第4話 ぶつかった相手には本当に申し訳ないことをしたと思っています……
「ゴホッ……」
それが目覚めた俺の第一声だった。
視界もぼやけているし、全身に激痛が走ってろくに動かない。幸いにも、手足が千切れ飛ぶようなことにはなっていないようだが……
とっさにモニターを見る要領で目を動かしてみると画面の一番上には「身代わりの人形を1つ消費しました」と書かれている。他にも色々履歴があるが、今それを一個一個確認する余裕はない。
ステータスはHPが1だけ残っていた。
そうか……この痛みはリアルだし、どうやら本当にアルカディアの世界に転移してしまったようだ。
これまでフィクションだと思っていた世界に自分がいると思うとあまり現実味を感じないが、きっと売れてるラノベ作家というのは実は過去に自分が転移した経験でもあるんだろうな…などと無理矢理思いこむことでなんとか今の状況を飲んだ。
それにしても……俺が生身でも、この世界ではモニターやアイテムが有効なのか。
それが分かるとなんだか少し落ち着いた。
そして、このままでは何もできないので激痛に耐え脂汗を流しながら超貴重なエリクサーを取り出し一本飲み干した。
なにか瓶の外側がヌルっとしてた気がしたが、そんなことを気にしている場合ではないので、謎にヌメる瓶をそのまま口に咥えた。
そして、エリクサーはすぐにその効果を発揮した。
「すげぇ……ホントに痛みが無くなった……」
とりあえず立ち上がろう。
両手をついてゆっくりと起き上がろうとしたとき……床のぬめりの正体と、原形を残していない「何か」の残骸に気づいた。
「おわぁぁぁぁ!?」
俺の真下にはなにかの生物だったものの死骸、損傷がひどくて元がどんな姿だったのかは全く想像できない……そして床のヌメリはそれの血液だった。
驚きはしたが不思議と気持ち悪さは感じなかった。
慌てて飛び起きたところで、自分以外の存在に気がついた。
薄暗くてよく見えないが、目の前に3人……
「あ、どうも!」
ちょっと緊張するけど、最初の挨拶は肝心だ。
俺はできる限りの笑顔で手を振って挨拶した。
「………き、貴様!何者だ!」
声から推察するに男だと思うけど、向かって右端の大きなシルエットの人物が大きな槍を片手に叫んだ。
……えっ!?めっちゃ警戒されてる。あ、もしかして最初に名乗るのがマナーなのかな?
「あぁ、すいません。俺はダブルムーン、あなた達は?」
「ええい!名など聞いておらぬ!貴様はどこから来たのかと聞いている!」
男が数歩前に出てきたところで目が合った。
名前:ザリオス
種族:魔蟲族
クラス:三魔将
勢力圏:赤の国
白ネーム、ということはNPCだ。
……魔蟲族?そんなヤバそうな種族は公式ページにも初期設定にも載ってなかったな。それに、赤の国ってのも初めて見た。
「三魔将」なんて中ボス以上確定みたいなクラスまでついてるし、戦って勝てる相手ではなさそうだ。
「あ、あの……俺何かお気に障ることしました?」
とりあえず、何か誤解されているようなので早めに解決したい。
「おのれ貴様……我らが王をそのような変わり果てた姿にしておいてよくもそのようなことを……」
ザリオスの声は怒りに震えている。
「……あ、それは……」
どうやら俺の下で悲惨なことになっているのが彼らの主だったようだ。
「ザリオス、お待ちなさい!」
左端の人影は女性のようだ。彼女はザリオスを遮るようにすっと前に出てそのまま俺に向かって歩いてきた。
「ほっ……お話のわかる方のようで良かったです」
俺は笑みを浮かべて軽く頭を下げた。そして目のあった一瞬でもちろん名前をチェックした。
名前:エベリナ・ブラッディマリー
種族:吸血鬼族
クラス:三魔将
勢力圏:赤の国
うん……どうしよう……どう見たってこの人(NPC)もヤバいだろ。
「お気になさらず。わたくしはただ確かめたいのです」
……一体何を?
