第10話 大涌谷の温泉卵がついに割れました
昨晩の炊き出しは大成功だったようだ。
もっとも、エベリナさんが言うにはあのとき広場に集まっていなかった者も結構いたみたいだし、そういう輩こそが奴隷解放を面白く思っていない奴らだからまだまだ気は抜けないだろう。
まぁ焦らず少しずつ変えていけばよいのだ。
そして今日は元奴隷の獣人たちを一番近隣の集落に送り届ける日だ。
最初はエベリナさんたちに任せようと思っていたけど、よくよく考えたら自分も行けば近隣のマップも知れるし一石二鳥!というわけで急遽同行することにしたのだ。
しかし……この思いつきが事態をややこしくしてしまったようだ。
「エ、エベリナさん……?これはいったい……」
送り届けるのは獣人族の元奴隷が10名。もともとは俺の乗るぶんと合わせても2、3台の馬車で余裕のはずだった……なのに……
それを護衛する魔王軍が総勢5000人もついてきてしまった。
馬車の窓から外を見ると、歩兵やら騎馬やらが何重にも馬車を囲んでゆっくりと進んでいる。
これでは景色を楽しむどころではない!
「ムーン様が外出なさるのに護衛をつけないわけにも参りませんし、少し数がアレですけど……」
エベリナさんは俺の横で首を傾げている。
「そ、そうだよね……これはさすがに……(多すぎだよね?)」
「も、申し訳ありません!急なことでしたのでこれだけしか集められなかったのです……本当はこの10倍は用意してムーン様の威光を近隣の集落にも知らしめたかったのですが……」
「い…いや……もういいや」
……だめだこりゃ。
進んでいけばマップは勝手に更新されていくし、景色はもはや楽しめないし……ぶっちゃけ来なきゃよかった。
しばらく暇を持て余してしまったので久しぶりにステータスとかアイテムなんかを確認していたら、すっかり忘れていたけど黒い卵が入っているのに気がついた。
魔法カバンから取り出して手のひらで転がしていると……
「おや、それは魔物の卵ではありませんか?しかもそのような真っ黒な卵とは……珍しいですね」
エベリナさんも興味を持ったようだ。
「ハハハ……昔ちょっとしたイベントでもらってね……まぁたぶんハズレなんだけど。俺の知り合いはもっと鮮やかできれいな卵をもらってたし」
……ハヤテは元気でやってるかなぁ?
「イベント……ですか?よく存じませんが、ムーン様は魔物の卵を孵したことはありますか?」
「ん??いや、無いな。何か特殊なやり方があるの?」
エベリナさんは子供の頃に魔物の卵集めにハマっていたそうで、色々と教えてくれた。
「まず、殻の色だけで中身は分かりません。大まかに生まれてくる魔物の属性は分かるようですけど……これだけ真っ黒な卵であれば闇属性であることは間違いないでしょう。ムーン様にピッタリではありませんか!」
闇属性のペット……だと!?なんかカッコ良さそうじゃないか。
「へぇ……ちなみに闇属性の魔物って例えば?」
「そうですね……よくあるのはゴーストなどの死霊系、あとはケルベロス、デュアルホーンなどの闇魔獣系もよく聞きますわね」
死霊系はさすがにちょっと……せっかくのペットなのに触れなさそうだし、後者がいいな。
「待てよ……ということは……この世界の魔物は全部この卵から生まれてるってこと?」
「いいえ、そういうわけでもないのです。例えば魔牛同士からはちゃんと魔牛が生まれますわ。この卵はどこでどうやって現れるか全くわかっていないのです」
「へぇ……エベリナさんは今までどんなペットを手に入れたことがあるの?」
「そうですね……珍しいものだと……グリフォン、コカトリス、ダイヤウルフ……この辺りでしょうか?」
何それ!?めちゃカッコ良さそうじゃないか。
「ムーン様、わたくしの幾度にも及ぶ研究の結果から言いますと、肝心なのは孵化した直後なのですよ!そこで最初に何を与えるかによってその後の……」
エベリナさんがそこまで話したところで卵が少し振動し始めた。
「おぉ!エベリナさん!いま、卵が震えたよ!?」
「ということは……もう間もなく生まれますわね!」
するとモニターに突然ポップアップが浮かんできた。
【雛への最初の餌を選択してください】
続けて与えることができそうなものがリストアップされた。
□1ゴールド
□大きな木の実
□石ころ
□割れた鏡
□エリクサー
□身代わりの人形
□コスチューム『アルカディアロゴ入りマント』
□冒険者のすゝめ
□宝石
□宝石
……宝石はちょっとした出来心で魔王の部屋にあったやつを「拝借」したのだ。後で返そうと思ってたよ?ほんとだよ?
