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血濡れた遺産と少女の手  作者: 御湖面亭
第1章
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第11話 依頼報告

「戻ったわよリーシャ、元気?」


 ひらひらと小さく手を振りながら、リーシャの収容されている救護室へ入った。


「元気? この姿を見てよく言えたな」


 吐血が止まらないのか、そこら中に血溜まりができている。顔は蒼白、呼吸も弱々しい。


「大丈夫よ、死にゃあしないわ。ドクターはいないの?」

「先生なら本部にいるよ」

「そう、色々報告したいことがあったのだけど……」

「これ、一度死ねば治るんじゃないか?」


 ありがちな考えだが、そんなに便利な仕組みにはなっていない。風邪だろうが、インフルエンザだろうが、病原体が残っている以上死んでも意味はない。


「無理よ、仮にできたとしてもこの機会を有効活用しない手はないわ」

「有効活用ってなんだ――ゲボ」

「汚いわねえ、吐血するならあっち向いて吐きなさいよ」

「無茶苦茶だ……」

「有効活用がどういうことかって言うと、あなた抗体を持っていなさすぎるのよ。私は既に多くの抗体を持っているから、そこらの病気には罹らないけど、あなたは一発で罹るわ。だから今のうちに抗体を作っておくのよ」

「今の体調に難しい話は堪えるなあ……」

「簡単に言うと、次同じような目に合わないように、ちゃんと治しなさいってこと」


 この体は便利なようで微妙に不便なのだ。リーシャのように免疫を持たない状態だと、死ねない分苦痛だけが続く。だからそのうち痛みを始め多くの免疫を持つことができるのだが、こればかりは経験を積むしかない。


「じゃあちょっとドクターに会ってくるから、ちゃんと治しなさいよ。あとこれ御見舞。血が足りないでしょ」


 生き物の内蔵肉をどさりと置いた。これを食べているうちは干からびることはないだろう。何の肉かは言わないでおく。


 救護室を後にし、リッケンバッカーのいる本部へ向かった。一応問題を解決したことを伝えておいた方がいいだろうから。


「ドクター、戻ったわ」


 本部のドアを叩くと、リッケンバッカーが顔だけを出し中へ招いた。


「どうでしたか、何かわかりましたか」

「わかったっていうか解決したわよ」

「は? まだ出ていってからほんの数時間しかたっていませんが」


 リッケンバッカーから疑いの眼差しを向けられる。

 確かにスピード解決感はあった。費やした時間の殆どが、あの迷路のような地下水路の攻略だったのだから。


「解決してしまったものは仕方ないでしょ。あとこれ、お土産」


 机の上に取り出したのは、似非司祭の使っていた魔具だ。奴と子供が失踪した以上、これが唯一の証拠となっている。


「これは……」

「恐らく魔具よ、水質管理室にいた似非司祭が使っていたの」

「似非司祭……、まさか狂司祭アントン・ドロフチョフですか!?」

「あら、彼って有名人なの?」

「天帝五聖人の一人です。奴の行う工作には度々煮え湯を飲まされてきました。それを倒したと……?」

「倒したけど消えちゃったわ」

「はんっ、面白いことをおっしゃる」


 鼻で笑われた。信憑性がないから当たり前ではあるが。

 そんなことよりも天帝五聖人が意外と面割れている事に驚いた。この世界の情報管理力は結構緩いのではないかと思いつつある。工作員の素性が割れているのは色々と駄目ではないだろうか。仮に魔法で瞬間移動的なことできるとしても。そもそもあんな独特の格好をしている時点で個性が強すぎる。似非司祭=アントン・ドロフチョフが成り立つ時点でもう工作員失格だ。


「で、これが魔具である証拠は?」

「使ってみればいいじゃない」

「あいにく私はそれほど魔力をもちませんので」

「使える人いないの? 王都なんだから使える人材なんて沢山いるでしょう」

「……そういえば彼が来ていたはず。少々お待ちを」


 珍しくリッケンバッカーが本部から出ていった。魔法師の知り合いでも来ていたのだろうか。


 今のうちにあのよくわからない自分の能力の検証をしておこう。

 ここへ来る途中にも少し調べたが、現在判明しているのは、物体や魔力の加速と停滞だ。


 具体的には、ある物体をその座標に固定しておくことができる。そしてその物体の移動速度を加速することもできる。

 加速度限界値はまだわからないがそのうち掴むだろう。固定時間は30分程度、それ以上は不安定になる。ただし、生物にはこの能力は適用できない。

 

