表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/13

第12話 女の戦いってこんなにガチな肉弾戦なんですね

建物の外で厳戒態勢を取る兵士たちの気配に慣れてやっと寝付けたのが夜中の3時過ぎ……元の世界ならこんな時間に寝るのはいつものことだったけど、こっちに来てからは恐ろしく規則正しい生活をしていたせいで調子が狂う。


そして、村の朝は城よりも早かった……


「んっ……んんっ……」


建物の外からたくさんの足音や荷車を引く音が聞こえてきて俺が目を覚ましたのは朝の6時を少し過ぎたくらいだった。


「くそっ……遮音結界の魔法とか覚えられないかな……」


目覚めて早々、本気でそんなことを考えてしまうあたり、まだ人間らしさが残っているということだろう。


おそらく、魔王となった今の身体なら睡眠などなくてもなんの支障もないんだろうけど、寝ようと思えば寝られるし、体内時計のメンテナンスと心の休息のため一応毎日ちゃんと寝るようにしている。


「まぁ……目が覚めてしまったものは仕方ない……」


起き上がろうと布団をめくったところでやっと、その中にいた「侵入者」に気が付いた。


「………………ん?」


寝転がったまま首だけ下に向けた状態でしばらく俺の思考は停止していた。


「………お、おわぁぁぁぁぁぁあ!?」


数秒遅れて思考が現実に追いついたところで、反射的に絶叫してしまったのは仕方のないことだ。


布団の中にいたのは、年の端もいかない全裸の幼女……

真っ黒で吸い込まれるような深みのある長い髪に絹のようにきめ細やかな白い肌のコントラストが妙に艶めかしい……


「んん……もう朝かえ……」


俺の絶叫で目覚めた幼女が、寝ぼけ眼を擦りながら起き上がった。


そして、仰向けのまま唖然としている俺とばっちり目があった。


「うん?……そんな呆けた顔をしてどうしたえ、わが君」


わが……君?


「えっと……誰?」


俺がもう少し冷静なら、この幼女と目を合わせて少し意識を向けるだけで名前を確認できることに思い至っただろうが、あいにくそんな余裕はなかった。


 未成年者略取

 青少年保護育成条例違反

 強制わいせつ

 誘拐

 監禁

 その他もろもろ…… 


塾でのアルバイト初日に教室長が呪文のように繰り返したワードが頭の中を駆け巡っている。


「ムーン様!?何事で……っ!?」


そこに部屋の扉を蹴破る勢いで大慌てのエベリナさんがやってきた。


……あ、終わった。


俺は知っている。痴漢だっていくらやってなくても、状況証拠が揃えばクロになるのだ。


きっと俺は5000人の兵士に囲まれた部屋の中で、あろうことか幼女に手を出した変態性犯罪者として蔑まれ弾劾されるのだろう。

 

「ムーン様!その子供は……な、何者ですの!?」


エベリナさんが腰の短刀を抜いた。

ただし刃先と殺気は俺ではなく幼女に向いている。


「ふぁぁぁ……何じゃ朝から騒々しい」


幼女はあくびをしながらエベリナさんを睨んでいる。


「そ……その、君は……誰?」


俺はとりあえずまだもらっていない質問の答えを幼女に求めた。


「わが君、寝ぼけておるのか?妾は妾じゃ」


幼女は首を傾げ自分の身体を見下ろすと、なにかに納得したかのようにぽんと手をたたいた。


「ん?………あぁ、なるほど。この姿ゆえ分からぬのじゃな?」


そして幼女は……純黒の竜の姿になった(戻った)。


「あ、まさか……オニキス!?」


「やっと気づいたかえ、わが君」


冷静さを取り戻した俺は、小さな竜の瞳を見つめた。


名前:オニキス

種族:暗黒竜

クラス:幼竜


勢力圏は非表示だが、備考欄にはダブルムーンの所有物とある。


「あ……あぁ。でも、なんで人の姿で俺の布団に?」


「それはほら……あれじゃ。人の姿のほうがわが君の体温をよく感じ取れるであろう?」


そしてオニキスは再び幼女の姿に戻った。


「ぶっ!?こ、こらこら……服を着て!服を!」


幼女相手に変な気は起こさないが、それでも目のやり場に困る。俺はとっさに自分にかけていたタオルケットを剥がしてオニキスに渡した。


「そ、そうですわ!ムーン様と同衾するなどうらやま……不敬ですわ!」


……え?エベリナさんなんか変なこと言いかけた?


