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第8話 元フリーター、国創りを頑張ると決めた日

翌朝……


この日もエベリナさんと美女軍団が朝食の準備をしてくれた。


昨日見た裏路地の光景が頭をよぎり、豪華な食事に少しためらいを感じたけど、残したところで残飯として捨てられるのだと思えば食べるしかなかったから、飲み込むように皿の上の料理を胃に流し込んだ。


そして今は戴冠式の打ち合わせを行っているところだ。三魔将の3人と会議室で式次第を確認している。ザリオスくんはボロボロっぽいけど、雰囲気は今までで一番明るかった。


「……という流れですので、このタイミングで皆に陛下の魔王覇気をお示しになってください」


ストラスが細かく手順を説明してくれる。 


「あ……はい」


しかし……うーん……気持ちが晴れないままだから話が全然入ってこない……


「陛下……朝から調子がよろしくないようですが……どこかお具合が……?」


「あ……いえ……そういうわけでは」


エベリナさんにまで心配をかけてしまっている。


これじゃだめだな。 


「あの……教えてほしいんですが、この国の身分制度とかってどうなってるんですか?」


「……陛下こそが至高でございます」


ストラスが答えると他の二人も頷いてみせた。


「あ……いや……そういうことではなくて……思えば俺はこの国のことを全然知らないのに魔王になろうとしてるんですよね……」


昨日からずっと頭の中でもやもやしていることをついに口に出した。


「……なるほど。先ほどからどこか上の空だったのは、それをお考えになっていたからなのですね」


「はい……すいません……」


「いえ……私たちこそ陛下に何も説明しておらず大変失礼いたしました。身分制度ですが……言うまでもなく陛下が我らの頂点でございます。その下には貴族・士族・平民・奴隷と続きます。もし陛下が将来的に妻を娶られれば、新しく王族が出来ますのでその場合は貴族より上位に位置づけられます」