「貴方は一体どこからやってきたのですか?」
「えっと……あの辺から……」
俺は真上を指差して見せた。
「なっ!?」
エベリナさんはなぜかとても驚いている。
「それは……月から……と言うことですか?」
最後にそれまで黙っていた真ん中のシルエットが声を発した。男のようだ。
男が「月」と言ったのにつられて空を見上げると空にはきれいな満月が輝いていた。
色は……赤かったけど……
とりあえず、転移してきた経緯をNPCに話したところで理解してもらえないだろうし、俺はそのまま話を合わせることにした。
「えっと……まぁ、そんなとこ……ん?」
そこまで言ったところで視界に浮かんだポップアップに目を疑った。
【魔王アンブラーの血液を吸収したことで『魔王』への特殊昇華が可能です。(習得済みのスキルは引き継がれます)今すぐ昇華しますか?】
魔王……アンブラー………?
血液を………吸収した?
………瓶に付着してたアレか!?
色々と思うところはあったが、今はじっくり考える暇もなく、俺は即答で「YES」を選択した。
【昇華完了まで180秒】
そしてすぐにカウントダウンが始まった。
どうなるか分からないけど、なんとか180秒の時を稼ぎたい……
「……どうしたのです?貴方は月からやってきた、ということで間違いないのですか?」
真ん中の男もこちらに歩み寄ってくる。
名前:ストラス
種族:悪魔族
クラス:三魔将
勢力圏:赤の国
悪魔!
「そ、そうですね……」
「ふむ……そうですか……」
ストラスは俺の眼前までやってくると俺の頭から足先までを値踏みするように観察した。
「紅月の儀の夜に月から現れたという謎の男……」
紅月の儀??
エベリナさんは冷たい笑みを浮かべている。
「……ですが、わたくしが見たところこの者は魔族ですらありませんわ」
「紅魔王を騙る偽物に決まっておるわ!フンッ!我がこの場で誅殺してくれるわ!」
ザリオスが巨大な槍を振りかざすと、凄まじい風圧で飛ばされそうになった。
【昇華完了まで60秒】
「ちょ、ちょい待ち!魔王であることはもうすぐ分かってもらえると思うんで、少しだけ待ってくれません?」
「ええ、もちろん。それが本当ならば……ですが貴方は、ただの人族でしょう?」
はい、おっしゃるとおりです……なんて言った日には瞬殺されてしまう。
「えっと……実はワケあって力を封印されているのです」
とっさにハッタリをかます。3人は一瞬ピクリと反応したが、すぐにもとに戻った。
「はぁ……そうですか……それで、いつになったらその封印とやらは解かれるのです?」
ストラスが呆れたように首を傾げた。だが、俺にはそれが追い風となった。
【昇華完了まで15秒】
「いま、解き放つよ」
そう言って俺は大げさに力を溜めるようなポーズをとった。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉ………」
そしてついにカウントダウンは0となり、俺のまわりに魔力渦が発生した。
「おぉ!?」
「これは!?」
「なんだと!?」
3人の驚く声が聞こえる。
魔力の渦の中にいる間、俺は自分のステータスを眺めていた。
名前:ダブルムーン
種族:小人族(堕)
クラス:紅魔王
勢力圏:赤の国
一部記載が変わったこと以外には、少し肌の色に赤みが増したようにも思うが……他にこれといった変化はなかった。
もちろん、ステータスが急激に上がるというようなチート展開も今のところない。
わずかばかりの変身を終えると魔力の渦は霧散し、目の前には目を丸くする3人の姿があった。
……ヤバイ……ヤバイヤバイヤバイ……
大して変わってねぇじゃん、とか言われて即死コースまっしぐらか!?
