第5話 駆け出し
翌日、私たちは再び集会所を訪れた。
「では、こちらにお名前と年齢を記入してください」
名前……、名前はどうしようか。自分の名前すら思い出せないんじゃ、この先不便だ。
どうせだしリーシャに付けてもらうのも悪くないかもしれない。
この世界の人間らしい名前ならなんでもいいわけだから、身近な人に付けてもらった方がいいだろう。
「リーシャ、私の名前を今すぐ決めてちょうだい。名前がないと私のことを呼びにくいでしょうし」
「急に言われてもなあ……」
リーシャは周囲を見渡して名前のヒントを探っている様子だ。
そこら辺のものから付けるつもりだろうか。
「じゃあミナでどうだ。短いし呼びやすいだろ」
ミナ(未名)か……。少し安直な気もするが、覚えやすいしまあいいだろう。
「今日から私はミナよ。姓はリーシャから取って、ミナ・アレストにするわ」
同じ姓を名乗ることに抵抗があるのかしかめっ面をこちらに向けてきた。
あと年齢は……、適当でいいか。このまま提出しよう。
「ではしばらくお待ち下さい」
……。
…………。
………………。
「お待たせしました、手を出してください」
言われるがまま手を出すと、受付嬢が紋章の書かれた紙を私の手の甲に貼り付けた。紙を剥がすと、一瞬紋章が浮かび、すぐに消えて見えなくなった。
「そちらの紋章がリンカーの証となり、個人情報でもあります。今後は各地に点在するリンカー集会所でそちらを示して頂ければ依頼の受注などが可能です」
個人情報って、これ腕ごと持っていかれたらどうするんだろう。
それに戦闘で腕が損傷したら読み取れないんじゃ……。
そんな疑問が浮かぶも受付嬢は説明を続ける。
「ただし、各依頼にはランクが設けられており、自らのリンカーランクが対応していなければ受注はできません。依頼をこなせば、功績によりランクは上がっていきます。まず現在はEランクですので、EとDの依頼を受注可能です」
この点は以前リーシャから聞いていたから想定内だ。
に上げていくのは面倒くさそうだが、情報収集のついでと思えばなんとかやる気を出せなくもない。
「説明は以上です。何かご質問はありますか?」
「この紋章、腕に怪我をしたら使えなくなるのかしら」
「紋章はあくまでも一時的に表示されたものですので、生体部位ならばどこからでも認証できます。ご安心ください」
なるほど。紋章は形式的なものでそれほど意味はないようだ。
ようやく説明が終わりいざ依頼受注となるが、私は事前にリーシャから裏技を教えてもらっていた。
【自分より高位のリンカーとなら、高ランクの依頼にも参加が可能】
依頼のランクはあくまでも受注者のランクと対応している。つまり、新参者の初心者でも、高ランクの依頼をこなすことが可能なのだ。
リーシャはBランクなので、依頼はBと一つ上のAが受けられる。
リンカー登録【ミナ・アレスト/19歳】
ようやく手続きが全て完了した。早速依頼を受けてランクを上げていこう。
上位のランクほど、魔獣やこの世界の情勢ニュースなどのより詳細な情報を閲覧できるようになるらしい。この情報を得られるくらいになることが、当面の目的となるだろう。
あとは、リーシャの教育もしよう。読み書きはできるようだが、基本的な思考力が欠如しているように感じる。
「ではリーシャ、手始めに今受けることができる最高難易度の依頼を受注してくれるかしら」
「最高難易度って言ってもAランクなんてそうそう……。あったけど、これ難易度の割に内容が水源調査ってどうみてもおかしい。こういうのはたいていヤバい。無視だ無視」
「それにしましょう。Aの依頼はそれだけなんでしょう?」
「いやでも、以前にもあったんだよ。調査のはずが結局キラービートルを討伐する羽目になった。その時はなんとかなったけど、メンバーがひとり死んだ」
「だから大丈夫だってば。騙されたと思って受注しなさいな」
リーシャはぶつぶつ文句を吐きながら、渋々依頼書をカウンターへ持っていった。
目的は早くランクを上げること。ランクAの依頼は他には無い。
ちまちまとBランクの依頼を受けるより、遥かに効率がいいはずだ。
「取ってきたぞ。本当に大丈夫なんだろうな」
ジト目でこちらを睨みながらリーシャが依頼書を読み上げる。
「えーっと。街の外れにある森の湖の水が最近濁っている。その原因の解明と解決」
解明と”解決”ときた。こういった依頼が来たということは、今までは清浄な湖だったが、ある日から変化があったと考えられる。
原因があるから結果があるのだから、その原因はある程度絞られる。
「では行きましょう」
「おい、もう少し準備とかしないと――」
「これからはちゃんと名前で呼んでね。おいとか、あんたとかでなくミナと呼んで」
今後を共にする以上、名前で呼び合うことは重要なコミュニケーションだ。
「わかったよ……、ミナ。これでいいか」
「上出来」
まだ複雑な気持ちだというのは伝わってくる。
しかし、意外と素直に名前で呼んでくれたということは、少し距離が縮まったということだろうか。この調子で力による強制服従ではなく、人間関係による信頼を気づいていきたい。
「準備はリーシャ、あなたに任さえるわ。だって私は初心者ですもの、何が必要かなんてさっぱり。だからお願い」
「……しょうがないなあ」
リーシャは頼られると断れないタイプかもしれない。まんざらでもなさそうだ。
「準備が整ったら出発しましょう」
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その後、私たちは地獄を見た。