「服かえ……ふぁぁ………面倒な……」


オニキスから少し魔力が溢れ出たかと思うと、次の瞬間にはエベリナさんとそっくりな衣服に身を包んでいた。


「ふむ……こんなものかの」


「へぇ、すごいじゃないかオニキス!」


「ムフフ……妾にかかればこのくらい朝飯前なのじゃ!」


俺の渡したタオルケットももはや不要になったため、オニキスはそれをクシャクシャに丸めた。


「クンクン……おぉ!ムフフ……これはなかなかじゃ」


そしてなぜか匂いをかぐと、謎の笑みを浮かべた。


「……え?」


「ムフフ……これは妾が貰っておくのじゃ」


オニキスの手から小さなブラックホールのような魔力渦が現れたかと思うと、タオルケットはあっという間に吸い込まれて消えた。


「……はい?なんで?」


「あれにはわが君の匂いが濃く残っておったからの。妾のコレクションとして大事に保管しておくのじゃ」


面と向かって、しかも少し顔を赤らめながらそんなことを言われたらこっちが羞恥で死んでしまう。


それに……ちょっと体臭キツイのかと不安になってしまう。


とりあえず、あれは村のものだし勝手に持って帰らせるわけには行かないから返させなくては……と思っていたら先にエベリナさんが動いた。


「ち、ちょっとお待ちなさい!そんな秘宝を独り占めなんて許せませんわ!」


……は?この人何言っちゃってるんだ?


「い、いや……そういうことじゃなくて……あれは村のものだから勝手に持って帰っちゃダメ。ちゃんと返そうね?……ね?」


「……グスっ……嫌じゃ」


オニキスの目には大粒の涙が浮かんでいる。


うーん、頼めばタオルケットの一枚くらいもらえるとは思うけど……


「はぁ……じゃぁ村長に聞いてみよう、な?」


「わぁ!うん!ありがとなのじゃ!」


オニキスが無邪気に俺に抱きついてきた。


「す、少しムーン様に近づきすぎではなくって!?」


「むぅ……そなたこそさっきからなんじゃ?妾とわが君が愛を確かめあっておるところにズカズカと……無粋ではないかえ?」


バチバチッ……


今、二人の目から火花が散ったのは俺の気のせいか……?


「だ、だいたい貴女はムーン様のペットなのですから!ペットはペットらしくしていれば良いのですわ!」


「ぐすっ……わが君……この蝙蝠女が妾をいじめるのじゃ……」


再び涙を浮かべたオニキスが一層きつく抱きついてきた。


ビキィィッ……


え?なに?この何か切れた音……


「ムーン様、わたくし今からついうっかりこのおしゃべりトカゲを殺してしまいますわ」


故意に過失致死を宣言した!?

そんなのめちゃくちゃだ……


「いや……エベリナさん……?」


「ご安心くださいな、新しい龍の幼生はわたくしがこの命に変えても探して参りますので」


いや、そういう問題ではないんだ……


「矮小な吸血鬼ごときが……妾をトカゲと申したかえ?」


……あれ?オニキスからもすごい闇のオーラが……


「……そなた……表へ出よ。妾が手ずから身の程を教えてやろうえ」


「い、いや……二人ともちょっとまっ」


「貴女こそ、3枚におろして天日干しにして差し上げますわ」


二人には俺の静止などまるで聞こえておらず、凄まじい殺気を放ちながら小屋の外に出ていった……


シャツとパンツしか身に着けていなかった俺は大慌てでズボンを履き、上着を羽織って二人を追いかけた。


「詫びるなら今のうちえ?まぁ、詫びたところで許す気はないがの」


「ふん……貴女こそ、今のうちに最期の言葉でも考えておきなさいな」


まだ戦闘にはなっていないようだが、二人の周りにはすでにそれなりの人だかりができていた。


「おい、エベリナ様に喧嘩売ったっていうあの子供は何者だ?」

「さぁ……『陛下の女』とか言ってたぞ?」

「あんな子どもが!?まぁ……子供にしてはカワイイな」

「あぁ。ただ……あのエベリナ様が相手じゃ助かるまい……」

「残念だ……おい!お前、助けてやれよ!」

「バカ言え!そんなことしたら俺が殺されちまう!」


上官であるエベリナさんの怖さが身にしみている兵士たちがあちこちでそんなことを言っている。


「行きますわよ」

「行くえ」


……あぁぁ、しまった!止めに入るタイミングを失ってしまった!


このままじゃ流石に竜とは言っても、まだ幼いオニキスがやられてしまうだろう。


しかし、タイミングなど無視して二人の間に飛び込もうとしたところで俺の足はピタリと止まった。


「おぉ……すごいじゃん」


二人の攻防がまるで演武のように美しかったので思わず見入ってしまったのだ。


エベリナさんの両手の短刀が難しい軌道でオニキスに襲いかかるが、オニキスはそれを紙一重のところで躱している。それどころか、僅かなスキを見つけては龍鱗で硬質化した手刀で反撃に出ている。


エベリナさんも流石に強い。

オニキスの攻撃を上手くさばきながら、さらに速度を上げて攻撃の量を増やしている。


オニキスがエベリナさんの短刀を躱しきれずついに手刀で受け止めたところに合わせて、エベリナさんの容赦ない中段蹴りが炸裂する。

 

「うグッ…」


しかしオニキスもエベリナさんにこれ以上の追撃を許さなかった。ダメージを負いつつも体勢を崩さずその場に踏ん張り、硬質化された拳でエベリナさんのボディに強烈なブローを叩き込んだ。