「えっと……分かってもらえ……ました?」
恐る恐る、しかし笑顔だけは絶やさないように……
「こ、これは…………」
エベリナさんは言葉を失っているようだ。そうですよね、がっかりさせてごめんなさい。
「確かに……わずかだが魔王覇気を纏っている……」
ストラスがボソリとつぶやいた……
魔王覇気?……なんだそれは……
「そ、そう!これが何よりの証明だよね!」
よく分からないがこういう時は相手の誤解に乗っかるに限る。
「赤い月の満ちる夜……紅月の儀……新たな魔王」
「伝説の通り……ですわ!」
「まさか……本当にこのようなことが……」
「貴方が……新しい魔王様なのですね……!」
なんだか分からないが、エベリナさんとストラスの間で話が勝手に進んでいく……
そしてエベリナさんとストラスが俺の前に膝をついた。
「大変失礼をいたしました。紅魔王ダブルムーン陛下……もしお許しいただけるのであれば……御身に未来永劫の忠誠を誓うことを御許しいただけはしませんでしょうか……」
「は?」
エベリナさんの肩がビクリと震えた。
「こ、これまで散々ご無礼を申し上げたことは承知しております!ここで自害して詫びることで陛下のお気持ちが収まるのであれば、喜んでそういたしましょう。ですが!……いま一度、いま一度この失態を挽回する機会をいただけましたなら……必ずや陛下のお役に立ってご覧に入れるとお誓いいたします……」
「あ……いや……無礼とか、別に気にしてないんでいいっすよ?」
クラスは上がったけど……ぶっちゃけ今の俺全然強くないし……なんか逆にすいません。
「もう気にしてないんで、この話はこれで終わりにしましょう!……ね?忠誠とか重いし」
相変わらず膝を降り頭を垂れたままの二人に手を差しだした。
「なんと……なんと……寛大な!我ら三魔将、この命を陛下に捧げます!」
余計に重いわ!
まぁ、なにはともあれ良かった良かった。これで万事解決!
……とは行かないようだ。一人だけさっきから不満そうにしている。
「ザリオス!お前も陛下に忠誠を誓わないか!」
ストラスは後ろで仁王立ちしたままのザリオスに苛立ちを隠せない様子だ。
「我が……我が従うは強者のみ!」
ザリオスくん……空気読もうよ……
「 はぁ……」
ついうっかりため息が漏れ出してしまった。それを聞いた二人の慌てようたるや……
「ザリオス!貴方、何を言っているかわかっているの?」
「今すぐ忠誠を誓うのだ、さもなくばここでお前を殺すことになるぞ」
同格の幹部が2対1なんて不利でしょ?ザリオスくん……
「構わん!弱者に頭を垂れるくらいなら我は死を選ぶ……」
選ぶな!
ストラスとエベリナさんが凄まじい殺気を放っている。これを真正面から受け止めて微動だにしないザリオスくんは大したものだ。
「新たな魔王よ……我が渾身の一撃を受けてみせよ……『九泉破魂撃』!」
ストラスとエベリナさんが慌てて飛び出したが間に合わない。
凄まじい魔力波が俺を飲み込んだ。
「「陛下!?」」
二人の叫ぶ声が遠くに聞こえる。
痛いとかじゃなくて熱い……あぁこれまた死んだわ……
【身代わりの人形を1つ消費しました】
ほらね……だが、今度は意識が飛ばなかったようだ。
俺は土埃が舞っている間にエリクサーで全回復した。
「受けて……見せたぞ」
内心ガクブルで脇の下とか変な汗かいてそうだが、俺は平静を装いザリオスを睨みつけた。
「ば……バカな……無傷だと!?」
ザリオスくんは口を開けて呆然としている。
……ごめん、ズルしたんだ。いつか謝る。
「無理に忠誠を誓うとか言わなくていいから、気が向いたら仲良くしてくれると嬉しい。俺もこの世界に来てまだ日が浅いし、君たちくらいしか知り合いがいないんだ」
これはホントの話……
「我が一撃を造作もなく防がれたとあっては御身に従う他なし……先刻までの非礼を侘び申す。しかし……しかし!願わくばいつの日か正々堂々我と一騎打ちをしては頂けぬだろうか」
「あ……あぁ……いつか、ね」
そんないつかは絶対に来ないでほしいものだが……
「じゃぁまぁ、そんなわけで、またどこかで会いましょう」
俺は三人に手を振ってその場から去ろうとしたのだが……
「何をおっしゃいますか陛下!紅魔王たる陛下のお戻りになる場所など城以外にございません!
」
「ストラスの言うとおりですわ、陛下。私達が城までご案内いたします。さぁこちらへ」
エベリナさんに腕を捕まれそのまま引っ張られた……
手の先が……ちょっとグレーな、いや完全にアウトなエベリナさんの双丘ゾーンにガッツリ当たっているんだけど……まじで力が強すぎてびくともしない。
俺は一応抵抗しようとしたからね?
というわけで、このあとは仲良くみんなで城とやらに帰還したのだった。