やっぱり奴隷というのは公式に存在するようだ。そして、それよりも……


「先王に家族は……その……王族はいなかったんですか?」


「……おりましたわ。ですが、先王が自らの手で殺めてしまわれたのです」


「なっ…!?」


あまりのことに言葉を失ってしまった。


「ときには怒りの腹いせに、そして時には謀反の疑いあり、と……」


しかしそれでも魔王の治めるこの国では強者が絶対的な正義なのだそうだ。


だから当然裁判などない。


「かと言って、弱い者が国外に逃げ出したところで生きていくことはできません」


そうだ。

ゴブリンもアンデッドも、人族の特にプレーヤーから見たらただの討伐対象でしかない。

俺だってこんな事になっていなければ、ゴブリンの集団を見つけた時点で襲いかかっていただろうし、恐らくなんの痛痒も感じなかったはずだ。


「そうですよね……」


それが普通のはずなんだけど……どうにも気持ち悪かった。


………

……


そして戴冠式が始まった。


ストラスの仕切りで式は淡々と進んでいく。


今は国の貴族や割と力のある平民が一人ひとり俺の前にやってきて貢物と祝いの言葉を述べている。


貢物は黄金や宝石……それに希少な竜の鱗など、価値にして数百から数千万ゴールドにもなりそうだ。


そして貴族たちは皆同じような言葉で俺を讃えたが、俺は事前にストラスたちと打ち合わせたとおり、特に何も言わずただ黙って頷くだけだ。


そして長かった挨拶の列もついになくなり、一番最後にひときわ華美な衣装を身にまとう、見るからに腹黒そうなオーガの男が俺の前に現れた。


こいつの話を聞いたら次は宣言とやらを出さなきゃいけない……はぁ……何話そうか……


「ダブルムーン陛下、この度はおめでとうございます。わたしはグレゴルと申します。身分は卑しい平民ではございますが、陛下に永遠の忠誠をお誓いします」


平民にしてはそのへんの貴族よりも良いものを着ているようだけど……


「それで……この度は陛下の就任を祝いましてほんの気持ちですが貢物をご用意してございます……」


グレゴルは下卑た笑みを浮かべてそう言うが、何かが出てくる様子はない。


「その……少しばかり大掛かりでしてこちらまでお持ちすることは出来ませんでしたが、中庭に集めてございます」


それまで黙って頷いていただけの俺だったが何か嫌な予感がして玉座から立ち上がり、中庭に面した窓から下を見下ろした。


「これはっ……!?」


中庭にはきれいに整列させられた大勢のゴブリン、そして様々な種の獣人……皆が首輪で繋がれている。


「グッフフフ……お気に召していただけましたかな?陛下の御即位を祝して集めた奴隷の詰め合わせ、その数100匹にございます!」


グレゴルの声が式場に響き渡ると他の者からも驚きの声が上がった。


「グフフ……煮るなり焼くなりお好きになさっていただいて結構でございますぞ。なにせ全ては陛下の所有物!殺すも犯すも陛下の御心のままに!」


コツコツコツコツ……


俺は黙ってグレゴルのいる場所まで歩いた。

怒りの感情が増幅し、もはや自制が効かないところまで来ていた。


「グフフ……礼には及びませぬぞ。あぁ、そうでした。一つ進言させていただくならば、獣人のメスはただ殺してはもったいのうございます。どうせ殺すなら死ぬまで犯すのが宜しゅうございますぞ」


このオーガはただの『討伐対象』だ。


「………殺すも……犯すも……御心のままに、だと?」


「ええ!その通りです!あれらは全て陛下の『もの』でございます!お好きなようになさいませ。グフフ……おすすめはあの長い耳の獣人!あれは少し脅かせばそれはそれは良い声で鳴きま…ひぃっ…ブベッ!?」


俺はグレゴルの前に立つと、顔の高さまで飛び上がり怒りに任せて顔面を蹴り上げた。


グレゴルの頭部だけが真上に吹き飛び、天井にぐしゃりとへばりつく。そして身体は首から大量の血を吹きながら後ろ向きに倒れた。


式場に集まった貴族たちは言葉も発せずただ目を見開いている。


「どういう国にしたいか……今決まったよ」


「俺は……この国を……皆が自由に、自分らしく生きられる国にする!……良いか?『皆が』だ 。金輪際、力による支配は認めない。みんなでそれを目指してもらう。異論はあるか?あるなら手を挙げろ、話を聞く」


