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一章 C

 そこは書斎だった。窓のある箇所を除き、三方を本棚で囲まれている。

 窓はしっかりと鍵がかけられ、カーテンも閉められていた。

「意味不明な文字が書かれているけど……やっぱ、読めるな」

 アルファベットと漢字を足して2で割ったような見た目の文字だ。ざっと見た限り種類は少ないから、表音文字だろう。

 本棚以外には、毛布がかけられたロッキングチェアが一つと、その横にメモ帳や万年筆が置かれた小さな机があった。

 キッチンにあった家具と同様に、シンプルな素材そのままの椅子と無地のメモ帳だが、唯一万年筆だけは、装飾も凝っていて高級そうだった。

 鮮やかな光を放つ青い肌。――確か、前世で一度、曾祖父の部屋に入った時に見たことがある。螺鈿細工とか言うやつだ。退職祝いに買った、高級品だと聞かされた気がする。

 相当年季の入った万年筆で、愛用していったいどれだけの月日が経っているのか、想像もつかなかった。

「物持ちがいいんだな」

 そっと万年筆を置き、ランプを掲げて本棚に目を通す。

 多少のばらつきはあるが、概ねジャンルごとにきちんと分類されている。……こちらも、年季の入った本が多かった。

「異世界のファンタジー小説か……興味があるな」

 後、漫画らしきものも幾つかある。それも読んでみたいが、今読むべき本じゃないだろう。優先すべきなのは、少しでもこの世界のことが分かる本だ。

「新聞でもあれば一番良かったんだけどな……」

 あいにく、ここに新聞はない。ざっと本棚を見渡し、何かこの世界の手掛かりになりそうな本はないかと探したが……あまり、芳しい成果は得られなかった。

 どうにも、この本棚は娯楽目的の小説が幅を利かせ過ぎている。まるで、前世にあった俺の本棚のようだ。あれも、漫画とラノベばかりだった。積み本が山積みされていないだけ、こちらの本棚の方がマシではあるが。

 それでも、数少ない物語以外の本の中から有用そうなのを選び出し、それを手に取ってロッキングチェアに座った。

『魔王伝承の事実究明 最新版 ~魔王が奪った宝玉とは、生物だった!? ロット博士の新理論~』

『これで完璧! マナー、礼儀作法四十八手!』

『図解 魔導理論 古代エルファート王国編』

 ……なんとも庶民的というか、前世でよく見かけた、ありふれたタイトルのつけ方だ。~最新版、とか、これで完璧! とか、本当によく見かける。

 とりあえず、まずは魔導理論の本を手に取った。

「やっぱりあったか、魔法」

 ちょっとワクワクする。ゴクリ、と唾をのみ、本を開いた。

「――ダメだこりゃ」

 そして、ものの五分で本を閉じた。

 図解、という言葉通り、意味不明の図が各ページに書かれ、わけのわからない理屈がどのページにもこねこねとこねられ、綴られている。

 分からん。意味不明だ。

 算数も分かっていないのに、微分積分を教えられている気分になる。

 他の二冊ならまだ楽しめるかもしれない。……が、今読むのはやめておくことにした。

「……そろそろ、眠くなってきたな」

 大きなあくびをして、隣の部屋に向かう。

 書斎の隣。この家に残された最後の部屋は、寝室だ。

 カーテンが閉められた、しっかりと鍵のかけられた窓。

 無〇良品辺りで売っていそうな、シンプルなベット。

 その隣には、ベットに寝そべったらちょうどいいくらいの大きさの、小さな木棚があって、上には空のコップとコルクで蓋がされた瓶が置かれていた。

「中身はなんだ?」

 コルクを抜くと、ポン、と音が鳴り、甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

「たぶん化粧だな、これは」

 一個だけというのは、前世で見た伯母の化粧台と比較すると、少なすぎるような気がするが、きっと文明水準、ないし生活水準の違いだろう。こんな荒野の一軒家では、化粧瓶を幾つもそろえるのは難しいのだ。

「……にしても、コレがあるってことは」

 甘い香りの化粧瓶があるということは、十中八九、この家の持ち主は女の子のようだ。

「この部屋の家具は、後はこれだけか」

 大きめの木棚が一つ、壁際の隅にぽつんとある。

「…………」

 これまで一つもなかったし、あれはきっと衣装箪笥だ。中にはきっと、女物の服が入っている。


 ……無論、下着類も入っているだろう。


『バレやしねぇ。こっちの世界の情報は一つでも欲しいんだ。何かあるかもしれないぞ? 漁れ漁れ』

『それはだめです。人として、よくないことです』

 脳内で俺の悪魔(本心)と天使(本心)がぶつかりあい、喧嘩を始めた。

『自分がされて嫌なことを、人にしてはいけません。自分の下着を女性に漁られていたら、嫌でしょう?』

『いや、別に? ……寧ろ、アリだな』

 悪魔(本心)がにやりと笑う。

「『『……』』」

 今回は、悪魔が勝った。

 引き出しを開ける。

 ――女ものの、下着の群れ。

 ピンク、ストライプ、黒、白。色とりどり、選り取り見取り。シンプルな機能性重視のものから、きわどいものまで、多種多様なデザインの下着が、きちんと整理整頓されて収まった、引き出しの中。

