと月とする。以上。ブラト王国参謀補佐 ダブリス・モーフィス】
これは国からの直接依頼。これまでの依頼はすべからく個人や集落からの依頼だったが、国からの依頼となると規模が違う。また、報酬も金銭や物資ではなく、望みのものとなかなかに太っ腹だ。
唯一懸念すべきは、『病』とい単語だ。凶暴な魔獣とかならばどうということはないが、病ということは目に見えない何かしらの要因が存在している。これがただの感染爆発であれば解決法は提示できるが、菌やウイルスを発生させる魔獣となると未知の存在なので警戒せざるをえない。
「どうする?相手は病原菌撒き散らす魔獣かもしれないわよ。しかも下水道だから汚いでしょうし」
光源も無いだろうが、それは問題ない。私達は夜目が効くため、暗闇でも十分に視認が可能だ。
「汚いのは嫌だけど、こんなチャンスそうないぜ。Aランクの依頼ですら希少なのにSランクだ。上手くいけば遊んで暮らせるかもしれない」
依頼完遂後の事を想像しているのだろう。目が輝いている。
「でもわかってる? 危険度はこれまで以上ということ、私達の身体はほぼ不死身と言っていいけれど、弱点も教えたでしょ」
「永続的な影響」
「そう。その病原菌が解消不可能で永続的に作用した場合、本当の地獄を見るわ」
「うーん、じゃあまずは王都での病を調査して、どういう症状なのかを把握すればいいんじゃないか。それでやばそうなら手を引く。依頼自体は他のリンカーも受けるだろうから、私達が抜けたところで向こうも怒らないだろ」
それもそうだ、まずは情報を集めた上で判断をするべきだろう。
「それじゃあ受けましょうか」
「あいよ。……えっと、王都までだいたい5日もあれば到着するから、それを踏まえて準備しないとな」
「そうね、出発は明日の昼にしましょう。馬車や食料を用意しないといけないだろうし」
私達の現在滞在している街は、諸侯が収めている街で王の直接的影響を受けない。それにリンカーは世界共通の中立組織として存在しているので、徴兵されることもなく、これまで戦争の影響を受けなかった。なので、ここにきてこの国が戦争中であると再認識したのである。
こんな時、情報データベースにアクセスできれば便利なのだが。悔しい限りだ。
「明日も早いし、さっさと寝ましょう。さあおいでリーシャ」
「うええ」
露骨に嫌そうな顔も慣れればどうということない。
初めて一緒に寝てからリーシャを抱いて寝るのが癖になってしまい、それ以降寝る時はいつも一緒だ。
リーシャは寝苦しいからと嫌がるが、私が気に入ってしまったのだ。彼女に拒否権はない。リーシャは柔らかいし、ちっちゃいし、抱いたときの反応も可愛いし、最高なのだ。
以前は嫌がって床で寝ていたのに、最近では嫌な顔をしながらも腕に収まってくれるようになった。次のステップは自分から願い出てくれるようになる、だ。
この関係も悪くない。私の過去を思い出すまでは、この未来を続けていけることを願う。