 さて、ここで検証できる事と言えば決まっている。病の進行の加速と停滞だ。幸いサンプルが多く用意されているので、勝手に拝借して実験に使わせてもらおう。

 サンプルは天然痘。感染したマウスの丘疹きゅうしん増加の加速度合いを調べる。


 マウスに右手をかざし力を込める。するとみるみるうちにマウスは丘疹だらけのグロテスクな見た目になった。正直ここまでキモくなるとは思っていなかった。すかさず停滞の能力を発動する。


 天然痘のような菌は生物の筈だが、それでも加速できたのはなぜだろうか。加速したのは『病状』なのか『菌』なのかこれまでの法則に則るなら前者が近いが、一応どちらも生物のカテゴリに入る。他のサンプルが必要だ。できれば人間が――


 と、ここでドクターの戻ってくる気配がしたので片付ける。あとでバレるかもしれないが、その時はその時だ。


「戻りました。こちら友人のフレディ・ウェンスキーです。彼が魔具か証明してくれることでしょう」

「お初です。フレディです。よろしゅう」


 ドクターの後ろからひょっこりと出てきたのは、どう見ても10代やそこらの男の子だ。

 小柄な体型に目元が隠れるくらい無造作に伸ばした髪、その隙間から除く眼は、まるで死んだ魚のようだ。


「ドクターは年齢に分け隔てない交友関係を持っているのね、素晴らしいわ」

「あーちゃうちゃう、お嬢ちゃん、ワイはこれでも43や。ほんま見た目で判断されるから毎度困るわ」


 これで43のおっさんかと思うと、もはや何かの呪いかと思わずにはいられない。


「えっと、ミスターフレディ。あなたは魔法師なの?」

「なんや、いきなり本題かいな。もうちょい自己紹介させてえな」


 面倒くさそうな男なのでさっさと本題へ移りたいのだが。話し方からして胡散臭いというかなんというか。


「ワイはこれでもリックと同じ王直属機関の者なんやで。リックは医療部、ワイは尋問部や。尋問言うても痛いこととかせえへんで、ゆっくり茶でも飲みながらお話するだけや。なあんも恐くあらへんで。あ、リックってのはこのおっさんのあだ名や」


 尋問部とはリッケンバッカーもなかなか強烈な友人を持っているものだ。二人で尋問、治療、尋問、治療の無限ループが完成するではないか。お茶をゆっくり永遠に飲まされ続ければ誰だろうと初恋の相手から国家機密まで洗いざらい吐いてしまうだろう。恐ろしいコンビだ。


「ミスターフレディ――」

「そんな堅っ苦しい呼び方せんでええよ。気軽にフレちゃんて呼んで」


 語尾にハートマークが付きそうな言い方を放ち、軽く虫酸が走る。見た目が少年なだけに、よけい気持ち悪く見える。


「あー、フレちゃん」

「なあに?」


 鳥肌が立つほどの気持ち悪さだ


「この後に予定があるから、できればさっさと魔具の確認をしてもらいたいのだけど」

「いけずやなー。しゃあないなあ。ちょいと待ってんか」


 気色悪い喋り方と見た目のギャップのせいで、何発か殴りかかりそうになったが堪えた。


「ていうかこれ見たまんま魔具やけどね。ごっつ魔力溢れ出とるよ。ようこんなん持ってきよったな、ごっつレアやで」


 ひと目で魔具と見抜く眼力は実力の現れなのか、それとも魔法師は全員わかるのか。


「とにかく、これで証明できたわけね」

「信じぬわけには、いきませんね」


 さすがのリッケンバッカー医師も信頼を寄せる友人の証言は信じざるをえないようだ。


「だとすれば凄まじい功績ですよ。この事を王が聞けば、さぞ喜ばれることでしょう」

「どのみち今回の依頼を参謀部に報告しないといけないから、その時にでもついでに報告するわ」

「いやいや、事の重大性をわかっておられますかな? 魔具は戦術的に非常に重要な代物であり、天帝五聖人の一人なんて戦略級に当たります。早急に報告するべきだと思いますが」