未だに固まっている貴族たちを見渡すが誰も何も言わなかった。


「なら、これが俺の宣言だ。外のゴブリンたちは全員解放するし、必要があれば故郷に送り届けてやってほしい」


そう言い放って俺は式場を出た。



「………」


紅魔王ダブルムーンが式場を出たあともしばらくは誰も口を開くことができなかった。


「ゴホッ……何という覇気か……」


ザリオスがやっと口を開いたことで、他の者も徐々に我に返ったのであった。


「と、とにかく……これにて戴冠式は終いと致します」


ストラスが式の終わりを告げると貴族たちが逃げ出すようにぞろぞろと退出していく。


しかし……何名かはその場を動かずに固まっていた。


「気を失っている者もいるようですわね……まぁ至近距離であれだけの威圧を受ければ無理もないことですけれど……ちっ、それにしても不味い血ですわね」


エベリナは吸血鬼の力で、一面に飛び散った血を集めて吸収している。


「しかし……陛下の宣言がまさかあのようなものになるとは……うん、不味い」


ストラスはエベリナが完全に血を抜いてしまって干からびたグレゴルの死体を大口を開けて丸呑みしてしまった。


「あら?わたくしは素晴らしいお考えだと思うわよ……力による支配からの解放……赤の国は生まれ変わろうとしているのよ」


「ええ、この国の弱者、つまり被支配者の不満はもはや爆発寸前でしたから私も陛下のお考えに異論はありません。ですが……」


「必ず反発するものが出るであろう……あのグレゴルとか言う男、あまり良い噂は聞かなんだからな」


「その通り……奴隷がいなくなり、弱者に強権を振るえなくなることで不利益を被る輩がそれなりにいるのです。そういう者は必ず裏でなにか愚かなことを企むでしょう」


「そんな愚か者は……なにかする前にわたくしが消してやりますわ。さて、掃除は終わったからわたくしは陛下のもとへ参りますわ」


「我々も参りましょう」


「うむ……」


3人はエベリナを先頭に、ダブルムーンを追って式場を出た。



「はぁ……」


俺は式場を出たあと、まっすぐに自室へと戻ってきてベッドに飛び込んだ。


何で俺はあんな大それた宣言をしてしまったんだか……


それに怒りに任せてグレゴルを殺してしまったことにも少なからず後ろめたさを感じていた……


力による支配は認めないと言ったものの俺は魔王なわけで立場がそもそも支配者だし……現にあの場でグレゴルを殺して貴族たちを半ば脅したようなもんだし……


「はぁ……」


こんな時、決断力の有るハヤテならどんな意思決定をするんだろうか……


たった一回パーティを組んでクエストを進めただけの最初のフレンドのことが急に頭に浮かんだ。


こりゃかなり参ってるな……


「はぁ……」


もう何度目かわからないほどのため息をついたところで扉がノックされた。


「……はい」


返事をすると入ってきたのは三魔将の三人だった。


「あ……えっと……さっきは途中で退出してすいませんでした」


事前の打ち合わせで決めた段取りを完全に無視してしまった。


「いえ、陛下。そんなことは何でもありません」


「そうですわ!陛下がお気になさることなど何もございません。それに先ほどの宣言、たいへんお見事でございました」


「うむ、その通りだ我が主よ……」


三人がとても気を使ってくれているのがわかる。


「俺は……偉そうにあんな事を言ってしまいましたけど、国創りなんて大層なことを上手くやれる自信は全くないんです」


「そこは微力ながら、我らがお力になりますとも」


「ありがとう……ございます……」


最初にあった時には確かに危うく殺されそうになったけど、たった数日でも彼らとともに暮らしてきたことで彼らが悪い人たちではないということはよく分かった。


全然自信はないけど、この人たちが支えてくれるなら頑張ってみようと思えてきたし、暗かった気分も晴れてきた。


「ところで我が主よ……ずっと気になっており申したが……我らに敬語など不要と具申いたす」


三人が同時に頷いた。


そう言ってくれると俺としても肩肘張ってなくていいから助かる。


「そうっすか……じゃぁこれからはもうちょっと素でいくんで」


ストラスとエベリナさんは優しく微笑んでくれている。ザリオスくんは顔が甲殻に覆われているのでよく分からない。


「ダブルムーン陛下、わたくし達三魔将はこの先も陛下に尽くして参る所存ですわ」


今度は三人が揃って片膝をついた。


「早速なんだけど、ダブルムーンって長いよね?ムーンでいいよ」


そういえば、ハヤテにも最初こう言ったな。自分で名前つけといてなんだけど……


「「「え゛っ……」」」


今度はストラスとエベリナさんの表情が曇っている。


「その……陛下……陛下の御名前を略すなど恐れ多くてとても……」


ストラスが珍しく狼狽している。


「仲間にはそうやって呼んでもらったほうが嬉しい。それから『陛下』もなんか自分のことじゃないような気がしちゃうから無しで」


「「「え゛っ……」」」


何となくこの人たちに距離感を感じてしまっていたのは、最初からずっと呼ばれ続けている「陛下」という敬称に一因があるのだろうと思っていた。


だから俺としてはこの人たちになら「ムーン」と呼び捨てで呼ばれても全然構わなかったんだけど、結局三人が最後までそれを了承せず、妥協案として「ムーン様」でおちついたのであった。

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