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二章 C

 水色の、殆ど透明に近い薄い翅。その翅をピクピクと小さく動かして、妖精たちは羽ばたきもせずに優雅に泉の上を飛んでいた。

 手のひらに収まりそうなほどに小さな体躯。すらりとした、人であれば誰もが美しいと褒め称えるスタイル。霧に染められたかのような、短く切られた白い髪と、白い瞳。まるで人形のような美しさだが、人形にはない生気がほんのりと感じられる。服は、白と半透明の不思議な布地を組み合わせて作られた、かなり露出の多いワンピースを着ていた。

 何人いるか、咄嗟には分からない。さほど大きな泉ではないので、時間をかければ把握できるだろうが――少なくとも、二十は軽く超えていた。霧に隠れていない場所だけでそれだけ見えるのだから、実際は倍では利かない数がいるに違いない。

 そんな大勢の妖精たちの中心には、一人だけ、姿の違う少女がいた。

 翅は半透明でこそあるが、ほとんど背後の風景が透けて見えるほど薄い他の妖精たちとは異なり、その翅からはうっすらとしか背後が見通せず、水色が濃かった。優雅に揺れる髪はその背丈よりも長く、素足の少し下で毛先がゆらり、ゆらりと揺れていた。

 服も少しだけ違っていて、端々に赤い糸で施された刺繍があった。そして何よりも特徴的なのは、頭に被っている帽子だ。

 小さくはあれど、それは王冠だった。

 ずれ落ちそうな角度で、小さな王冠を頭に被っている妖精が、小さく口を開ける。

「稀人来たれり。――レコ様の客人ね、歓迎するわ」

 王冠を被っていた妖精が微笑む。

「レコ様?」

「あなたを拾った当代の巫女様のことですよ。それ以上は、本人に聞いてください。私達が勝手に話していいことでもないでしょうし」

「かつて未来が視えていた――という話なら、されたけど」

 俺がそう言うと、妖精は口元に手を当て、意味深な笑みを浮かべた。

「その様子だと、あなたは信じていないみたいですね。半信半疑、といった塩梅でしょうか? 私から申し上げるべき言葉は、特にありません。こういったことは、何事も本人から伺うべきでしょう」

 それでこの話を打ち切り、妖精はふうっ、と息を吐いて滑らかに宙を滑り、自分の眼前にまでやって来た。

「あなた、お名前は?」

 翅が揺れる。吸い込まれるような真っ白の瞳に見つめられ、ぼそりと名乗る。

「……冬野、景」

「そう、景。変わった名前ですね。ここで私も名乗るべきなんでしょうが、私達に名はありません。私のことは、好きに名付けて呼んでください」

 そう言って、妖精は目を閉じた。名付けろ、ということだろうか。

 初めての人から、初めてのお願い。……人に名をつけた経験など勿論なく、正直かなり困惑したが、何とか名前を考えてみようと試みる。

 妖精。王。白。

「……ティアート、とかどう?」

「どういう意味ですか?」

「前いたとこの妖精の女王の名前に、白を意味する言葉を繋げてみた。とっても綺麗な白だから」

 ティターニア、ホワイト。合わせてティアート。……ネーミングセンスにはそれほど自信がないが、そこまで酷くもない……と、思う。

 妖精の女王、いや、ティアートが一瞬驚いたような顔をして、それから、蕩けるような笑みを浮かべた。

「フフ.。……この忌み嫌われた白を、美しいと言いますか。生まれてきて初めて、この色で生まれたことを嬉しく思います」

 心底嬉しそうな顔で、ティアートはくるくると宙を舞った。髪と服の裾が左右に広がる。両手を広げて笑いながら、何度もティアート、ティアート、と呟いた。

「……あの」

「あっ。そうでした、ごめんなさい、はしゃぎすぎましたね」

 舞うのを止めて、ティアートが詫びる。

「いえ、俺なんかの名付けた名前で、そこまで喜んでくれるとこっちも嬉しいです」

「それならよかった」

 ほっとした顔で、ティアートが笑う。それから、

「ここにいるということは、あなたの目的地は森の町、クラムフォレストですね? そこに行くまでの道を尋ねたいんでしょう? クラムフォレストへは……」

 喋りながら指で方向を指し示そうとして……ティアートは、あら、と言って小首を傾げた。

「景は魔法もなしに森を行こうとしているんですか? できなくはありませんが、ちょっと危険だと思いますよ」

「魔法?」

「ええ。――知らないのですか? 名前のお礼です、簡単な魔法でよければ、教えましょうか?」

 やった、と、心の内で小さくガッツポーズを取る。

 魔法、まさにファンタジーの醍醐味。なんてステキな響きだ。

「フフ」

 そんな俺を見て、ティアートもうれしそうに笑う。

「女王」

 そこで、ティアートが何かを言おうとしたとき、背後に控えていた別の妖精が、ティアートの近くにまで寄って耳打ちした。

「あ、そうか……失念していました。今の人族は、別のところから魔力を集めて持ってこないと、自力では魔法を使えないんでしたよね?」

 確認するように問われるが、あいにく俺にはわからない。あいまいな態度でとぼけておくと、それを肯定と受け取ったらしい。別の妖精たちが二人がかりでしずしずと、ジャム瓶ほどの大きさの瓶を持ってきて、俺に渡してくれた。

「そこの泉から汲んで持って行ってください。この泉には、この地に永く暮らしている我らの魔力が染みついています。水だけでも、簡単な魔術を何度か使えるくらいの魔力にはなると思います」

 言われるがままに、瓶のふたを開けて水を汲んだ。

 ふたを閉め、タプタプと揺れる水を眺める。……別に、変わったところは見えない。一見、ただの水に見えた。

「時間も限られていますし、今回は遠見の魔術だけ教えますね。本来は遠くを見るための魔術なんですが、その応用で、霧の中でもそれなりに広い視野を持つことができるようになります。濃霧でなければ、の話ですけど」

「それはありがたいな」

 この世界に来てまだ数日だが、霧は薄くなりはしても、決して消えはしない。霧の中だと、森や荒野を歩くのにひどく苦労する。

 覚えたら、とても助かるだろう。ただ、ふと疑問に思った。遠見の魔術とやらは確かに便利そうな術だが、自分がイメージする魔術とはかなり違っている。

「魔術って、例えば火を出したりとか、氷の雨を降らせるようなやつじゃないのか?」

 そう言うと、まぁ、とティアートは目を丸くし、それからクスクスと笑った。

「この世に魔力が満ち溢れていた古の時代には、そうしたものも使われたようですね。今では非効率で、誰もしませんよ、そんなこと。モンスターを狩るにしても、貴重な魔力を使ってそんなことをするより、身体強化や補助魔法に魔力を割くのが一般的かと」

 そこまで言って、寂しそうに目を伏せた。

「――今は、真白き終わりの時代ですから」

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