「わかったわよ。でも正式に依頼を受けたのはリーシャであって私じゃないから、あの子の回復を待たないと」

「ほんじゃあワイの方から報告しとくわ。ついでに魔具も研究部の方へまわしとくさかい」

「あら、気が利くのね。それじゃお願いするわ」


 依頼の報告から似非司祭や魔具の事についても全て報告してくれるらしく、手間が省ける。ついでに報酬も持ってきてくれるとありがたいのだが。


 そうだ、報酬を何にするか決めないと。色々あるが、やはりアレだろうか。今回は殆ど私一人で解決したが、リーシャの願いも聞いてあげよう。


「さて、私はそろそろリーシャの所へ戻る事にするわ。フレちゃん、報告の方よろしく」

「まかしといてんか。それはそうと、嬢ちゃん、今度飯でも一緒にいかんか? 奢るで」

「それじゃ」


 後ろの方で「無視せんといてー」と喚いている子供おっさんを無視し、リーシャの所へ向かう。


 救護区画の中は、なんというかいつも灰色な雰囲気に包まれており、気が重くなる。あまり長居したいとは思えない場所だ。しかしリーシャが寝込んでいる以上、しばらくは滞在を余儀なくされるだろう。


 などと考えながらリーシャの病棟へ向かっていると、突如黒い霧に包まれた。


「こぉんにぃちわぁ」

 霧の奥から道化師の格好をした人間が歩いてきた。


「君がアントンを倒したお嬢さんだね? 話に聞いていたよりずっと弱そうじゃないかい。まぁ実力はわかってるから見た目なんてどうでもいいんだけどねぇ」

「あら、誰かしら。私これでも知り合いは少ない方なのだけど」

「おっと失礼。僕はギリアル。よろしく、お嬢さん。これでも天帝五聖人の一角を担っている者さ」

「また天帝五聖人? そんな簡単にこの国に入れるわけ?」

「それは秘密さ。でも安心して、この空間は物理的干渉ができないから、僕も君もお互いに手出しできない。じゃあ何をしに来たかって言うと、君をスカウトしに来たのさ」

「あら、待遇は?」

「……意外とあっさりしていて拍子抜けしたよ。待遇はそうだね、天帝五聖人に空きができたからそこに入ってもらおう。我が国での生活は衣食住、なんら不自由はさせない。君が今どんな生活をしているのかは知らないけれど、どこにも属していないんだろう? それなら二つ返事で了承してくれると信じているよ」


 これは少し意外だ。まさか向こうからスカウトに来るとは思っても見なかった。てっきり似非司祭の意趣返しかと踏んでいたのだが。


「んー、お断りするわ」

「ほ? なぜ? 天帝五聖人ともなれば我が祖国において最上位の称号と待遇を得ることができるのに」

「だって、天帝五聖人って名前がダサすぎるんですもの」

「ダ、ダサ!?」

「ダサいのよ、何が聖人よ、あんな似非司祭の人格破綻者のどこが聖人なのよ。そんなのばっかりなんでしょ。そんな仲良しクラブに参加するくらいなら、広場で老人と太極拳でもしていた方が遥かにマシだわ」

「訳のわからないことを……いいよ、後で後悔することになるからね」

「後悔も何も、そのだっさい名前を何とかしてくれたらいいっていう簡単な話なのに」

「一応忠告しておこうかな。この国、もう少しで滅んじゃうから。じゃあね、お嬢さん」


 ギリアルはクスクスと笑い声を響かせながら霧とともに消えていった。


「人の話を聞けないのかしら。でも天帝五聖人の一人「ミナ」とか言われるのだけは死んでも御免ね。恥ずかしすぎて死にたくなるわ。」


 うまい具合に土産話ができたところで、再びリーシャのいる救護室へ向かった。

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