「……ハッ!」

 いまさら遅いが我に返り、慌てて引き出しを閉めた。

「あー、危なかったー」

 額の汗をぬぐう。いや、完全にアウトだったけどな? と心の中で天使(敵)が突っ込んできたが、俺(悪魔)は無視した。

 引き出しを元に戻し、何だか申し訳なくなったので、それ以上その棚を漁るのはやめた。

 代わりに、布団の上に放置されていた手鏡を手に取った。

「実は、ちょっと違和感があったんだよな」

 前世の頃と比較して、視界がちょっと高い。それと、時折ちらちらと視界に入る髪の色が黒ではなく、白だった。

 手鏡を見る。

 見たことのない顔が、鏡の向こう側からこちらを見つめていた。

 男にしては長めの髪で、それは白く。この世界の霧に、そのまま染められたかのような白だった。瞳も白で、顔立ちはこの世界の美的感覚が分からないから何とも言えないが、前世の感覚だと悪くはなかった。少なくとも、以前の顔よりはイケメンだと思う。

「見事に、白ばっかりだな」

 来ている服もそうだ。

 ごわごわとした素材の白っぽい布地に、茶色の糸で縫われたシャツとズボン。今は脱いでいる靴も、靴底は普通のゴムのようだったが、それ以外は、同じようなざらざらとした触り心地の白い布で覆われていた。

「一度死んだから、真っ新なところからスタートする……というギャグか?」

 別にいいけど、汚れたとき面倒だな。

「……この家の探索は、まぁこれくらいか」

 風呂とトイレがどこにもなかったのが気になるが、きっと、近くに別の小屋があるのだろう。

「ホー、ホー」

 突然、フクロウの鳴き声が聞こえてきた。壁が薄いから、外の音がよく響くのだ。

「どうやら、こっちの世界にもフクロウはいるらしいな」

 チラッとカーテンをめくって窓の外を見ると、真っ暗な夜の世界に、小さな光が幾つか見えた。

 どうやらこの世界にも、月と星はあるらしい。

「……そろそろ寝るか」

 女性のものと分かった以上、無断でベットを借りるのはなんだか気が引けた。

「でもこの床では、あんまり寝たくないんだよなぁ」

 さっきからだんだん寒くなってきた。今の季節がいつなのか、そもそもここに季節があるのかどうかすら分からないが、間違いなく夏ではない。冷気が、床下から押し寄せてきていた。床に寝転がって寝れば、翌朝には間違いなく風邪をひいているだろう。

「どうしたものかなぁ」

 頭の中で、再び天使と悪魔が喧嘩を始める。――そんな時だった。

 ギィィ、と、音を立てて。玄関の扉が開いたのは。

 この家の持ち主が、意を決して突入してきたのだろう。

「誰だ?」

 違う。そんなことを聞くべきじゃない。まず、謝罪から入るべきだ。

 混乱した頭で、振り向きながらランプをかざす。

「……?」

 誰もいない。ランプの明かりの先に、人影はない。

 だが、確かに玄関の扉は開いていた。

 死角に隠れているのだろうか。

「出てきてくれないか? 俺は話し合いたいだけなんだ」

 人の家をさんざん物色しておいて、虫のいいことだ。……我ながらそう思ったが、そう言うしかなかった。

 ランプを持っていない方の手を広げ、武器を持っていないことを伝える。

 返事は、ない。

「なぁ――……」

 歩み寄ろうとして、ひた、と立ち止まった。

 なぜ立ち止まったのか、それを説明することは難しい。

 自分の意志ではない。体が勝手にそうしたのだ、というのが一番正しい。

 殺気を感じる。

 本能が、それ以上の接近を止めさせたのだ。

「うぁ……」

 声にならない音が喉から漏れ、思わず一歩、後ろに下がる。そのときだった。

 部屋と部屋との境。壁の後ろという死角から、少女が一人が飛び出した。

 煌めくものが二つ。

 ランプの光を反射して、走るのに合わせて滑らかに、ほぼ水平に宙を駆ける隻眼と。

 そして、その手に握られた一本のナイフ。

 ……そう言えば昼に食べたボンレスハム、紐が邪魔で、食べるのに苦労したっけな。

 ボンレスハムの紐を切るナイフが、あの場にはなかった。彼女が俺を見つけた時、警戒して、武器にするために咄嗟に持って行ったから、なかったのだ。

 今更、そのことに気付く。彼女は、武器を持っていたのだ。

 ……扉、開けておくんじゃなかったな。

 後悔しても、もう遅い。

 不完全な態勢で一歩下がっていたことが功を奏し、迫るナイフを避けるべく重心を後ろに下げた結果、体はバランスを崩して後ろに――ベットの上に倒れ、ナイフは空を切った。

「……っ!」

 慌てて起き上がろうとするが、少女に肩を強打され、再び寝転がされる。彼女の膝が片方だけベットの上に乗り、ナイフが高く振り上げられる。

 もう駄目だ、死んでしまう。

 ――そう、思ったが。

 振り上げられたナイフが、止まった。

「……冬野、景?」

 驚いた顔で、彼女は確かに。――俺の名を呼んだ。

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