コスチュームを使う予定はないし、限定特典だからレア度は高そうだな。候補にしとこう。
エリクサーと人形は今の俺の境遇だと手放せないだろう。
冒険者のすゝめはもしものときの参考書代わりに今度読もうと思ってたからダメだね。
選択肢は他にもあった。
□火球
魔法まで餌になるのか。他には……
□Exポイント(1~10)
□魔王の血
「さぁ、ムーン様!このあと出てくる卵の幼生に何を与えるかですべてが決まるのです」
最初の餌ですべてが決まる、なんて言われたらとびきりレアな物を与えたい。
他のプレーヤーが絶対持っていなくて今の俺にだけあるもの……魔王の血だ。
卵の殻にヒビが入り、中から小さくて丸いスライムのような珍生物が姿を表した。
そこで俺はエベリナさんから短刀を借りて指先に刃を当てた。
「あれ……切れない」
しかし何度やっても、それこそ刃をこすりつけるように押し当てても俺の指には傷一つつかなかった。
「ムーン様!?一体何を……」
思考の追いついたエベリナさんが慌てて止めに入った。
「アハハ……これじゃ切れないみたい……それっ!」
仕方ないから小指の爪を反対の指先に押し当ててグッと力を入れると指先から血が流れた。
ポタポタと滴る血を生まれたばかりの幼生に振りかける。
そうしているうちにも俺の指の傷はすぐに再生されてきれいに塞がった。
幼生にかかった俺の血がすうっと引いていく。
いや、これは引いてるというよりこいつが吸収しているといったほうが正しそうだ。
「まさか、魔王の血を餌にされたのですか!?」
「え?うん……なにか不味かった?」
「いえ……そのような前例は聞いたこともありませんでしたので」
幼生の周りに発生した真っ黒なオーラで中がどうなっているのか全く見えない。
「このオーラは、やはり闇属性で間違いなさそうですね」
エベリナさんによると、例えば魔物が火属性のときは幼生が炎に包まれるらしい。
そして、しばらく観察していると闇のオーラが霧散してその中から小さな魔物が現れた。
□暗黒竜(♀)
まだ手のひらに乗るくらいのサイズだけど、トカゲのような体に翼が生えている。
全身が黒い宝石のように輝いていた。
「これは……」
「厶、ムーン様!竜種……ドラゴンではありませんか!わたくし、卵から竜種が孵るところなど初めて見ました!」
エベリナさんのテンションがみるみるうちに上がっていく。
竜種というのは生物最強と呼ばれるほど超越した存在らしい。
今はまだヤモリくらいの大きさだし、間違って踏んでしまえば死んでしまいそうなくらい弱々しいけど。
【暗黒竜(♀)をペットにしますか?】
モニターに現れるポップアップ。そっか、気に食わなければリリースする、ってこともできるのか。
でも俺はこのチビ竜に満足している。
Yes
【ペットに名前をつけてください】
名前か……黒い宝石……石か……あぁ、ちょうど前に地学の資料集で見たやつがあったな。
「黒曜石…オブシディアン、どうかな?」
チビ竜は首を横に振っている……嫌なのかな?
「ブラックダイヤ!」
プイッ……これもだめ。
「ブラックパール!ジェット!」
あくびしている……これもだめ。
「おのれ……竜種とはいえ……ムーン様のお付け下さるお名前を拒否するとは許せません……」
俺よりも先にエベリナさんが苛立ち始めたようだ。
「まぁまぁ……エベリナさん落ち着いて……じゃぁ『オニキス』これでどう?」
チビ竜はしばらく首を傾げていたが、嬉しそうに「ピュー」と甲高く鳴いて肯定の意を示してくれた。
【ペット『オニキス』のステータスが確認可能になりました】
モニターに新しい項目が追加されてペットのステータスが自分のものと同じような感じで確認できるようになった。
Exポイントとかはさすがにないから、自動成長していくのだと思われる。これから先、こいつがどんなふうに育っていくのか楽しみだな。
そして、オニキスは俺の肩に乗るとそのまま眠り始めた。