「かはっ…」


エベリナさんがオニキスのガードをうまく誘導し、守りの空いたところに一撃を加えれば、オニキスはエベリナさんのガードの上からでも相当なダメージになるであろう強烈な一撃を返した。


「はぁっ…はぁっ…そなた……少しはやるようじゃの」


「ふぅっ…ふぅっ…貴女こそ、まぁまぁですわね」


二人とも結構ボロボロになっちゃってるし、息もあがっているというのにまだそんな強がりを……


それにしても、見ていて勉強になるとてもいい試合だった。


そして肉弾戦で決着がつかないと見た二人はお互いに魔力を集中して何かとんでもない魔法を繰り出そうとしている。


これは……下手するとこの辺りが全て吹っ飛びそうだし、流石にこのへんで止めなきゃそろそろヤバいよね。


「ストーーップ!」


というわけで今度こそ俺は二人の間に飛び込んだ。


「っ!?わが君!?」

「ムーン様!?」


二人は慌てて魔法を解除した。


「あ、危ないではないか!」


「そうですわ!ムーン様にもしものことがあっては大変です!」


「ハハハ……ごめんごめん!でも、ケンカはこれでお終い!もう十分拳で語り合ったことだし、これからは仲良くしてね?」


「な、仲良く!?いくら親愛なるわが君の頼みでもそれは無理じゃ!」


「ムーン様、代わりの幼竜のことならご心配なくと申し上げましたわ!」


俺を挟んで睨み合う二人……


こうなる気もしなくは無かったんだけど……やっぱりこれは少し厳しく言わなきゃいけないか。


「仲良くするのは俺の望みだよ……分かった?」


こんな時に便利な魔王覇気。操作は簡単、ボタンを「ON」にするだけ!というわけでポチッとな。


「「っ!?ぐぐっ……!」」


至近距離にいたオニキスとエベリナさんは顔を真っ青にして膝から崩れた。


「いいか?二人とも俺の大切な仲間だ。ケンカならいくらでもやればいいけど、殺し合うのは認めないよ?」


このアルカディアの世界に突然転移してしまった俺にとっては、二人ともただのNPCではない。リアルの友人同様に大事な仲間なのだ。


「……分かった?」


地に膝をつく二人を畳み掛けるように尋ねる。

二人とも俺を見上げてコクコクと頷いてみせた。


「うん、よろしい」


強引だけど、二人の合意を確認して魔王覇気をOFFにした。


「「はぁ……はぁ……」」


自分でも意地悪なことをしている自覚はあるけど、この二人の争いを止めるためなら喜んで魔王らしくなろう。


「エベリナさん、オニキスにこの国のことをよく教えてやってほしい」


「っ!?………か、かしこまりました」


「オニキス、お前はまだ生まれて間もない。エベリナさんの言うことをよく聞いて早くこの国の知識を身につけるように」


「わ…分かったのじゃ……よろしく頼むえ」


「え、ええ」


当たり前だけど二人に納得感はない。でも、なんとなくタイプも似てそうな二人だし、時間が経てば分かり合えるはずだと信じたい!


「さて、これにて一件落着!戻ろ戻ろ!」


「本当に……朝から疲れてしまいましたわ……」


いつの間にかエベリナさんの身体の傷は一つ残らず修復されていた。


「まったくじゃ……せっかく溜め込んだ生命力をほとんど使い切ってしもうたえ……」


オニキスに至っては服まで元通りだ。


そんなことに感心しながら小屋に向かって歩いていると、ふとあることが気になった。


「オニキス、生命力を溜め込むって……何?」


まさか……俺が寝ている間に何か吸い取られたりしたのだろうか。


「そんな怖い顔をせずとも、わが君からは何も取っておらんえ?というより、わが君が強大すぎて何も取れなかったと言う方が正しいのじゃ」


「ふ、ふーん……」


オニキスの顔に嘘をついている気配はなさそうだ。


「では……いったい何から生命力を?」


エベリナさんが次の質問に踏み込んでくれた。

次に浮かぶ嫌な可能性としては……


「あっちに大きな魔獣がおったのじゃ!しかも逃げぬように檻の中に閉じ込められて!」


「うげっ……」


「見た目はちょっとむさ苦しかったが……味は逸品、少しずつ食べてやろうと思っておったのに夢中になって……気付けば一晩ですべて食らい尽くしてしもうたえ!」


………いや、いやいや、まさかそんなはずは……


「一晩、と言いましたか?ですが昨晩、貴女はムーン様のお部屋にいたはず……」


そうだ、オニキスにはアリバイがある!


「これじゃ……『深影』」


オニキスは先刻タオルケットを吸い込んだ魔力渦を作ってみせた。


「この中は妾だけの秘密の空間。大事なものを隠したり、胃袋のように使って獲物をじっくり喰らうことも出来るんえ」


「………エベリナさん、オニキスの躾も頼めるかな?拾い食いとかしないように」

「………かしこまりました」


「え……?どうしたえ!?」


俺とエベリナさんにジト目を向けられ動揺するオニキス。


その後、俺たちは3人で村長のところに謝罪に行き、改めてこの後の魔牛捕獲に最大限の協力をすることを約束したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